第六十九話:冒険者の縁
風にはわずかに肌寒さが混じり始め、それ故に陽の暖かさがいつも以上に感じられるような、心地の良い陽気の中。
悠達はいつものように街を闊歩していた。
買い物や換金など、やることを片付けていくためだ。
次の探索に行くまでの明確な期間を定められたため、今片付けられることは早めに済ませてしまおうというカティアとシエルの意見を取り入れた結果のことである。
流石に今回の旅は知らされる危険度が高かったためか、それに反対の意を唱えるものは居なかった。
どちらかといえば夏休みの宿題をとっておくタイプの悠でも、これには積極的だ。
しかし、一行の会話は賑やかなものである。
「まったくもう……本当に人が悪いわね。本来ならシャレになってない不敬よ? それと知らせずに大司教様と会わせるなんて」
「いやあそれはわるいことをしました。でもシエルさんもこうていしていましたし、たのしんでいたのでは?」
「ぐ……それは否定しないけれど」
『会わせたい人物』の立場に苦言を漏らすシエルと、取った言質を振りかざすようにいたずらっぽい笑みを浮かべるアリシア。
悠とクララは、それを苦笑いしながら見ている。
「でも、そんなに怖いヒトでもなかったろ?」
「私も最初は驚いたけどねー……」
「だが良くも悪くも、あれが彼の人望の一部でもあることは事実だ」
「まあ、それはなんとなくわかる。失礼だけれど会う前は、もっと真面目な方だと思っていたもの。想像以上に親しみやすかったのは事実だわ」
はじめは不機嫌そうなシエルだったが、雑談の舵が変わっていくごとに態度も柔らかさを増していく。
酒場で出会った時にはツンケンとした態度が目立っていた彼女だが、やはり本来の性格は友人同士のおしゃべりを楽しむ女の子的な部分も多いようだ。
というか育ちが良いせいだろうか。穏やかで明るい口調は、悠にとって最初の印象とは真反対に感じられるものだった。
とはいえ──大体誰でも、ディミトリアスに抱く印象は同じらしい。
だが『親しみやすい』というのは組織のトップに立つものとしては強い特徴だろう。無論、公私を分けられるディミトリアスだからこそというのもあるが。
「ところで──今日はなにか買い物をするの?」
話が一段落を迎えると、ふとそんな質問を投げかけたのはシエルだった。
冒険者として一番キャリアが長いのは彼女であり、次に向かう場所がどれほど困難な場所であるか、伝聞とはいえ知っているゆえのものだろう。
今日の主目的は換金と加工屋が主な目的ではあるが、買っておけるものならば済ませておくほうが後で何度も確認する機会があってよい。シエルは昨晩から、確認の大切さを説いている。
「それなんだよなー……ぶっちゃけ聞いている特徴だとそれほど準備がいらない……っていうと語弊があるんだけどさ。何をどれだけ持ち込んだら良いかってさじ加減がわからないんだよ。……正直、食料さえあれば六ヶ月耐えるだけなら結構ヨユーくらいに思ってるんだよなあ」
しかし、悠はシエルの問いかけに対して曖昧な答えを返す。
余裕というよりは油断にさえ見える態度ではあるが、シエルは咎めない。
聞いた話から分析する限りでは、本当にそれほど困難にならない。それが一同の結論だったからだ。
「ザオ教の調査で飲水があることはわかってる。植物は豊かだって言うし、全部毒を持ってるとかじゃなきゃ、最悪木の根だって食おうと思えば食えるヤツはあると思う。基本的に『強い生物』って自衛が出来るから毒を持ってることも少ないし……そしたら後は着替えに寝具とかくらいしか思い浮かばないんだよなあ。後は冒険者だったら当たり前に持ってる様なモンくらいか」
困難が思いつかないからこそ、悠は顔を曇らせているのだ。
「そりゃあ、植物や飲水に軽い調査でわからないような毒があって、暮らしているうちにそれが蓄積されて──とか考えられないことも無いけど、現状考えたってわからないんだよな。毒は俺の力で見れば分かるし、飲水だって安全なのを作る方法はあるし……」
無理やりひねり出せば、考えうる危機とやらをでっち上げる事はできるが、もはやそれは夢想の域だ。
──ディミトリアスから聞かされた、不帰の楽園の詳細。それは悠が一言で表すのなら、南国の無人島だった。
サバイバルの想定としては非常にメジャーな場所であり、決して楽な環境とは言えないがそれゆえに対策も多数考えられているという──言うなれば、やりやすい場所だったのだ。
「一人で遭難してる訳でもないから、生活基盤を整える道具も労働力も十分。怪我はクララさえ無事ならなんとかなるし、夜警もアリシアがいれば大丈夫。未知の病気があればお手上げかな……と思ったが、調査に入ったザオ教の人達は平気みたいだし……中央部の魔物がめちゃくちゃ強くて逃げる間もなく全滅……ってのがありそげ、かねえ」
「確かに考えると妙ではある。遺体や遺骨が見つからない事と合わせると、どこかに『本当の楽園』があるというのもあながち信じられないとも言えないな」
