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第九十一話:生きる。の源

「クララ! アリシアと協力して豆腐と海藻持ってきてくれ!」

「わ、わかった! 行こう、アリシアちゃん!」

「まかせてくださいっ!」

「カティアは味噌と醤油をありったけ頼む! シエルは魚の調達を!」

「了解した! 力仕事とは単純でいい!」

「わかった。片っ端から集めてくればいいんでしょう?」


 雑踏の音さえ聞こえなくなった星河の街に、怒号にさえ聞こえる悠の叫びが響く。

 自分の手が届かぬ場所へとクララ達を向かわせる様はさながら宮廷のコック長。しかしこの一食に全霊をかけるという意味では、それはまさしくと行ったところだろう。

 巨大な鍋を用意し、米を炊く。立ち上る湯気に顔を灼かれながらも、悠は顔をしかめることさえせず、仁王のように鍋の中身を睨みつけている。

 ──生きる気力を失った人々。そんな人達に、生きる気力を思い出させる食事とは如何なるものか。悠は、その答えに迷うことはなかった。

 生きる力とはすなわち活力。そしてここには、悠が故郷で慣れ親しんだ食材とよく似た食材が流通している。であれば、答えも自ずと浮かび上がってくる。

 だが、だからこそ悠はこの場を離れることが出来ない。悠の答えは、料理としては特別なことのない、ありふれたものだ。体を貫くような強烈な味でもなければ、刺激的なまでに新しい鮮烈な体験というわけでもない。ありふれたものだからこそ、その体験は最高のものでなければいけない。


「(……それでも、やっぱり味の好みってのは、人それぞれだ。俺にとっての最高が、ここの人達にとっての最高であるかはわからない……でも)」


 当然、それには迷いもある。細かい範囲では作り手から、大きな範囲では食材そのものまで。人の好みというものは本当に千差万別というにふさわしいものだ。

 それでも、いやだからこそ、悠は己の持つ全力を注ぐほかなかった。


「持ってきたよ!」

「こっちも、っだぁ! まだ必要か!?」

「助かる! 食材はもういいから、人を集めてきてくれ! できるだけ多く……!」


 街の各地から、悠の望む食材を調達してきたクララ達に、今度は人の運搬を命じる。

 ヘレムのほぼ全域を覆った『業』の力は、おそらく悠達以外の全員から生きる気力を奪っている。料理が出来てから散在する人々を回っていたのでは、時間が足りなさすぎる。僅かな時間を有効活用することは料理の基本──しかし人命さえもがかかっている今、悠達には、それが極限のレベルで求められていた。

 了解の声もそこそこに、力の強いカティアを中心にクララ達が各地へと向かう。

 悠は集まった食材を前に、調理を再開した。

 干した海藻や、乾燥させたタスクフィッシュからダシを取る。

 混沌魚を手早く切り身へと分けていき、火を通す。

 切った具材と味噌を出汁へと溶く。

 取った出汁と共に、混ぜた卵液を焼き、巻いていく──

 味噌汁。焼き魚。卵焼き。

 悠の思い浮かべる、そしてこの国の人にとっても馴染みが深い『朝食』における定番中の定番。

 そう、悠が限られた時間内で作ることが出来る料理の中で、最もヒトの食欲を揺さぶる──活力を与える一食として選んだのが『朝食』であった。

 一日のはじめに食すそれは、眠った体を起こし、今日も一日頑張ろうという気力を呼び覚ますにはうってつけ。

 ホカホカのご飯。薫り高い味噌汁に、塩気のある焼き魚。ふんわりとした卵焼きに、漬物でも添えてあれば、上等がすぎる。

 悠は、この朝ごはんというものが大好きだった。見る者が見れば、いっそ質素にも見えるかもしれない素朴な料理の数々。

 だが料理する立場になってみればわかるだろう。朝起きて、自分も眠いような時間にこの『お決まりのメニュー』を作るのは、大変だ。

 ──もしも、の話だが。悠がこの世界に来ずに一人で暮らす時期を迎えたとして、この様な朝食を毎日作ることはないだろう。慣れた味が恋しくなって時折作ることがあっても、悠はこの食事を自分一人のために作るのは稀な事になるはずだ。

