1話 転生したら当て馬でした
以前からTwitterでお知らせしていました婚活令嬢の連載版をようやく始めます。
キャラ設定は引き継ぎつつ、短編版とは異なる展開や結末を用意してますので短編既読の方もお楽しみいただけると思います!
「は、初めまして、シェイラ・プリムローズです!ふつつか者ですがよろしくお願いします!」
「……クロード・ウィズボーンです。こちらこそ是非よろしく……」
——消される。
向かいのソファに座った可愛らしいお見合い相手を見た瞬間、クロードの脳内を占めたのはそんな物騒な予感であった。
◆◆◆
消される?誰に?
——ヒーローである腹黒王子に。
ヒーローとは?腹黒王子とは?
——フレデリック・レオネクス。物語開始時点で17歳で、今年成人する。
黄金色に輝く長髪、鮮やかな青の瞳、身長は185センチでスラリと引き締まった細マッチョ体型というまさに女子の理想的なイケメンで、大国レオネクスの栄えある第一王子。
甘いマスクだが腹の中は真っ黒。女嫌いだがヒロインだけは溺愛しており、近づく男どもには一切容赦しない。
己は何者か?
——クロード・ウィズボーン。初登場時点で17歳。
黒に近い紫のジト目。肩につかない程度の癖毛の黒髪をひとつに括った痩身の少年。
レオネクス国プリムローズ伯爵領を拠点に経営するウィズボーン商会会長の息子、しかし後継争いとは無縁の三男。そのため現在入婿を探しているという伯爵家ご令嬢との縁談を受けた。
その後、王子に容赦無く消される当て馬キャラ。
ヒロインとは何者か?
——シェイラ・プリムローズ、物語開始時点では16歳。生まれ年はクロードと同じ。
ハーフツインテールに結んだローズピンクの長い髪。髪と同じ色の、ちょっとだけつり目がちで猫のような瞳を持つ美少女。
プリムローズ伯爵家の1人娘であり、将来は彼女が女当主として跡を継ぐため入婿を探している。クロードの見合い相手。
ティーン向け恋愛小説、『婚活令嬢は腹黒王子の溺愛に気づかない〜何故かお見合い相手がいつも途中でいなくなるけどめげずに頑張ります〜』のヒロイン。
“私、シェイラ・プリムローズ、十六才!レオネクス国プリムローズ伯爵家の一人娘。将来の夢は素敵なお婿さんを貰って一緒に領地を盛り立てること!そのために昔からたくさんお見合いをしてるんだけど、何故かいつも上手くいかないの。最初は好感触だったのに急に断られて音信不通になったり、相手が突然僻地に引っ越して行ったり、他の女の子と真実の愛を見つけちゃったり……でも、私めげない。次こそ絶対に成功させて見せるんだから!……って思ってたんだけど、あれれ?どうして王子と急接近してるの〜?”
「うぐっ……!?」
頭の中に突如流れ込んできた謎の説明口調に、クロードは思わず呻き声をあげた。
「クロード様!?どうかされましたか!?」
「あ、も、申し訳ない、シェイラ嬢のあまりの可愛らしさに目眩がしてしまって」
「えっ」
見合い開始早々不審な行動を取ってしまったことへの言い訳を咄嗟に捻り出しながらも、クロードは脳内で荒れ狂う情報の波と戦っていた。
妙なナレーションを皮切りにとめどなく流れ込んでくる大量の文章。綴られる物語の起承転結。
それは先程唐突に思い浮かんだタイトル、『婚活令嬢は腹黒王子の溺愛に気づかない〜何故かお見合い相手がいつも途中でいなくなるけどめげずに頑張ります〜』という女性向け異世界ファンタジーライトノベルのすべて。
「あ、あの、大丈夫ですか……?」
「すまないまだ直視できないようだ……貴女の眩しさに目が慣れるまでもう少し時間を頂きたい」
「はわっ!?は、はいっ」
意識が飛びかけようと口は勝手に良い感じの言い訳を紡いでくれるのは、こっちの人生の十七年間で培った技だった。商人として思考と言動がイコールになっては話にならない。
「ああ……ようやく慣れてきました、いやはやお見苦しいところを」
「い、いいえ!全然!」
頬を染めつつ心配そうにこちらの様子を伺う見合い相手に微笑みつつ、クロードはようやく理解した。
この世界が前世で読んだ小説に酷似していること。
目の前の彼女こそがそのライトノベルのヒロイン、シェイラ・プリムローズであること。
そして自分は最愛のヒロインと見合いなどした不届き者としてヒーローの王子に実家諸共潰される、哀れな当て馬キャラに転生したのだということを。
◆◆◆
「そりゃ前世とは違う世界なのかとは思ってたけどさぁ〜〜!まさか小説の世界とは思わないだろ!これぞ事実は小説より奇なりってねやかましいわ!」
ヒロイン(またの名をシェイラ・プリムローズ)との初顔合わせを終え、クロードは着替えもそこそこに自室のベッドにダイブした。
「しかもライトノベル……?中古で一冊100円、元値税込み780円の……?」
そのままベッドを転がり、仰向けになって天井を見上げる。
この世に生を受けてから十七年。朧げながら己に前世らしき記憶があることは幼い頃から自覚していた。この世界が前世からしたらファンタジーと言われるような世界であることも。
とはいえ今となってはこの世界がリアルであるし、ファンタジーどころか本の中の世界だとはすぐには受け止めきれない。
しかしシェイラ・プリムローズと対面した瞬間クロードの脳内に流れ込んできたタイトルと物語は、しっかり奥まで刻み込まれて現実逃避を許してくれない。
その名も『婚活令嬢は腹黒王子の溺愛に気づかない〜何故かお見合い相手がいつも』以下略。
「だからタイトルなげぇって!」
普通こういう創作物の世界に入り込む時——いやそんな普通がそうあるとは思えないが——もっと前世であらゆるメディア化もされていた国民的大ヒット作品の主要キャラとか、廃人と呼ばれるまでやり込んだゲームで育て上げていた最強キャラとかじゃないか?