考えるほどに、わからない。それが、今の悠達の心境だった。
ある意味ではだからこそ危険な場所なのではないかと勘ぐるのも、無理はないかもしれない。
「でも──やっぱり、そうだといいなって思うわ。私の知ってる人も、何人か『楽園』に行ってるから……」
「ン、そうなのか……それは、同感だな」
だがもし本当なら、と考えるのは悠やクララだけではないようだ。シエルの言葉にうなずくと、次はクララがうつむきながら、呟く。
「……ディミトリアスさん、昔の文明が作った『定期船』なのかもしれないっていってたよね。もし、もしもそれがマオル族のものだったら──マオル族は、本当の楽園で、暮らしてるのかなあ」
途切れ途切れに紡がれた言葉は、希望を口にするものだった。
そう、それはここに来て掴んだ大きな希望といえた。だからこそ、確かめるのが恐ろしい、という面もある。
「わかんねーし、多分そうだ、とか適当なことは言えないけど……それを確かめるってのは、相当意味のあることだと思うぜ」
悠も、希望に縋る気持ちはよく分かる。
最悪の事態を想定していても、大きな希望を取り逃したときは落胆も大きいものだ。
しかしそれを恐れていては進めない。……こちらの世界に来てから、悠は強くそう思うようになった。
「でも……ううん、そうだね! もし見つからなくても、また新しい手がかりが見つかるかもしれないもんね」
そしてずっと悠を隣で見てきたクララも、また意識的に前を向いて歩く気持ちを強めていたようだ。
両手を握り込んで、意気込みを示すクララに悠は口角を上げた。
「やる気が出てるようで一安心……ね」
「やはりまだ不安か?」
そんな二人を見て、静かに声を交わすのはシエルとカティアだ。
隣で、やり取りを見るアリシアが目を細める。色素の薄い瞳は、まどろみの中でも知性を保った色に輝いていた。
「それはそうよ。あの子の能力は絶対に必要になるでしょうし、やる気はあるに越したことはないわ」
「ははは、その点においては問題ないさ」
「みたいね。……ほんと、自分でも驚いてる。まさか『不帰の楽園』に行くことになるなんてね。なんでよりにもよってあそこなんだ、このメンバーでも正直無謀だって思ってたけれど──」
僅かに、アリシアの目が鋭くなる。
ごく僅かに剣呑な雰囲気を孕んだ視線には気づくことなく、シエルはふっと力を抜いた。
「不思議と、それほど困難なことでもない気がしてたの。それがなんでか、わかった気がする」
「おや」
腑に落ちた開放感に満ちた顔で、シエルは悠の方を見た。
士気については問題ないと、補足したカティアもその理由に説明はいらなかったようだ、と意外そうな顔をした。
密談──という程ではなくとも、悠達には聞こえない会話をしていた二人。それを見届けたアリシアはなぜだか満足気に微笑んでから、歩幅を早めて悠とクララに駆け寄っていった。
鈍感な悠には預かり知らぬことだろうが、彼が思うよりずっと、仲間の信頼を集めていたようだ。
◆
「加工屋……って貴方達もここを使ってるんだ?」
「も? ってことはシエルもか」
「ええ。渋いところ知ってるわね」
換金を終わらせた午後。悠達はいつものように極圏で得た素材を見せるため加工屋を訪れていた。
相変わらず暗鬱とした路地裏にオンボロ扉で廃墟のような様相の加工屋の扉を見て、シエルが意外そうな声を上げた。
その口ぶりからすると、一部で評判──と言ったところなのだろう。気持ち嬉しそうな表情は、共通点を見つけたからだろうか。
遠慮なしに扉を開けるシエルに続くように、悠達も加工屋へと足を踏み入れる。
「おー……? 久々だなフランセルの娘っ子。坊主達と一緒とはまた厄介そうな一日だ」
「そう言わないでよ。彼らが居なければ、危うく二度と来られなくなるところだったんだから」
「ああ? そりゃどういう……」
親しげに会話を始めるシエル達を見ると、そこそこ付き合いが長いことが伺える。
これまでの流れ、そしてパーティに合流するまでを話しているシエル達の邪魔をしないよう、悠達は店内の武器を見て回る。
やはり良い仕事をする。カティアと悠がそんな会話をしていると──
「……そんなことがあったのか。おい、お前さん達こいつとパーティを組んだんだって? ……ありがとうな」
「うお! いやまあ、こっちも助けてもらってるんで……」
店主が、悠達に感謝の言葉を述べる。
意外な人物からの礼に、悠は戸惑いながらも曖昧な返事を返す。
「こいつの親はそこそこ有名な冒険者でなァ、親の代から付き合いがあるんだわ。……だってんでこいつの武器も俺が面倒をみてるんだが……こいつ、サポートが得意だってのにひとりきりで冒険するもんだからよ、心配してたんだ。……これで一つ心配事が消えたぜ」
「もう、おじさんったら……でも、その。本当のことだから、感謝はしてる。サポートなら自信があるから、任せて」
ぶっきらぼうな男性からの言葉に、悠は感心から気の抜けた返事を口にする。
