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第九十二話:最後の旅の始まり

「と、出てきたはいいものの……流石にいつもと勝手が違うな」


 ヘレムを出て、数時間ほど。

 地図を手に、悠の口は渋みに泳いでいた。

 そう、今回の旅は、今までのそれとは大分やり(・・・)が違うのだ。

 まず大きな違いとしては、この旅には明確な制限時間が存在するということ。

 今までの極圏遠征には、実質制限時間が存在しなかった。普通の冒険者においての制限時間となるのは、物資がその主な理由となる。が、比較的安全な水の確保や、魔物を食料とする悠達にはこの物資という制限時間が存在しなかったのだ。

 今回も、物資を現地で調達するというスタイルは変わらない。ディミトリアスがいるであろう全知の樹までの道中にも魔物が存在することは知っていたし、それこそ水場を記した地図まで存在する。物資の調達で言えば、むしろ今回は今までよりも楽だと言っていいだろう。

 しかし、今回の旅の目的は調査ではなく、ディミトリアスの目的を阻止することだ。

 全知の実を手に入れるまでにディミトリアスを阻むことができれば最上、最悪でも全知の実が完全に『馴染む』までにディミトリアスを倒さなければいけないことを、ガトゥムから知らされている。これが、実質的なタイムリミットだ。

 完全に『全知』を掌握したディミトリアスの『業』は、もはや誰も逆らえないほど強力なものになるだろうというのが、おそらくこの世で最も魔術に精通したマオルの現長の見立てだった。


「うーん……一日にどれくらい進めばいいのかな?」

「追いつけてもディミトリアスに勝てないんじゃ話にならないから……最低でも目的地に着く前日位からは体力を温存したいところだけど。カティアとしてはどう?」

「すまない、地図の見方はサッパリなんだ」

「……カティアさん、よくしんでんきしになれましたね」


 そして、単純にただ目的地にたどり着けばいいというわけでもない。

 眠らず、補給も要らないディミトリアスはおそらく悠達よりも先に目的地へたどり着くだろう。『全知』とまで言われる力を手に入れたディミトリアスと、事を構えるだけの体力も残して置かなければいけない。

 結果で見れば今までも旅の終わりには強力な『古代種』との戦いがあったが、今回は最初から強力な──敵、と。戦うその事自体が目的と言える。より入念な体力の管理が必要になるだろう。


「うーん、やっぱ最初は一日ガッツリ歩いて、それから決めるべき……かね。俺らの足でどれくらい歩けるのか、ってのが重要かもわからん」


 だから、どれくらい歩けるか。それが重要だった。無理をせず、出来る限りで急げる範囲。……身体的に優れているからこそ、この地図のどれだけを一日で歩けるかが、悠にはわからない。


「それしかないでしょうね」

「じゃあ最初に目指すのは──」

「みずば、ですよね」


「おう! ほんじゃ出発だ!」


 ならば結果はともかく、歩くだけだ。

 習うより慣れろを地で行く悠達。世界の命運がかかっているにしては大雑把だろうか。否である。

 気負わないというのが、ストレスフリーな空気に繋がり、悠達のコンディションを整えていた。

 尤も当の本人達はそこまで考えていなかったが。

 ──最後の旅は、にこやかに進行する。あるいは旅の最後に待つものから目をそらしているが故の賑やかさだったのかもしれないが──だからこそ、悠達はこの時間を守りたいと、そう思った。


 ◆


 ディミトリアスを追い、歩き始めてしばらく──『しばらく』としか表現できない時間の中を、悠達は歩いている。


「しっかし……本当に一日中明るさが変わらねえんだなあ、頭がバグりそうだぜこれ」


 そう──ここネーデでは、一日を通して明るさも、空の色も気温も変化しない。一日を通して、変わりなく明るい星空が続くのだ。


「感覚的には夕方くらい……だと思うが、流石にこうまで変化がないと、時間の感覚も狂ってくるな。体内時計には自信があったのだが、いつまで当てになるやら」


 悠の独り言に続いたのは、騎士として規則正しい生活を送ってきたカティアだ。

 騎士の家系に生まれ、物心ついてから刻み込まれた生活リズムは、彼女の体内時計を正確なものにしていた──が、昼夜が存在しないネーデで生活を続ければ、それも崩れてくるだろう。

