第八十五話:星霜の果てに
「おおお……」
「なんというか……これはまた、凄まじいな」
今現在、初老の男性と他数名につれられ、悠達は『ネーデ』を歩いていた。
辺りを見回してはしきりに感嘆の息を漏らす一行に、初老の男性はくすりと鼻を鳴らす──
「あ、スイマセン、なんか物珍しいものをみるような……」
「いや、構いませぬ。物珍しいのは事実でしょうし、そう喜んで貰えれば我々としても悪い気はしない」
そんなやり取りが、何度か繰り返されていた。
だが、互いの間の空気は心地よい。全く見たことのない町並みに興奮する悠達と、自分たちの文明を誇る初老の男性。
男性──マオル族が悠達を好ましく思っているのには他にも幾つか理由があったが、未知の光景に心躍らせる悠達はまだ気づかない。
とはいえそれも無理はないだろう。
追い求めてきた伝説上の種族、マオル族──とうに絶滅したと伝えられる彼らは生きていて、地上のそれを遥かに超える文明を築いていたのだから。
「これは……もうなんといってよいやら。……こんな世界が、そんざいしていたのですね」
「本当、信じられないことばかりよね」
木よりも、石よりも継ぎ目のない滑らかな家の壁。緩やかに動き、移動を補助する歩道──この、いいや『地上』の大地ヴィエールの人々であるアリシアやシエルには、その概念そのものが自分たちとは異なる世界の概念そのものだった。
一方で『動く歩道』などを始めとして、より先進的な町並みを知っている悠でも、マオルの街には感心せざるを得ない。
──街頭や、動く歩道等、これらの機器は全て魔力によって動いている。しかし電線に当たる類のものはなく、それらは全て地面に埋め込まれたケーブルによって魔力を供給されているのだ。
別段、地面に埋め込まれた導線というのは珍しいものでもないだろうが、問題はそのビジュアル。魔力を伝えるこれらのケーブルは、電気の魔力であるトルマリンブルーに光るのだ。
ケーブルに魔力が伝えられるたび青緑の光が走り──その様は近未来、即ち地球よりもなお進んだ科学を想起させる。マオルの街に立ち込める、星空の下の静謐な空気もあり──気分はいわゆる『ラストダンジョン』。
このムードだとここに『敵』がいるという事はないだろうが、追い求めてきたものがいよいよ目の前に姿を現したという、とにかく最後という意味では間違っていないかもしれない。
それが、正しく『古代の超文明』の世界だったのだ。心の一つも躍るというものだろう。
「すっげー! すっげー……!」
いつにも増して輝かしい少年の瞳──『おのぼりさん』でいると商売に躍起なモイラスの商人達に舐められたりふっかけられたりという事もあるため普段はカティアが諌めるのだが、今回はそれを咎めるものは居ない。
そのカティアや、シエルでさえ圧倒されっぱなしだったからだ。
とは言え、そればかりでも話は進まない。
気がつけば、初老の男性は歩みを止めていた。どうやら目的地に着いたのだろう。
男性が前にしているのは、作りこそ変わらないが周りの建物よりも一回り大きな建築物であった。
アークの中央部の居住施設でクララがしたように、男性が手をかざすと、自動ドアのように戸が開く。
「あっ、すいませんはしゃいじゃって」
「気になされるな。その様に元気でいられるのは、貴重だ。むしろ我々としては非常に好ましく思っているくらいです」
建築物の中を示すことで悠たちを中へと招き入れた男性は、言葉通りに思っているようで、嫌気のない言葉を柔和な笑顔が飾っている。
しかし、男性の言葉にぴくりと眉を動かすものが居た。
「……その口ぶりだと、もしかしてここに来るのは私達が初めてってわけじゃないの?」
疑問をそのまま口にしたのは、シエルだった。
先程から男性は悠達の『元気』『活力』といったものを評価している。
それは、比較になる前例があるが故のものだ。
──思えば、それは当たり前の疑問。
一定周期で大陸を訪れる浮遊大陸──行けば戻る、その当たり前の中に、『不帰の楽園』に向かった者達の痕跡が全く無いというのは不自然である。
「然り。気になるのであれば、話の中でお伝えしましょう」
そして男性は、あっさりとシエルの疑問に首肯した。
この場で話すつもりはない──あるいは、順序がある。言外に語る、なんとも気になる切り方に『前例』が気になったのはシエルだけではない。
悠達は顔を見合わせてから、男性の指し示す建築物の中へと足を踏み入れる。
