番外編 待ち人来たる
本編4話、聖花祭の日のシェイラ視点です。
その日シェイラは朝から浮かれていた。いや、なんなら昨晩の寝る前から浮かれていた。もっと言うなら、ここのところずっと浮かれていた。
「いよいよ今日なのね……!」
「そうですねお嬢様」
鏡台の前で髪をすかれながら噛み締めるシェイラに、髪をすいてくれているナンシーが感慨深げに答える。
ちなみに昨日の朝は「いよいよ明日なのね」「そうですねお嬢様」、一昨日の朝は「いよいよ明後日なのね」「そうですねお嬢様」、一昨日より前の朝は「いよいよ三日後なのね」「そうですねお嬢様」と同じ会話を一週間程繰り返している。
「ついに!今日が!聖花祭よ!」
「ええ、このナンシー、腕によりをかけます」
ナンシーが久しぶりに「そうですねお嬢様」以外の言葉を発した。よかった。あまりに同じことしか言わないのでナンシーを模した魔動人形と入れ替わってるのではないかと疑っていた。最初に設定したいくつかの単語しか発せない、風土光の魔石で動く人形。まあずっと同じことしか言わなかった自分も悪いけども。
「安心しました……お嬢様があまりにも同じことしか仰られないので、ナンシーはお嬢様がゴーレムと入れ替わられたのではないかと疑っておりました」
お互い様であったようだ。人間の言葉を二言三言学習でき、一部は変身能力のあるゴーレム。
魔動人形と並んで、『いつのまにか身の回りの人間が何者かに入れ替えられていて……』というホラー小説の定番である。
昔からシェイラの世話係であるナンシーとは単なる使用人と主人以上の信頼関係を築けていると思っていたが、まさかこんなところまで通じ合っていたとは。
「でもクロードに変身したゴーレムなら見分けられるわ!」
「そうですねお嬢様」
「もしそんなゴーレムがいたら……家に連れて帰って来てもいいかしら」
「そうですねお嬢様」
ナンシーがまた魔動人形になってしまった。
願わくば聖花祭から帰ってくる頃には人間に戻っていてほしいものである。
◆◆◆
魔動人形となれどナンシーの腕は確かであった。
目一杯のお洒落をしたシェイラは今、聖花祭会場広場にてすれ違う人々皆の視線を集めている。
「……今日は本当に、聖花祭なのね」
風に揺れる花飾り、家族や友人、恋人と連れ立って歩く人々の楽しそうな笑顔……そのすべてが、これからクロードと過ごす特別な時間を祝福しているように思える。
楽しみ過ぎてかなり早く家を出てしまったので、約束の時間までまだまだある。
それでも期待に胸をいっぱいにしながら、シェイラはスカートの端を整え、クロードが見つけやすいよう噴水が一望できる位置に立っていた。
「天気もすごく良くて……あら?」
しかし日差しに雲がかかり、一瞬だけ周囲が暗くなった。
その瞬間。浮かれるばかりだったシェイラの脳裏にあの悪い夢がかすめる。
……そう、悪い夢を見たのだ。昨日の晩に。聖花祭の待ち合わせ場所で、すっかり日が沈んでからも一人待ち続ける夢を。謎の旅人に、お前は婚約者から愛されていないのだと告げられる夢。
起きた時はなんだ夢かと安心し、出かける準備をする頃には聖花祭が楽しみな気持ちが勝ちすっかり忘れていた。夢の中ではクロードとは今までのお見合い相手と同じく、まともに会ってもいないことになっていて、現実とは全く違っていたからでもある。
「来て……くれるわよね……」
しかし、何故かその夢を今思い出してしまった。夢と同じ場所で一人待っているからだろうか。あんな変な旅人が出てくるような非現実的な夢、本気にすることないのに。
ただ……ただ、もしなんらかの理由でクロードが来れなかったとしても、きっとクロードは悪くない。シェイラは自分に言い聞かせた。悪いのは何を押してでも会いに行きたいと思える魅力がなかった自分だ。
そうでなくともクロードには今まで充分夢を見させてもらった。生まれて初めて婚約者から手紙をもらった。小高い丘のカフェでデートをした。素敵なプレゼントまでもらった。
感謝しこそすれ、恨む筋合いはない。
けれどももし、本当にクロードが来れなかったとして……自分はめげずに新たなお見合いをできるのか。
できないかもしれない、とシェイラの目に思わず涙が滲んだところで。
——バッシャァアアアン!
「うわぁああぁあ!何か噴水に落ちてきたぞぉ!」
何か大きなものが勢いよく水に落ちた音がした。それに驚いた人々が叫ぶ声も。
「……えっ!?」
シェイラも音のした方を振り返ると、ちょうど水柱が収まったところだったようで、その名残りの水滴がぱらぱらと舞っていた。
そしてその騒動の中心、散っていった水の大元には。
「っ!?クロード!?」
シェイラの婚約者。ずっと待っていた愛しい人、クロード・ウィズボーンがずぶ濡れになってそこにいた。
「……待たせたか、シェイラ」
飛竜にまたがり、濡れて張り付いた髪をかきあげながらクロードが言う。
何故、どうして、そんなところからこんなところに。
噴水の縁石に添い、クロード達の落ちてきた側へシェイラが駆け寄りながら問うと、クロードはこともなげに答えた。
「言っただろ?君に会うためなら空も駆けると!」
「っ!!」
嘘ではなかった、あの時言ってくれたクロードの言葉。
さっきまで不安の涙で滲んでいた視界が、今度は嬉し涙で滲んでいく。こんなに格好いい婚約者の姿をもっと目に焼きつけないといけないのに。
「クロード……!!私のために……っ!」
何を押してでも会いに来てくれたのだ。
これ以上はもう言葉にならず、シェイラは飛竜を降りて来たクロードの濡れた腕に飛びついた。
この日のシェイラにはずぶ濡れのクロードが本当にきらきらと輝いて見えていました…!
また思いつけば番外編更新したいと思います。
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