それがどうして、おそらく暇潰しで立ち寄った古本屋で『どれでも一冊100円、二冊で150円!』のポップが飾られたワゴンに放り込まれていた、少女向けライトノベル元値780円の当て馬Bみたいな端役に?
しかもこのクロード・ウィズボーンという名前、少々変換して並び換えたらドクロと骨ボーンだ。つまり骸骨。いやバリバリ生きてるけど。
おそらく当て馬だからあまり格好良くない由来の名前にしたのだろう。十七年を共にしたそれなりに思い入れのある名前にまさかの由来が発覚した。
ちなみに父親の名はゴストン(おそらく由来はゴースト)で母はミーラ(ミイラ)、二人の兄は上からレイス(霊)とパスカル(スカル=髑髏)。
なんということでしょう、お化け一家である。
……まあ、ただ今はそんなことを嘆いていても仕方がない。
問題はあのプロローグである。ヒロインであるシェイラがお見合いをした相手がな・ぜ・か!みんな音信不通や遠方にお引越しやハニートラップにかかったりして居なくなる件だ。
何故かって?それはもうタイトルで答えが出ている。彼女がこの国の第一王子、フレデリック・レオネクスに溺愛されてるからだ。王子にかかれば愛しいヒロインの見合い相手の一人や二人排除することは難しくない。
じゃあさっさと婚約しとけよなんて野暮なことは口には出さないでおく。脳内では言うけど。なんだあのハタ迷惑色ボケ王子。権力持たせちゃいけないタイプ。
ぐったりと仰向けからうつ伏せに寝返りをうちながら、クロードは数時間前にシェイラと交わした会話を脳内でもう一度反芻した。
あの後、シェイラには一応ここが本当にあの小説の世界なのか確認するためいくつか質問をしてみたのだが、答えはすべて悲しいくらい予想通りであった。
『貴女のような可愛らしい人が今まで相手がいなかったなんて信じられない。伯爵令嬢ともあろう方がどうしてこんなしがない商人なんかに声をかけてくれたんです?もっとずっといい相手がいるでしょう』
『いいえ、いいえ!私、全然相手なんかいないんです!いつもいつもお見合いでは断られてばかりで、偉い人から無駄なことはやめるようになんて注意されるくらいで!』
一例としてはこんな感じである。
『その偉い人って、もしや貴女に気があるのでは?だからお見合いを止めようとしてるとか』
『いえいえいえ!殿下は昔から心に決めた人がいるってよく言ってますから有り得ませんよ』
物語のイケメンってどうして好きな子に対して「俺好きな子いるんだ」と言うのがアプローチになると思っているんだろう。そこまで言うなら「それは君だよ」まで言え。
前世ではかなりのオタク……もとい読者家で、男ながら少女小説もそこそこ嗜んでいたクロードは素朴な疑問としてそう思った。
『あ、今言ってしまいましたけどその偉い人ってこの国の王子でして……それに、注意だけじゃなくてアドバイスもくれたんです』
『へぇ、それはいったいどんなアドバイスを?』
『はい。もっとすぐ近くに良い人がいる、何も“貴族”に囚われることはないと……つまり他領の貴族ではなく、自領の人から身分に囚われずに選ぶべきだと殿下はご教授くださったのです』
どうして物語の腹黒キャラは遠回しな表現を好むのだろう。しかもよりにもよって鈍感ヒロイン相手に。だからこんなすれ違いが起きるんじゃないか。
『殿下にこのお見合いが決まったことを伝えたら天を仰いで目を覆われてしまったんですけど、こんな簡単なことに気がつかなかった私に呆れてたんですね。そう、こんなに近くにいた運命の人に……!』
どうして物語の腹黒イケメンヒーローはいつも肝心なことを決して言わないのだろう。遠回しな表現で伝わらなかったなら観念してハッキリ言えばいいのに。本当にヒロインと結ばれる気があるのか?
『まさかこんなに素敵な人が私の運命の人だったなんて……!えへへ、アドバイスをくれたフレデリック殿下には本当に感謝しないといけませんね』
しかし、そう心から嬉しそうな笑顔で言うシェイラを目の前にして、クロードは覚悟を決めた。たとえこの見合いを今から断ろうがもう遅い。
腹黒い王子様はお姫様に近づく男に容赦が無いのだ。今頃既に制裁の準備に入っていることだろう。
『こちらこそ、貴女のように素敵な人に出会えて光栄ですよ。神の采配に感謝します』
見合いを断って制裁される、見合いを受けて制裁される。どうせ同じなら天秤にかけるまでもない。それに何も悪いことをしてないのに色ボケハタ迷惑王子の思惑通りにしてやるのも癪である。
裏でそんなことを考えつつ、クロード・ウィズボーンはその日無邪気に差し出された白く細い手を取ったのだった。
よければブクマ評価よろしくお願いします〜(*´∀`*)