「どうぞ、お座りください。今茶を入れさせましょう」
建築物の中に入ってみると、男性はすぐ見えるテーブルに着き、手を上げることで共に居た一回り若い男性に指示を出す。
テーブルに肘を載せた男性は、腕を組む。その様子に警戒……までは行かなくとも、なんとなく尻込みをする悠。
「……? どうしたの?」
だが、クララが何のためらいもなく席につくのを見ると、悠達もそれに倣った。
小さく息を吐き、男性がわずかに眉を緩める。指示した茶を待つこともなく、男性は口を開いた。
「さてどこから話せば良いか……気になることは多々あるでしょうが、まずは改めて──私の名はガトゥム。現在、このネーデにてマオルの者のまとめをしております」
そうして重々しく語られたのは、悠達にとっては『答え合わせ』となる自己紹介だった。
マオルの者。この街に着いてから見る人々の髪の色で予想はしていたが、改めてマオル族であると告げられ、なんとなしに悠達は声を漏らした。
「その様子ですと、我らの存在は把握しておられたようですな。此方まで来られたのは、やはりそちらの子が関係しておられるのか」
「え、ハイ。ええとどこから話したらいいのかな」
ここへ来た経緯を聞かれ、悠はわずかに戸惑った。自分が話せば、簡単だ。クララのルーツを、マオル族の存在を探して、人智を越えた存在である『アーク』に手がかりを見出した。結果、ここにいる。因果関係だけを伝えるのならば、それでいい。
「いや……違うな。クララ、頼めるか?」
だがなんだかそれでは違う気がして、悠はクララにその説明を引き継ぐ。
理由だけではない、様々な動機があって考えがあったからこそ、クララが──自分たちがここにいる。
それならば、説明をすべきは自分ではないと、そう感じたのだ。
「うん、大丈夫。この時のために、ずっと考えてきたから」
悠に説明役を受け渡されたクララは、迷わずにそう答えた。
昔を思い出すように、胸に手を当て、眼を閉じる。
伝えたいことはたくさんある。だからこそ渦巻き溢れそうな思いをゆっくりと噛み締めて、クララは凛と開いた眼で、語り始める。
……言う通り、クララの説明は流暢であった。
物心着いたときには村の父母に育てられていたこと。珍しい白髪を馬鹿にされることもなく育ったこと。悠に助けられ、旅が始まったこと。
一つ一つを話すたび胸が軽くなるのは、溜め込んでいた事を家族に話す感覚に似ていた。
噛みしめるようにクララの話を聞きながら、ガトゥムは優しげに眼を細める。
クララにとって、悠達にとって、忘れられない一日が始まろうとしていた。
◆
「おまたせしました、我らが街の伝統的な茶です。話も長くなりますので、ひとつどうぞ」
すこしして──クララの話が一段落を迎えたところで、先程までガトゥムの側にいた男性が人数分のコップを持ってくる。
「これはご丁寧にありがとうございます」
「いただきます。……おお! 甘い、優しい香りだ」
ガトゥムと男性に礼を述べて、悠は早速出された茶に眼を釘付けにされた。
最初に感じたのは、奥行きのある甘そうな香りだ。果実の鮮烈な感じではなく、重く落ち着いた、優しい香り。
色は淡い琥珀色──紅茶よりはやや薄い。
熱く湯気を立てる茶を、小さく啜ると、その甘い香りが一斉に口の中で開いた。
やはり、どっしりとした香りだ。味は、ほんのりと甘いが恐らく糖類に由来したものではない、お茶自体のふんわりとしたもの。
「あー、美味い……」
どこか、無性に懐かしい──悠が感じたのは、郷愁。
日本的、と言えばいいのだろうか? 暖かな畳を思い出すようなぬくもりが体にじんわり染みていく。
「これは、ふしぎなあじですね。しかしとことんやさしいあじ。あわいあまさと、のうこうながらにひかえめなかおり……」
「うん……本当、不思議な味。でも初めてなのに、違和感がないというか。これ、どういうお茶なんですか?」
一方で、クララ達は新鮮な味に感心しつつも、どこか丸みを帯びた安らぎに満ちた声で疑問を口にする。
「我らが街では豆の栽培が盛んでね。これは、豆の茎や殻を乾燥させ、焙じたものです。どこか落ち着く味でしょう」
こくこくと頷くクララとアリシア。
悠はまだ、目を閉じて微かに残る芳香を楽しんでいる。
……感じた懐かしさは、勘違いではなかったようだ。その製法は日本にもある豆茶に近い。祖母の家で出された不思議なお茶。小さな頃には別段美味いとは思わなかったが、成長したからか、それともお茶そのものがいいのか──『理解る』ようになったのが、誇らしいような寂しいような、セピア色の感情を自覚した。