 だってそうだ。朝早起きして、何品目もおかずを作って、それだけ多くなった洗い物を片付ける。一人だったら、そんな事面倒くさくてやっていられないという人は多いだろう。

 しかし、それを美味しいと言ってくれる誰かがいるのなら──悠は、喜んでそれを作るだろう。

 毎日の様に朝食を用意してくれた母親の背中を、できたての朝食の心まで温める温かさを知っているから。

 朝に並んだ器の一皿ごとが、最も強く温かな真心を伝えると知っているから。

 一人になった広場に、包丁がまな板を叩く軽快なリズムが響く。

 物静かながらも優しいこの街の人々が、悠は好きだった。だから生きてほしい、笑ってほしい。

 悠が思う最高の姿に、料理の姿が近づいていく。

 大量の料理を作った経験はなかったが、それでも分量などが完璧だったのは、ひとえに見事と言える。あるいはそれは『食』の力に依るものだったのかもしれないが──それを知る由もない。

 やがて、料理が出来上がる頃には、街の人々の殆どが広場に集められていた。


「く、はあ……流石に、応えるな……これで、どのくらい集まった……?」

「わからない、けど……ほとんどは、いると思います……」


 倒れ伏す人々が一堂に集められ、広場は異様な状況になっていた。

 アリシアの言う通り、ここにはヘレムの殆どの人が集められていた。

 ここに連れてこられなかったのは、施錠中の施設などにいる者くらいだ。

 ヘレムの人口自体が少ないものの、大勢の人を運んできたカティア達は疲労の色に包まれている。


「皆、ありがとうな。最後にもうひと踏ん張り、頑張ってくれ!」

「もちろん。次は、何をすればいいのかしら」

「何でも言ってよ! それで、皆が助かるなら……っ」


 しかし、それでもクララ達は重くなった体を奮い立たせる。

 その行動の全てはヘレムの人々を助けるためだという事がわかっていたし、顔にはなくても、悠もまた疲れていることが見て取れたからだ。

 最高の品質を、迅速に、大量に。そこに人の命までがかかっている中での作業は、悠の心身を削っていた。

 疲労困憊といってもいい中でさえ、疲れを見せないのは、やはり皆を救いたいという思いがあったからだ。


「配膳を頼む! 出来る限りで、最高のモンを作ったつもりだ!」


 それでも、体力はもう残っていなかった。クララ達に料理の配膳を頼み、悠は広場のベンチに腰をかける。

 やれるだけのことはやった。あとは結果がどう出るかだ。ある意味でドラゴン退治よりもヘビーだったと思いながら、悠は天を仰いだ。

 一方で、配膳を頼まれたクララ達はせわしなく動き始める。味噌汁が、焼き魚が、卵焼きが。熱々の湯気を放っている。保たれた熱さは、悠の気迫の現れだ。熱さもご馳走という事を知っているクララ達だからこそ、その熱気を失わせてはならないことがわかっていた。

 カティア達は、盆に載せた料理を無気力となったマオルの人々に運ぶ。その中でクララが最初に向かったのは、ガトゥムの所だった。

 改めて──なんと酷いことだと、クララは怒りで脳が焦げるような痛みを覚えた。『業』の力によって生きる意欲を失った無気力人間。光を失った瞳は虚無を写し、脱力から半開きになった口は、自発的な呼吸を抑えることを面倒がって空気の出し入れを続けるだけ。たったそれだけの、モノ。

 無気力人間となったガトゥムは、端的に言って生きているとは言いづらい状態だった。厳格だが温かだった精神も、理知的な光も、その目には見受けられない。これが『欲』を奪われた人間ならば、全ての人間から欲を封じるという世界で動く『ソレ』は、一体何なのだろう。

 ──クララもまた、そんな世界は間違っていると思った。だからこそ、悠がディミトリアスに伝えたいということが、クララにもわかった。

 お盆を近づけると、ガトゥムの肩がぴくりと動く。

 その事自体は、明確な意識を持たない反射だ。香りに反応して、体が少し動いただけ。

 だが一度それを味わったことがあるからこそ、ガトゥムはいち早く、この場の誰よりも早くその匂いに気がついた。

 声はない。それ以上、体が動くこともない。しかし、視線が、立ち上る煙を追った。

 その反応にクララは目を見開いて、卵焼きを一口大に切り取った。

 ……まるで、綿のような柔らかな心地が、慣れない箸を抱きとめるような心地だった。だがそれは綿とは違って一切の未練なく切り分けられていき、その断面からたっぷりの出汁を滲ませる。