 人間にとって、昼夜というものはそれほどまでに重要なものだった。

 ──実際、宇宙へ飛び立った宇宙飛行士の殆どは不眠を訴える。宇宙飛行士達は七十%ほどの『夜』で不眠を感じ、睡眠薬を服用する宇宙飛行士は、なんと八十%近くにもなるのだという。ネーデとは環境は違えど、宇宙という空間はそれほど人の生体リズムを崩すのだ。


「ヘレムだと時計もあったし、魔法で擬似的な昼夜を作ってたんだけどねー……ここだと朝か夜かもわからないし、ちゃんと寝られるかなあ」

「それは、だいじょうぶでしょう。わたしの力で、かいみんをおやくそくしますよ」

「おお、頼もしい。俺もちゃんと寝られるか不安だったんだよな」


 しかし、睡眠という点においては、悠達の障害とはならない。

 アリシアの『午睡』の力を使えば、質の良い睡眠を望むだけ取ることが出来る。

 睡眠を取ることが出来ないというのは、露骨に心身のパフォーマンスを下げる。地球の最先端技術の結晶と言える宇宙飛行士でさえ問題となる不眠を解決することが出来るというのは、悠にとって非常に心強いことだった。

 仮にアリシアがいなければ、この環境は不眠による疲労とストレスで、急速に悠達の心身を蝕んだだろう。

 特殊な気候も険しい地形もないネーデを往く。ただそれだけのことが、想像を絶する荒行なのだ。


「っと、あの地形は──」


 だが、今は順風満帆である──遠くの視界に林を捉え、悠は地図と景色を見比べた。

 どうやら目的の場所が見えてきたようだ。

 今日の目的地。経路にある中で最も近い水場である。

 悠達の進行のスピードは、やはり早いと言えるだろう。常人の体力ならば、二日から三日はかかる距離を悠達は一息に踏破したのだ。


「それじゃあ今日は、水場の確認をして休みにしようか。後でアリシアは『午睡』頼むな」

「まかせてください。では、ユウさんのほうはごはんをおねがいします」

「おう、そっちは任せとけ! っても、まだ今日の獲物も捕まえてないような状態じゃ何が出来上がるかわからねぇが……」


 その体力の源は、やはり悠の料理から来ている。

 食べればみるみるうちに体力を回復し、僅かながらその最大値まで引き上げるような悠の料理は、効果もさることながらその味でクララ達の士気を上げるに大いに役立っている。

 水場には魔物が棲むのもまた鉄則。命の糧を求め、悠達は足を早める。

 視界にはっきりと映る程度の距離は、もはや悠達にはなんでもない。林へとたどり着くと、見晴らしの良い草原よりも警戒を強め、探索を開始する。

 最初に目についたのは、林に生えた樹だ。遠くから見る分には青々とした葉をつけた普通の樹だったのだが、近くで見てみれば、幹が大分地上のソレとは変わっていた。

 まず、木の幹は深い藍色をしていた。それは夜闇に木を描いた様な色で、明るい環境下で見るにはなんとも違和感を煽るものだ。そして、その表面にはきらきらと光る宝石のようなモノが点在している。

 水色、赤、黄色とその色は様々だ。表面を触ってみると、少しべたつくことから悠達はこれを樹液のようなものなのだろうと推測する。

 固まった樹液は色とりどりで宝石のよう──


「なるほど、宝石の泉、ね」

「あはは……名前の割にはちょっとおどろおどろしい見た目だね」


 マオルの地図には、この場所の名前は宝石の泉、と。シエルの言った名で記されていた。

 なるほど、確かに色とりどりの樹液塊は宝石のように見えなくもない。琥珀が存在する以上、宝石と言っても過言ではないのかもしれない。だが──そう、いかんせん、不気味であった。