「美味しいです、本当に、これ」
「気に入っていただけたようでなにより。……では、話を続けましょう。今度は、此方の番ですな。まず、この街についてお話しましょう。と言っても『アーク』で概ねのことは知っているようですので、補足程度に留め、あとはご自分の目で確かめていただくがよいでしょうが」
ほっと一息吐いた事で、落ち着いた気分で話は再開する。
前置きをしてガトゥムが語り始めたのは、より踏み込んだ『楽園』のこと。
「既にご存知の通り、この『ネーデ』は過去のマオル族の賢者が作った大陸です。あらゆる魔法の元素を操り、擬似的に『世界』を作っている。我らも魔法には造詣がありますが、正直に申し上げると『ネーデ』が人智を越えているのは我らにも同じ、原理のほどは詳しくは説明できませぬ」
どうやらこの造られた世界についてあまりわかっていないのは、この街に住むマオル族も同じらしい。頷きを返して、悠は続きを待つ。
「故に、歴史から語りましょう。そう遠くはない昔、我らは進んだ魔法技術を地上の者に狙われ、住処を逐われることとなった。元々我々はあまり多くありませんでしてな、どうしようもなかったと聞きます」
「直接それをしたのが私達でなくても、考えさせられる話ね。……ごめんなさい、私達の先祖が。代わって謝罪します」
「なんの。仰る通り、それをしたのは貴方方ではない。お気になされるな、友人よ。それに過去の事を恨んでも仕方がない、我々が見ていくべきは未来だとは思いませぬか」
「……感謝します」
地上を逐われた過去に、シエルとカティアが胸を痛める。が、ガトゥムは本当に気にしたことのない様子だった。
常に落ち着いた雰囲気を纏うことといい、これがマオル族の精神性なのだろうか、と悠は思う。クララを見ていると、なんとなく理解出来る気がしたが。
「話を戻しますと、地上の街を逐われる際に我らはバラバラになりましたが、その中でも少なくはない者達が当時の我らにとっても伝説であった『ネーデ』の存在にすがりました。そして実際にそれは在った。『ネーデ』にたどり着いた我々は、白壁に囲まれたこの街を見つけました。街の名は『ヘレム』。これもまた、過去のマオル族が造ったものです。此方は『ネーデ』の構造よりは単純な作りで、今でも増改築を行っているため理屈を求められれば説明が出来るが、それはまた別の機会としましょう。今では、こうして嗜好品の茶を嗜む程度には、皆平穏で満たされた生活を送っています」
ともあれ、そうして辿り着いた『楽園』に住み着いたのが、このマオル族の生き残りである。
ガトゥムが語ったささやかな幸福に、クララの頬が緩み、眼が滲む。
──辛い結末を迎えた者達がいた一方で、こうして救われた者もいる。それは、クララにとっても救いであった。
「一つ気になるのですが、あの高い外壁はなにかから街を守るための物と思って相違ありませんか?」
「ええ。ネーデは莫大な魔力によって可動しているため、強力な魔物が多数存在します。防壁は、それらから街を守るためのものです。過去、この壁を越えて魔物が侵入したことはありません。街の外へ出る必要もなく、ヘレムは平和そのものです」
カティアの疑問への答えを聞いて、悠は『この先魔物が侵入してくるフラグでは』と思ったが、実際にそうなる可能性は低いだろうと苦笑いした。どうにもゲーム脳な自分を自嘲しつつも、その言葉の真意を理解して、微笑む。
この街の人々は、魔物を恐れなくてもいいのだ。
どうしようもないどん詰まりで死んでいった『白の砂漠』の人たちとも、『輝きの台地』の人とも違って。
それは、とても素敵なことのように思えた。
「はー……でも、街の外へ出る必要が無いというのは? 食事とか、まさかこの街だけで作れてたりするんスか?」
だが一つ気になったのは、街の外へでなければ食料などの問題はどうしているのか、ということだ。
くすりと鼻を鳴らして、ガトゥムは答える。
「その通り。水や食料も、生きていく上で必要なものはこの街の生産施設だけですべて賄えます。人口が十倍ほどに増えるまでは、問題ないでしょう。尤も、そうなると住む場所の方が問題になってくるでしょうが」
そのまさか。生存に必要なものは全て街に揃っている。そう答えるガトゥムはやはり誇らしげだ。
だが、それも当然だと悠は口を開いたままになった。人工の環境で、食料や水の供給も出来る。更に、より高い人口密度でも問題なく人々を養っていくことが出来るとも。