 ぼこぼこになった断面はよく出汁を絡め、馥郁とした香りを立ち上らせた。

 反射的に、自分の口に運んでしまいたいと思うほどの衝動を抑えて、クララは小さな小さな一口をガトゥムの口へと運んだ。

 ──瞬間、ガトゥムが目を見開いたのは、やはり反射だった。それは、本能と言い換えてもいい。

 この国でよく採れるポピュラーな食材。その親しみはそのまま国民の文化となって、ヘレムの人々に根ざしている──卵を使った卵焼きは、まさしくそんな料理の一つだった。

 故にその記憶が圧倒的なまでの一瞬に、懐かしさを思い起こさせた。同時に熟達した技術と知識で作られたふんわりとした食感が、出汁の深みある香りが、ちょうど良い塩気が、細胞の一つ一つまでを歓喜の衝撃で叩き起こした。

 懐かしさという過去。最新の技術という未来。二つが混じり合った最高の『味』が、ガトゥムの欲を揺り動かす。即ち──もっと、食べたいという食欲が、急速に立ち上がったのだ。


「う、まい──」

「……っ! ガトゥムさん!」


 思わず呟いた言葉に、かぶせかけるような叫び。

 クララの声を聞いて、ガトゥムははっと喉を鳴らして──


「げほっ、こっ! こ、これは、一体──!?」


 口内にわずかに残った卵焼きを、詰まらせた。その様子がなんだかおかしくて、良くしてくれた恩人の無事が嬉しくて、クララは涙をにじませて笑う。

 ガトゥムの記憶では、突然めまいがするように息が苦しくなり、そして何も考えられなくなった。

 現在地はその時にいた場所とは大きく違っており、記憶の食い違いからそこが見慣れた広場であることに気がつくのにも時間がかかったほどだ。

 だが、クララの表情が、今もなお湯気を立ち上らせる料理の香りが、何かただ事ではないことが起きたことを知らせていた。

 混乱するガトゥムの付近ではガトゥムだけでなく、マオルの人々や、地上からやってきた冒険者たちも目を覚ましつつあった。


「……あんたァ、シエル? あれ、俺何してたんだっけ……?」

「リオネル、説明は後。この料理を、寝てるみんなのところに持っていって」


 悠の料理は、どちらかといえば西洋に近い地上の人々たちさえ揺り起こしていく。

 それは、勝利だった。

 活力を与える悠の『朝食』が、生命活動すら厭う『無気力』から人々を目覚めさせてみせたのだ。


  ◆


 ずず、と控えめな音を立てて、悠は味噌汁を啜った。

 干した海藻と──昆布と、鰹節──乾燥させたタスクフィッシュの合わせだしが、口内に一気に拡散して、味噌の塩気と共に口の中にじんわりと馴染んでいく。

 味噌汁の味が残るうちに米を口に含めば、思い起こされるのは日本の食卓。しかし僅かな違和感に苦笑してから、今度は焼き魚に箸を伸ばす。

 切り身になって火が通った混沌魚の見た目は、ブリに近いだろうか。時間があれば照り焼きの方がうまかったかなと考えつつ口に含むと、芳醇な脂の甘みが舌を楽しませる。

 が、これは朝食には少しだけ重いかもしれない。


「……母ちゃんのメシのが、美味かったなあ」


 出汁巻玉子だけは、いいセン行ってるかもしれないけど。

 悠は苦笑して、そう付け加える。日本の朝食を模したヘレムの朝食は、確かに美味かったが、悠にとっては食べ慣れた日本の朝食に及ぶものではなかった。

 ──実際には日本で高級な食材を揃えたとしても、ここまでになるかはわからないというほど、悠が作った『朝食』は美味なものであった。

 それでも、やはり悠にとっては記憶の中に残る母の味に勝てる味ではなかったらしい。

 旨さという点ではともかく、思い出の味の温かさというのは、誰にとっても特別なものだ。悠にとっては、もう二度と味わえない母の味が、それだった。

 だが、それでも──


「わ、わ……! この卵焼き、ふわっふわでジューシーで……! 卵だけで、こんなに美味しくなるの……!?」

「この間の味噌汁も素晴らしかったが、今回のは特に美味い。穏やかで深みがあって……なんと優しい味だ」


 それが素晴らしい料理である事実は変わらなかったし、喜んでくれる人達もいる。