 ごく普通の自然を写した線画に、子供が好き好きに絵の具を塗っていったような、なんとも言えないちぐはぐな印象を与えているのだ。

 その最たる理由はやはり木の幹の色だろう。寒色というのは、やはり一見してポジティブなイメージよりも冷たい、ネガティブなイメージを与えがちだ。

 もしも木が葉をつけていなければ、さぞホラーな雰囲気の枯れ木が出来上がるだろう。


「マオルの人たちってなんかこう、こまかい所が大ざっぱですね」

「うう……否定できない……」


 当然、こんな光景を作ったのもまた、マオル族の祖先である。

 地図に名前が記されているのは、そういうことだろう。伝えきれないものを文字で伝える──ウケなかったネタの説明をするお笑い芸人の様な寂しさに、悠は苦笑した。

 が、そんな光景を吟味してばかりもいられない。

 地図によれば、この林の中に泉が存在するのだ。水場の確保が出来なければ、此処から先の水場までは厳しい物資の管理が必要になるだろう。

 泉の水は過去のマオルが飲めるように作ったというが、それでも汚染されている可能性や、万が一ということなら枯れている可能性だってある。

 とはいえ、それらは杞憂だったようだ。


「おお……これが宝石の泉か」

「樹液の光が反射して──水だけ見れば、とても綺麗ね。全体としてみればやっぱり不気味だけど」


 木々の切れ間に現れたのは、神々しく輝く大きな泉。

 揺れる水面に色とりどりの光が乱反射する様はプリズムの様で、非常に美しい。


「それよりユウさん、お水の方はどうですか?」


 だが大切なのはその水が飲用に適するかどうかである。

 尤も、樹液の光が映り込んでいるだけで水自体は普通の水だ。


「ん、問題ないと思うぞ。ただ──やっぱり、なにかいるな」


 それ故に、水場には水を必要とする生物が集まる。

 そんな必要なモノを占拠するほどの魔物となれば──強大なのも、また常である。

 悠が僅かに目を細めると同時、クララ達が各々、構える。

 瞬間、八つの水しぶきと共に、何かがせり上がる──

 水の中から現れたのは──そそり立つ柱であった。いいや、違う。

 現れた柱はよく見れば幾つもの円形の突起がついており、うねり、踊っている。

 そう、その姿は──


「た、タコぉ!? 淡水じゃねーのこれッ!」


 悠の知るタコ、そのものであった。

 ただし例によって、サイズは非常に大きいが。


「う、わ。私なんか、これ苦手ッ!」

「うねうね……」


 地域によっては『デビルフィッシュ』とも呼ばれるその風貌に、女性陣がたじろぐ。

 確かに、慣れないものが見ればその不定形のフォルムはまさしく異形そのモノだろう。そもそも、地球でさえ怪物的な存在のモチーフとしてよく採用される姿だ。それが巨大となってはそのリアクションもさもありなん、と言った所。


「言われてみると、なんとなく悍ましいな。……なあユウ、まさかとは思うが──」

 しかし、しかしだ。

 悪魔の魚と形容される容姿でも、宇宙的な恐怖を想起させても、タコは広い地域で食されている食材である。

 恐らく淡水であろう泉に棲んでいる生物故に、厳密にはタコとは大きく違う生物なのだろうが──


「勿論、今日の晩飯だぜ! コイツはどう食っても美味そうだ……!」


 悠の食欲は、腹の中からノックを続けている。であれば、少なくともこれはれっきとした『食材』だ。


「ああ……やっぱりぃ。ま、まあユウの料理だから大丈夫なんだろうけど……」

「これまた、味の想像もつかないわね……でもやるしかないか」


 異形の容貌に怯みつつも、クララ達は武器を構える。いつもよりは乗り気ではないようだったが、悠がこんなにはしゃいでいるのだ、もはや覚悟を決めるしかない。


「刺し身に煮物、茹でに……ああもう、夢が膨らむな!」

「私としては、刺し身は少し遠慮したいが……っと、来るぞ!」


 和気あいあいとした悠達に業を煮やした──かどうかは定かではないが、極太の触手が叩きつけるように振るわれる。

 木々をなぎ倒し、地面を触手の形そのままに陥没させても、悠は笑みを絶やさない。

 ネーデに来てはじめての狩猟に、悠は氷の刀を抜き放った!