アーコロジー。
──それは、地球でさえ未だ成らぬ完全環境都市であった。
「……驚きました。ホント、スゴイ街です」
「嬉しい言葉だ。これは、現在の我々が積み重ねた努力の成果ですからな」
しかもそれらは、ネーデを造った古代のマオル族に依る技術だけのものではないという。
高い技術に、思考理論。『マオル族』という民族は、想像を越えて成熟した民族であると、悠は感服した。
「ええと……その、話は変わってしまうのだけど、私も質問いいかしら」
話が落ち着いたところで、控えめにシエルが控えめに手を挙げる。
「貴方は。もちろん構いません。その問は恐らくは、今後のことにも繋がりましょう」
「……では。ガトゥムさんは、ここに来た外の人は私達が最初ではないと言ったわね。それって私達の他にも、地上からここに来た人たちがいるってこと?」
それは、先程後へと回された問いかけだった。
今後のことにも繋がる、と告げていたガトゥムは、深く頷いた。
「その通り。『楽園』の伝説を確かめるために『アーク』へ乗った者は少ないながらもいる、そうですな」
「ええ」
「だが、アークへ乗り込んだ者はその痕跡さえ帰ってこない──その理由は、二つ。一つは、ここへ生きて辿り着いた者が存在するからです。此方に残るため、帰らない。単純な理由ですな」
生存者がいる。その言葉に、シエルの顔が綻ぶ。
……知り合いがかつて『アーク』に挑んだと、シエルは言っていた。
シエルは一人で活動していた冒険者だが、仲間はおらずとも友は居た。友人が生きている可能性が浮上したからだ。
しかし、シエルは一瞬で表情を曇らせた。生きて辿り着いた者が『存在する』。その言は、それが少数派で有ることを示唆していたからだ。
「と、言うのは──」
「あまり多くはありません。数人で集まって此方へ来るのが基本だと聞きますが、毎回此方へやってくるのは多くて二人。一人も居ない──ということの方が多いと言っていいでしょう。そうして『アーク』で亡くなった者達を埋葬したり、ネーデが停泊している間に痕跡を消すのが我々というわけです。ヒトとモノ、何の痕跡も残らないニつ目の理由が、これですな」
「そう、ですか。……ありがとうございます」
果たして、シエルの思案はその通りであった。
居ないこともない──くらいに考えておくほうがいいのだろう。
自分の感情に見切りをつけたシエルが、表情に影を落とすのを見て、カティアがそっと肩に手を寄せる。
「ん、ありがとう、大丈夫。じゃあ、痕跡を消すことの意味は? かえって不思議に思われると思うのですが」
「我々やネーデの存在を隠匿するためですな。時折日誌などにアークの調査状況を記すものも居ますので──最後の意思や言葉を我々の手で隠すことには心が痛みますが、こればかりは過去の『教訓』とさせてもらっております」
冒険者として、死んでも何かを残せれば、という者は多い。
そんな人達の最後の言葉を隠すのは心苦しい、と語るガトゥムに、シエルは小さく息を吐き出して、表情を緩めた。
「亡くなった冒険者を埋葬してくれたこと、冒険者として礼を言います。危険な場所に挑んで帰ってこなかった人達は、埋葬さえされないのが殆どですから」
「此方としても救われる思いです。他に、なにか質問はありますか?」
「では、わたしがいいでしょうか」
次に手を上げたのは、アリシアだ。
頷きが返った事を確認すると、眼を少しだけキリリと正し、言う。
「ぶしつけですが、生きてネーデにたどりついた人がかえらないのはなぜですか。しゅっこくせいげんのようなものがそんざいするのでは?」
「特にそのようなものは設けていません。……単純な話、帰れないのでしょう。貴方達の様に活力に満ちている人達は初めてだとお伝えしましたね。……生きて辿り着いた者も、取り返しのつかない怪我をしている者が殆どなのですよ。その状態でもう一度『アーク』で生き抜くのは、非常に難しいでしょう。現在は街に馴染んでくれたと思っていますが、もしも帰る事を望まれた際も、我々が引き止めることはないとお伝えしておきましょう。『ネーデ』の存在が地上の人々に明らかになるのは避けたいですが、人の意思を捻じ曲げるというのは、我々は好みません。当然、口頭で約束をするくらいはさせてもらいますが」
アリシアが気になっていたのは、ネーデに辿り着いた者が何故帰らないか、ということ。