そういった人間関係の柵だとかは、無縁な人物だと思っていたので、意外だったのだ。
意外と言えば、シエルもそうだ。意地っ張りなところが強いという印象とは裏腹に、悠達に向けたのは素直な感謝だ。
なんだかまだ知らないことが多いようだ──と。悠は温かい気持ちになった。
「ったく、こりゃ俺の方もきばらんとな。またどうせ色々持ってきたんだろ? 見せてみろよ」
感情が表情に出ていたのだろうか。店主は小恥ずかしそうに頭を掻いてから、仕事モードに切り替える。
普段の印象からは相当に面倒くさがりなことが伺える彼がこんな態度を取るということは──まあ、此処から先は武士の情けといこう。悠は頷いて、荷物の中から魔物の素材をぶちまけた。
そうなれば、店主も完全に仕事人の瞳だ。
「……ほお、こりゃあ見事だ。ドロウサイダーの爪なんか見るのは相当久しぶりだぜ。これなら良いナイフが作れるが、どうする?」
「私としては思うところがあるけれど。しかもこれ、ちょうど私のお腹に刺さってたやつじゃない?」
が。シエルからの一言に、店主はあからさまに顔を顰めた。
知り合いの腹部に刺さっていた凶器をそれと知らずに手にとってしまったのだ。同じようにする者も多いだろう。
「あ、そうか、意識してなかったな。これ強そうだって思ってつい……」
「実際素材としちゃ大したもんだが……まあいいけどよ。それで、どうする? 武器としちゃ質は保証するぜ」
「もしナイフを造るなら是非欲しいわね。でも、それなりに貴重な素材だけど、私の武器に使っていいの?」
「おお……俺は別にいいけど、メンタル強いな……」
とはいえそういう事こそ、当事者ほどドライなものだ。
逆に仲間を手にかけた凶器を持ちたくないということもあり、ドロウサイダーの爪はシエル用のナイフに加工されることが決まった。
「で、だ。この『ウィルダ』とやらの骨と爪だが──お前さん達は一体どこを探せばこんなモンばかり見つけてくるんだ?」
これ以上この話題を続けたくなかったというのもあるだろう、店主が舵を切った話は、大怪鳥ウィルダの素材に関するものだった。
「場所自体は、フツーに『白の砂漠』とか『輝きの台地』なんだけどな」
「これは、『輝きの台地』の頂上にいた魔物のものだ」
どこを探せば、そんな問いかけに悠が返したのは調子が外れているというか、店主が望むものではなかった。
それにカティアが補足すると、店主は驚きに目を剥く。
「『台地』の頂上だとお!? ……軽く伝説級のモンじゃねえか。言っちゃなんだが、売ればひと財産になるぜ。お前たちの人数で割っても、冒険者を引退できるだろうよ」
「って言っても。別にそこまで金がほしいわけじゃないからなあ。武器でも作ってもらったほうが、役に立つよ」
「……なんとも。トボけたヤツだと思ってたが、欲はないのか、お前さん」
「ユウさんはしょくよくに全てをつぎこんでますので」
「返す言葉もない」
悠が持ち込んだ素材は、確かに店主の言うとおりのものだろう。
ウィルダの骨や爪に限った話ではないが、未確認の、それもこれほど強大な魔物の素材となれば、それこそ一生モノの財産になるだろう。
が、悠に限らず、悠達は手紙でも出すかのような気楽さで加工を依頼してくる。
それが店主にはどうしても解せなかった。冒険者のほとんどは『職業』として生活のために探索を行っている。莫大な富を得たからと引退する者ばかりではないが、それでもこの素材につくであろう値段を考えれば、道具として素材そのものの価値を失うことは惜しく感じるし、パーティの『誰か』の道具になることは引っかかりを覚えるだろう。
だが悠達にはそれがない。まさしく運命共同体とでも言うべきだろうか、これが、中々難しい。
だからこそ、職人心が刺激される。
最高の仕事をしたくなるのだ。
「そういうことなら、いいけどよ。こっちとしても貴重な素材を加工できるってんなら冥利に尽きるってモンだ」
「おお! 頼みます。といっても、これだと何が出来るんすかね」
人懐こい笑みを浮かべる悠に、ぶっきらぼうな店主は僅かに口角を上げた。
店主を知っているシエルは、その表情を珍しいと思った。良くも悪くも職人気質の愛想がない男が、優しく笑うというのは滅多にないことだ。
「ウム……そうだな。お前さん、既に武器はいくつも持ってるだろう。そこで、ガントレットでも作ってみるってのはどうだ」
「防具っすか? ……どうだろう、使えっかなあ」
「安心しろ。こんだけの素材なら勝手にマジックアイテムみたいになるさ。半端なモンは作らねえよ」
どころか──どうにも、悠との会話そのものを楽しんでいるように見えた。
この店の店主は、あれこれと制作する道具の仕様を語り合うような男ではない。これならこんなものが出来る、で、作るのか。普段はそれくらいで終わりだ。
シエルは悠を不思議な人物だと改めて認識する。同時に──自分のほうが付き合いが長いであろう店主の、自分でも見たことがないような一面を引き出す悠が、少しだけ羨ましく見えるのだった。