「あの丸いの──吸盤に気をつけろ! 『面』で捉えられたら吸い付かれちまうぞ!」

「となると、幅広の剣を持つ私は不利だな。もしもの時はカバーを頼めるか?」

「言うまでもねーさ! 極力俺が受けるから、攻撃は頼むぜ!」


 宝石の泉にて、巨大タコと戦闘を開始した悠達。

 特徴として見られる吸盤の注意を引きつつ、悠はより前へと躍り出る。

 悠が受け、クララ達がサポートし、カティアが斬る──装甲の突破が必要ない敵を相手取る際の、悠達の必勝パターンだ。

 その振り分けには当然理由がある。悠は高い攻撃力と防御力を備えているがカティアには敏捷性で一歩劣るし、逆にカティアは防御力こそそれほどではないものの、攻撃の迅速さと正確さでは右に出るものがいないほどの剣士だ。シエルの戦局を見渡すサポート能力は前衛と後衛の間でこそ輝くものだし、クララとアリシアは典型的な魔法使いタイプの立ち回りを得意とする。

 が、今回はその必勝パターンとも言える行動が、思うように決まらない。


「わわっ、危ないっ!」

「……これは、えいしょうのひまもありませんね」


 それは、この巨大タコがその八本の触手で悠達全員へと攻撃の手を伸ばしているからだ。


「『誘引』がイマイチ効いてねえ……本体はガン見なんだけどな」


 当然、ターゲットを自分へ集めるため『誘引』の力は発動している。そのためか、悠が特に多くの触手を捌くことにはなっているのだが、ちょうど人数分の一本ずつ、四本の触手がクララ達へと向かってしまっているのだ。

 その理由は、このタコの特殊な生態にあった。

 脳が九つ。それが、この動きの正体である。

 正確に言えば、そのうち八つの脳は脳とは違う。それらは、触手の根本に位置する神経の集合体である。だが、これによってこの巨大タコは八つの触手をあたかも自由自在に操っているように見せかけているのだ。

 尤も、その『分脳』の性能はタコの頭にあるモノに比べれば性能も低いし、そもそも役割も違う。

 だがより原始的である故にその『分脳』は『食欲』を持たないのだ。故に自身を魅力的な食物に見せかける『誘引』の力は、触手の一本一本に及ぶことはない。

 それでも悠が四本もの触手を差し向けられているのは──距離と、存在そのものの脅威度、二つの要素から成っている。


「くっそ、なんで別々にこんな動きが出来るんだ!? 俺よりアタマいいんじゃねーのコイツ!」

「悲しくなるからやめてよ。……それより、なんとなく見えてきた。もうちょっと時間を稼いで」

「……? わかった!」


 息もつかせぬ連続攻撃に悪態を吐く悠。だが、それを諌めるシエルは冷静に策の存在を匂わせる。

 シエルが意味もなく、期待を抱かせるような人間ではないと、悠達は知っている。言われた通りに、悠は前線で巨大タコの注意を引く。

 紅の刀に魔力を込める──凄まじいまでの氷魔力が周囲を凍てつかせ、恐ろしくも美しい鳥の囀りを放つ。

 一度その力が薙ぎ払われれば、柔らかな体を持つタコなど、触手ごと切り裂いてみせるだろう力の本流。しかし、その強大な力に反応し、四本の触手が波状攻撃を行う。


「ちっ、やっぱ撃たせちゃくれないか」


 この妨害行為を行わせることこそが悠の目的だった。

 魔力に反応して攻撃を仕掛けてくる──と気がついたのは、ある意味で悠がこことは異なる世界から来た事に起因する。タコの生態は知らずとも、魔法に詳しくないからこそ「魔力を感知して攻撃する能力でもあるんだろう」と当たりをつけたのだ。