ネーデの情報を持ち帰れば、それだけでも後に語り継がれるほどの名誉を手にすることが出来るだろう。しかし、ネーデの人々がそれをよしとするはずはない。
ならば強い統制や制約が付属してしかるべき、というのがアリシアの考えだった。
が、返ってきたのは気が抜けるような緩い待遇だ。これも、マオルの精神性の一つだった。根本的に人が善であることを前提としているのだ。
……だからこそ、星の外まで逐われている、というのもあるのだろう。尤も、この点においてはそんな事をしなくても出ていくに行けないという理由があるようだが。
マオル族に対する、なんとも言えない感情──こんなスタンスで大丈夫なのかという思いと、何かあったら自分達で守る手助けをしなければとかが混じった──を抱く悠。
皆も同じような思いだったのか、アリシアの質問を機に、空気が停滞する。このまま質疑応答も終わりだろうか。そんな場になりつつある時だった。
「最後に、一つ。私からいいですか?」
「いいとも、クララ」
最後にと前置きをしてから、クララが言う。
ガトゥムはクララの名を読んで応えた。
「地上にも、マオル族の人達はまだいると思いますか?」
席を立ちかけていたガトゥムは、腰を下ろし、口角を上げる。
「ああ、きっと。過去、ここへ辿り着いた者も何人かいる。良ければ、話を聞けるように取り計らおう」
ガトゥムの言葉に、クララはぱっと笑顔を浮かべる。
横目でそれを見ながら、悠は優しく微笑んだ。
「どの道、君たちも六ヶ月ほどは滞在するのだろう。その間、この建物を宿として使うといい。ここは君たちのような客人用の一時的な住居として使われている建物だ。もしもネーデに移住したいというのならば取り計らうが、その話はまた今度の機会にしよう。友人たちも、今日の所は休むといいでしょう。『アーク』の生活は疲れたでしょうからな」
食材はそちらに入っている──と伝えると、ガトゥムは今度こそ立ち上がって、配下の男性を伴ってドアへと向かっていく。
「改めて──ようこそ、ヘレムに。君たちの長い旅路を、祝福する」
見返る笑顔を前に向き直すと、ガトゥム達は宿泊施設を後にした。
残された悠達はたっぷりと沈黙の時間を過ごしたあと、一斉に大きな息を吐いた。
「なんというか……」
「まだ夢見心地というか、現実感ねえよなあ」
クララは苦笑い、シエルは無表情で──各々表情は違えど、悠の言葉には同時に頷いた。
天の大陸、白壁の街。ここに来て、悠達は自分達が置かれている場所がどれほど非現実的な光景であるかを実感したのだ。
加えて、ガトゥムから齎された数々の情報の大きさに、頭がパンク気味になっているのだ。
思考の緊急停止に、骨の髄からじんわりとした興奮がやってくる。平たく言えば、落ち着かなかった。
「ヘレム、か。アークの中央部もそうだったが、ここは更に高い技術で造られたのを感じるな」
「細かい魔法技術はわからないけど、その使い方がすげーよ。……俺が住んでた場所でも、こんなに凄い場所はなかったぞ」
「ユウさんのいたという所は色々なものがしんぽしているとかんじていましたが。ここはそれ以上ですか」
「ああ! さっき話してくれたこの街はこの街だけで多くの人が暮らしていけるってヤツ、俺の居たところじゃまだせいぜい実験段階ってカンジなんだぜ」
だが当然、悪い気はしない。
カティアやアリシアは生粋の冒険者というわけではないが、それでも悠達と行動して冒険することそのものの楽しさや意義は知っている。
地上の人が誰も見たことのない世界を目の当たりにして、熱に浮かされていた。
ずっとずっと進んだ魔法技術を、あるいは科学とは別の進化を進めた対極の技術を、それらを見て体験できることに、興奮を禁じ得ない。
「知り合いの冒険者はちょっと残念だけど、生きてる人もいるって言ってたわね」
「地上にもマオル族がまだいるかも、って! ……なんだかホント、夢みたい」
その上、クララやシエルにとっては嬉しい情報もあった。
ひょっとしたら、というニュアンスも含まれるものの、それは確かな希望だ。
旅の末に何かを掴む──それは、冒険者に限らない、人の人生の目的そのものだろう。
悠達が『楽園』での旅で掴んだものは大きく──この旅の成功は、胸の内に太陽を宿したような熱さを感じさせていた。
疲れているだろうとは言われたものの、実際のところアークの旅も後半はちゃんとした住居で過ごしていた悠たちにとっては、それほどのものでもない。
賑やかな会話は、夜遅くまで続くのだった。