 ならば、今回はとりあえずこれでいいかと、悠は笑った。


「……お話は、お聞きしました。どうやら助けられてしまったようですな……なんと、お礼を申し上げたらよいか」


 朝食セットを食べ終わる頃、悠のもとにガトゥムが訪ねてくる。

 ことのあらましは大体理解しており──同じ様に倒れ伏す同胞が起き上がってくるのを見て、状況を把握した。平時の落ち着きを取り戻したガトゥムが最初に行ったのは、悠への感謝だった。

 だが、悠の顔は晴れない。


「俺はただ、メシを作っただけッス。それで立ち上がれたのは、皆さんの力ですよ。……現に、まだ目を覚まさない人達もいますし──」


 その理由は、僅かではあるがまだ目を覚まさない住人もいたからだ。

 匂いを嗅いで反応を見せたのは、ガトゥムだけ。他の住人の殆どは料理を口にして目を覚ましたが、未だに目を覚まさない住人も、残っている。

 それはひとえに『味の好み』が問題であると言えた。日本でも、慣れ親しんだ朝食が好きかと問われれば、そこそこの割合ではいと答えるだろう。だが、確実に否と答える人は存在するし、そういった好みは尊重されて然るべきものである。

 しかしこの場合は、万人向けに作った料理だからこそ発生する僅かな漏れが、ネックとなっていた。

 そういった人の好みにあう物を作れば、ガトゥム達の様に目を覚ますだろう。だが、日本の料理と似ていない『この国独自の料理文化』にはまだ疎い悠に、その正解を引く力はない。


「いえ、ここまで意識を取り戻してくれただけでも大恩に過ぎます。全て頼りきりでは情けがないというもの、あとは我らが力を尽くしてこそでしょう」


 それ故に、あとは自分たちが頑張る必要がある。当然、悠だってそれはわかっていたことだ。だが、ガトゥムの言葉には救われて、悠は微笑みを浮かべることが出来た。


「聞いたハナシじゃ、時間が経つほど生きる気力を取り戻すのは難しくなるらしいッス。多分皆さんが頑張っても目を覚まさない人っていると思うから──そのために、俺らはディミトリアスを追おうと思います」


 ガトゥムの言葉に安心したからこそ、悠は次へ進む意志を固められる。

 口にしたのは友を敵として追う覚悟だ。


「そちらの方は──本当に、あなた達ばかりに任せる他ないのが心苦しい。『業』の力を受け止められない我々では、足手まといになるだけですからな」

「いえ、それこそ身内みたいなところがあるんで……俺らが一発ぶん殴ってやらなきゃならないんですよ」


 それでも、悠は完全にディミトリアスを憎むべき敵とした訳ではなかった。

 確かにディミトリアスは非道な事をしたし、悠が知らないだけでもっと多くの悪事に手を染めている可能性は、ある。

 だからこそ、目を覚まさせて罪を償わせる必要があると──ディミトリアスをまだ友人だと思っているからこそ、悠にはその必要があると思っていた。


「……真に、貴方は立派な人だ。ですが、お気をつけください。『全知の実』は、我らの文明を築いた至宝。もしもその男が手にすれば、世界の命運は決まったと言っても過言ではありませぬ。聞く所その男には戦う力が無いようですが、少なくともいくつもの強力な魔法を得ることでしょう」

「あー……そりゃ、簡単にはいかなさそうッスね。じゃあ、さっさと追いかけた方がいいっぽいかな」


 ガトゥムが全知の実と呼ぶものが、ディミトリアスの求めているものの名前だという。

 少なくとも幾つも強力な魔法が使えるようになる。その言葉に悠が想像したのはクララの魔法だったが──悠は、ひるまずにそう言い返す。

 実際には、今からディミトリアスを追いかけたとしても、目的の『全知の実』が成る樹へ先にたどり着くのは、不可能だろう。

 ディミトリアスは食事も睡眠も必要なく、『業』の力があれば魔物との戦いをも回避する事ができる。

 悠達はどうあっても食事と睡眠は必要だ。それだけでも、追いつける道理はない。

 しかし、だからといって追いかけないという選択肢はない。どの道、ディミトリアスを放置すれば世界は終わりだ。ディミトリアスの望む世界が来るということは、悠にとってそういった意味を持つ。