 結果として悠の推測は、ハズレだった。これは動物的な本能とタコの生態によるものだ。が、より大きな魔力を狙って攻撃しているという答えだけは、あっていた。

 当然、何の根拠もなしの推測ではない。戦いの中で大技に敏感に反応するタコの動きをよく観察していたからこそ気づけたことだ。

 動きから答えを見出す。それは戦いの中で磨き抜かれてきた戦闘勘といって差し支えのないものだろう。

 四方から迫りくる触手を見据え、悠は体中に力を込めた。力みに追従して、魔力がみなぎる。

 一本一本が大樹の如く巨大な質量を持った触手が悠の体を叩き、挟み、潰す軌道で襲いかかる──しかし触手は突然、空中で静止した。

 しかし、よく見れば触手は停止したのではない、何か障害物に阻まれてそれ以上進めなくなったのだとわかる。

 その何かは──棘。『棘皮』の力である。イグラパルドより得た攻防一体の棘を身にまとう力だ。堅牢で鋭利な鎧は、大質量の触手を受け止めていた。

 とはいえ、そこまでだ。痛みを感じていないのか、刺し貫かれた触手は未だに怪しく蠢いている。このまま押しつぶすつもりだろうか、触手はその傷を広げながらも悠へと間隔を狭めていく。

 所謂、硬直状態というやつだった。『棘皮』の防御力ならば突破されることはないが、この間動くことが出来ない悠には、この状況を打開する手段もない。


「ご苦労さま。おかげで準備が整ったわ」


 だが、それは悠が一人で戦っていた場合の話。そもそも悠の目的が、この膠着状態──即ち、時間稼ぎである。

 シエルの声に、悠は口角を上げる。


「もう『誘引』の方は解除していいわ。あとはもう終わるから」


 『氷閃』のタメにより巨大タコの意識が殆ど自分に向いている今、誘引を解除していいのだろうか? わずかに疑問に感じた悠だが、シエルの指示を疑うことはしなかった。

 クララが魔法を形作り、カティアが力を溜めるように剣を構えているにも関わらず、悠は『誘引』の力を解除した。

 途端、フリーになった触手がより脅威度の高いクララ達へと走る──

 走り、そしてある地点で、バラバラに弾けた。


「『糸』よ。ユウが時間を稼いでくれている間に、張り巡らせて置いたわ。その、ちょっと触りたくなかったから」


 一瞬のうちに下ごしらえ(・・・・・)を終えたのは、シエルが張り巡らせたワイヤーのトラップであった。

 愚直にクララ達を狙う触手は網目状のワイヤーに切り刻まれて、ちょうど良い大きさになっている。

 この一瞬で、巨大なタコの八本の触手は、その全てが失われることになったのだ。

 もはや攻撃手段を失ったタコを確認し、シエルは張り巡らせたワイヤーを回収する。

 こちらの攻撃を縛るものは、もはやなにもない。

 それでも生物的な本能から恐怖を感じたのか、タコは逃走を図るが──


「いたみもかんじないようなたんじゅんなつくりだと、ききめが早いですね」


 かくり、とその体から力が失われる。

 アリシアの『午睡』だ。対象者の睡眠を操り、眠りに落とすこの力は対象が抵抗の意志を持たないほど──闘争心を持っていないほど、よく効く。


「『アイシクル』!」

「一刀両断っ!」


 そこに放たれるは、渦巻くような暴力的な魔術の、洗練された美しい太刀筋の──必殺の二撃。

 もはや抵抗する意志さえも奪われた巨大タコは、刺し貫かれ、切り分けられ。調理に丁度よい形となるのだった。


 ◆



「うぉほぉー……改めて見るとでっけぇなあ! どう調理するか迷うぜ」

「改めて見ると……その、グロテスクだな。どう調理されるか想像がつかん……」


 予め幾つかのパーツに切り分けられた巨大タコを眼の前に、悠とカティアは共に『完成形』を迷うコメントをしつつも、正反対の反応を見せた。

 今、悠達の眼の前にあるのは何トンと換算した方が早そうな巨大タコの切り身の山だ。調理の幅が広いタコを前に目を輝かせる悠と、薄っすらと粘液に包まれて長くうねるタコの足を前に、顔を引きつらせる女性陣。

 切り分けた足がまだわずかに動いているのを見て、クララ達はなんともわかりやすい反応を見せている。まあこの状態ではタコが美味い食材と知っている悠でも少々気色が悪いと思う。タコを初めて見る彼女たちがこうなるのも、無理はあるまい。


「んー……でも本当、どう調理すっかね? 見た目が気になるならやっぱアレ(・・)しかねぇけど──」


 しかしそんな反応を見たからこそ、悠の中では今日の料理が半決まりといったところだった。幸い、それに必要な調味料は作ってあるのだが──肝心なのは、その調理に少々特殊な器具がいることだった。

 それがなくとも似たような物は作れるのだが、やはりせっかくなら『形』の方もこだわりたい。

 ということで──


「おお、この大きさがあればいけっかな」


 悠は付近から、人が腰掛けれそうな岩を見つけてそう呟いた。

 調理に岩? 岩を熱して石焼きにでもするのだろうか。一斉に頭にハテナを浮かべる女性陣。

 だが悠は気にした様子もなく、岩の周囲からクララ達を遠ざける。

 すると紅刀に魔力を込め──『氷閃』を一閃。もう一閃。正確に振るわれた斬撃が、岩の円盤を作り出した。


「やっぱり、岩盤で石焼きにするの?」

「いやいや、ソレだけならフライパンでも使うよ。お楽しみに」


 悠の返答にさもありなん、と思ったのは質問したクララ自身。やはりここからもうひと手間あるらしい。

 グロテスクな食材で下がっていたテンションが、予想のつかない調理の片鱗で一気に引き上がる。

 悠は期待の眼差しを向けるクララ達には気づかず、泉から流れる川へと石版をつけた。そして──手を川へと突っ込み、風のガントレットに、思い切り力を込めた。


「お、お、いけそう」


 クララ達からは悠の手元は見えないが、何やら手応えを感じている様子に興味を惹かれる。あまりはしゃぐのもみっともないと大人ぶるシエルでさえ、身を乗り出すほどだ。

 では悠からはその手元はどう見えているのだろう?

 川の中には、今凄まじい水流の刃が発生していた。その形状は球体。触れるものを球状に削り取る刃は、さながらグラインダーだ。

 それを石版に押し当てれば──目論見通り、石版に穴が空いていく。

 やがて刃の半分ほどが差し込まれたところで、悠は手を引き上げた。

 そうして出来上がったのが、半球状の凹みだ。

 表情を見るに、どうやら成功のようである。あとはこれを複数個作れば完成だ。

 もうおわかりだろう。


「たこ焼き機完成! やー、やっぱ気分て重要だよな!」


 悠が作り出したのは、たこ焼きを焼くための『たこ焼き器』であった。

 タコの見た目が悪いというのならばそれを隠してやればいい、というのが発想の発端だ。


「たこやき……? それがないと、作れないりょうりなのですか」

「そうそう。やっぱあの食感を出すにはこれじゃなきゃなー」


 即席たこ焼き器をよく洗いながら、悠は上機嫌で質問に答える。その名前と器具の形状からは用途が想像できず、クララ達はやはり疑問の表情を浮かべた。

 さて、器具が出来てしまえばあとは簡単だ。

 小麦粉と卵などの各種材料を混ぜ、キャベツに食感が近いブラッカを細かく切る。さっとタコを茹であげたら、一口よりも小さなサイズに切り分けていく。


「……へえ、火が通ると、綺麗な白ね」

「皮は真っ赤になるんだけどな。コイツのはちょっと分厚いし、固くなりそうだから除いたんだ」


 小さなタコの足──ではなく、皮の下の白い部分だけを角切りしたものをたこ焼きに、というのは悠にとっても初めての経験である。大きなタコから切り出した分、一口の満足感はたっぷりだ。

 この頃には、再びクララ達の顔に輝きが戻ってきた。茹でたタコはまさしく純白と言った具合で、先程のヌメヌメとした光沢も肉感あふれる色もなくなっていたからだ。

 何より、ここからこの材料がどうなるのか、クララ達には想像がつかない。

 悠も、その期待に答えようと早速調理を開始した。

 熱した石版に油をよくなじませてからくぼみにタネを入れ、そこにブラッカやタコを落としていく。

 溶いた小麦粉と油の素朴な甘い匂いが、夕食前の食欲を刺激する。まだ、器具の意味はわかっていないが食欲をそそられたクララの表情が緩む。

 だが悠にとってはここからが本番だ。ピックを使って器用に生地をひっくりかえしていくと、ぽこんぽこんと可愛らしい球体が現れた。


「……なるほど、そうなるのか!」

「そ、面白いだろ? 俺は子供の頃からたこ焼きが好きでな。味もなんだけど、この形とか、ひっくり返していく様が子供心に面白かったんだよな。どうせならこれも見てもらいたいって思ってさ」