「くれぐれもご無事で。……クララ」


 悠の言葉に深く逡巡をしてから、ガトゥムはクララの名を呼ぶ。

 食事を終えていたクララは、会話をしていたカティア達にハンドサインで断りを入れてから、悠達のもとへとやってきた。


「なんでしょうか」

「君は、我々の同胞だ。そして、ここは君にとっても故郷だ。きっと、帰ってきなさい。またユウ殿達と共に旅に出るとしても、たまには、ね」


 きっとそれはガトゥムなりの冗談を交えた言葉だったのだろう。

 ディミトリアスとの戦いのその先までを指した言葉に、クララの顔が、笑みを作っていく。


「はいっ!」

「ユウ殿、カティア殿、アリシア殿にシエル殿。我らの同胞を、クララをお願いいたします」


 結局寄ってきたカティア達をも含めた全員へと──マオルの仲間を慈しむ気持ちで、ガトゥムは頭を下げた。

 その気持ちは、まさしく娘に向けるそれだった。深い慈しみを持つマオル族の中にあって慕われるガトゥムだからこそ、持ち得た感情だ。

 悠の胸中を、嬉しさと使命感が駆け巡る。ああ、クララは『家族』と会えたのだと。


「勿論ッス! 里帰りの時は、俺たちも顔出していいですか?」

「無論、一族を挙げて歓迎いたします」


 悠の言葉に何かを想像したか顔を赤くするクララをよそに、悠はガトゥムとの約束を果たすことを強く誓う。

 きっと待っている、明るい未来のために──


「それじゃ、行ってきますっ」

「行っておいで」


 クララが、最後の旅の始まりを告げた。


 ◆


 星空の草原を往く。

 満天の星の下、街灯の一つもないのに草原は燦々とした日光に照らされるかのように輝いている──何度見ても、不思議な光景だなと悠はどこか他人事のように思い浮かべた。

 どこか慣れていた気分ではあったが、街にいる時の光景と、今目の前に広がる景色はまるで別のものだ。

 進んだ技術を持つヘレムの街は、悠にとってはSFの様な──どこか未来的で、故郷である日本の夜との繋がりを感じさせる事もあった。

 だが、眼前に広がる世界を見ていると、遠い遠いところへとやってきたのだと実感させられる。

 草原という自然。宇宙という別の世界──地平線によって区切られたその境界は、自分自身がいる場所を的確に表しているようであった。


「ユウ、どうしたの?」


 物思いに境界を見つめていたユウに声をかけるのはクララだ。

 少し考え事をしていた──そう、返そうとして、ユウは言葉を飲み込んだ。


「いやなんでもない」


 その考え事が、もうどうでも良くなったからだ。

 現実と、幻想の間。地球と、異世界(ヴィオード)の間に立つ自分は、一体『何』なんだろうと、ユウは考えたことがある。

 この境界の世界はまさしくそんな自分が立つ場所のようで、再び自分の存在に疑問を感じさせた。

 だが、もうそんなものはどうでもいい。

 自分が立っているのは──クララの、クララ達の『側』だ。

 大切なのは、生まれ故郷から遠く遠く離れた地で手に入れた居場所を、全力で守ること。

 そのために──悠は、戦いに赴かなければいけない。


「行くか!」


 気合を奮い立たせて、悠は己にさえ言い聞かせるように叫んだ。

 不敵な笑みを浮かべるカティアがいる。

 小さく拳を突き上げるアリシアがいる。

 腕を組みつつも楽しげなシエルがいる。

 そして──決意の眼差しで、クララが頷いた。

 答えは得ている。だからもう迷わない。

 悠が握った拳を力の限り、星河の空へと突き上げた。



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― 新着の感想 ―
[一言] コレ危ないヤツに危ないもの渡すくらいなら元に戻す方法わかったんだから先に黒幕倒してからゆっくり治療すればいいのでは?
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