 喋りながらも綺麗な球体を作る悠の手付きは手慣れている。いろいろな『食』に興味を持つのは勿論、もともと凝り性なこともあり、おやつ代わりにたこ焼きを作るなんてのはしょっちゅうだったのだ。

 頃合いを見計らって、悠は焼けたたこ焼きを皿の上に盛っていく。

 そこにたっぷりの野菜と香辛料で作ったソースを掛けて、猪魚の削り節をかけていけば──


「出来た! たこ焼きの完成だ! 中は滅茶苦茶熱いから注意してくれよな」

「おお……なんともかわいらしいフォルムですね!」

「削り節が踊ってるみたい。……ふふ、面白いわね」


 まんまるふっくらの魅惑的なフォルム、波状にかかるソースは天の川。踊る削り節のバックダンサー付きのにくい奴。たこ焼きの完成である。

 ソースのあま~い香りは湯気に乗って濃く強く立ち上り、満腹中枢を強烈なまでに刺激する。見た目にも可愛らしい祭りの華が、いま花火のように異世界の宇宙に花開いた。


「こ、これはなんとも……先程の姿からは想像できないものが出てきたな!」

「匂いも美味しそう! 早く食べようよ!」

「おう! やっぱ出来たてホッカホカをハフハフしながらってのが醍醐味だからな!」


 悠の合図で一斉にいただきます、を唱和すると、箸やフォークなど、各々の食器がたこ焼きの山へと群がった。


「……あっ、あふっ……! お、美味しい……っ」


 上品に手で口を抑えながら、その熱さに口の中を軽く火傷させながらも、シエルは無意識にそう叫んでいた。


「外はパリッと! 中はふんわりとろりと! そしてあつさをおそれずひとかみにすれば、ぷりっぷりのタコがはじける……っ! なんと新しいしょっかんでしょう!」

「あふぃ、あふぃ、んぐっ……が、美味い! 甘く刺激的なソースの香りもたまらないな!」

「そのソースの塩辛さと、生地とタコの優しい甘さがよく合ってるねっ!」


 果たして、その評価は大好評である。

 悠もまた、懐かしく、しかし洗練された素材による味を楽しんでいた。

 パリっと、ふわっと、トロッと、タコのプリプリな生きの良い食感と、ブラッカのサクっとした小気味良い歯ざわり。

 異世界の野菜で作られたソースは野菜の甘みをたっぷりと含んでおり、また塩辛い味付けが桜の香りの様に控えめなタコの甘みと調和する。

 削り節の香り高さもまた、そこによいアクセントを添えていた。

 地球でも、金に糸目をつけなければ、こんなたこ焼きが出来上がるのかもしれない──最高級の食材で子供のおやつを作るような小気味良さが、無性に楽しかった。


「あー……美味い」


 しみじみと、呟く。

 香りに乗って、まだ小さかった頃の縁日が思い出される。

 特別な日に少しだけ多めなお小遣いを握りしめて、それでもそう多くはない金額の中で何を食べようかと迷ったあの日。今にしては技術料を考慮しても高めだったたこ焼きの、小さな小さなタコが恋しくもある。

 それでも──やっぱり、タコは大きい方が良い、なんて思ってしまうのは現金だろうか。


「むっ……」

「ぬっ」


 感傷に浸っていると、カティアとアリシアが意味ありげに視線を交わしているのに気がつく。

 どうやら、たこ焼きの最後の一個を巡って、高度な心理戦が行われているようだ。

 つい鼻を鳴らしてしまうと、二人が同時に悠へと振り返る。


「まだ食い足りないなら、追加で作ろうか? シエルとクララも、食うか?」


 たじろぎながらもそう提案すると、四つの笑顔が縦へと振られた。

 こうして次から次に焼いていくのもまた、たこ焼きの『味』の一つだろう。

 タコパというのはこんな風なのかな、と思いつつ、悠は再びたこ焼きの生地を流し込むのだった。


 


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