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第六十六話:終わりと出会う

「っと、そんじゃあ旅の締めくくりと行きますか」

「……そうだね」


 食事を終えて、昼食後の中休みを終えた悠達は、今洞窟の前に集まっていた。

 まだ軽く調査をした程度だが、入っても問題ないだろうと判断したのは悠とシエルの二枚看板。

 どこまで続いているかわからない洞窟を前に、悠達は息を飲んだ。

 しかし──まだ決定的なものを見ていないというのに、クララの顔は暗かった。

 大怪鳥とあれだけの戦いを繰り広げたにもかかわらず、この台地には何も変わったところがなかったからだ。

 それこそ天地をひっくり返すような戦いがあったにもかかわらず、それが収束したにもかかわらず。

 誰か人がいれば、どこのタイミングでも確認に出てくるくらいはしただろう。それをしない理由が隠れ住んでいるからに過ぎないというのは、根拠として弱い。


「じゃ、行くか」


 悠を先頭に、一行が洞窟内へと足を踏み入れる。

 ……でも、それだけだった。

 それだけですぐに、悠達は決定的なものを見てしまう。


「行き止まり、か」

「それに──」


 歩いて何分も立たない内に、洞窟は終わりを告げていた。

 この先に集落がある──なんて雰囲気ではなかったし──


「骸骨。持っている本は、見覚えがあるな」

「うん。……マオル族の、紋章」


 そこはもう──とっくの昔に、終わっていた。

 短い洞穴の最奥にあったもの。それはどこが終わりかも、どこで終わっていたのかもわからない決定的な断絶。


「クララ……」


 うつむくクララに、シエルが声をかける。

 だが頭を振るってから、クララは骸骨の下に屈み込んだ。


「大人が一人に、子供が二人。きっと、家族だったんだよね」


 悠達がここに来たのは──マオル族の手記を見て、友人の家族がここに逃げ込んだから、ということだった。

 家族という書き方だと、大人は二人だと予想していたが、ここにいないということは──

 やはり彼らも、過酷な旅を乗り越えてきたのだろう。

 だが彼らは、白の砂漠に逃げ込んだマオル族の者達とは違い、最低限の文化さえ築く事はできなかった。


 それは、とても物悲しいことだった。


 クララは穏やかな表情で、亡骸のそばの手記を手に取る。

 ぱらりと一通りめくってみれば、白の砂漠の手記とは違い、空白が多い。

 きっとこの人達はそれだけ短い期間で──


 ぐ、とこみ上げるものを飲み込んで、クララは書かれた文字を読み上げる。


「ウィルダ」


 その名前は、手記を開いてすぐに記されていた。

 風を操る巨鳥の古代種、ウィルダ──それが大怪鳥の名前だ。

 白金の穂の畑を、輝きの台地の頂上をまるごと巣として使う、空の王。

 夫に当たる人物を亡くしながらもここにたどり着いた者達は、実りある地に足をつけつつも黄金の畑を城に住む王に追われ、この洞穴に逃げ込んだらしい。


「……あ、はは、ちょっとこれは、読むのがキツいかも」


 涙を浮かべて、クララはそれでも力なく笑う。


 ──端的に言って、そこに書いてあるのは呪詛だった。


 食べられそうなものがあるのに、常に目を光らせるウィルダの脅威があるため、それを取りに行くことは出来ない。水もまた同じだ。肥沃な地にいつつも、何一つ得ることが出来ず洞穴の中で枯れていく絶望感と恐怖と──憎しみ。


 自分たちをこの地へ追った民衆が、夫を殺した魔物が、そして何一つ与えず王のごとく振る舞うウィルダが憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。

 ずるりと支えを失ったように、地面にへたりこんで、クララは本を閉じた。


 ここまで登ってきて、出会ったものは──同族の憎しみ。それだけだった。

 徒労感? 絶望? 渦巻く黒い感情は濁って混ざって、特定の名称を失った。

 けれど──クララの肩に、手が置かれる。

 それは、シエルの手だった。


「大丈夫。深呼吸して。何が書いてあったのか、私にはわからないけれど──ここまで来たのはきっと、無駄じゃなかったから」

「……あ」


 ここまでクララがそうしてきたように、シエルの暖かな手が、クララの手を、傷を包み込む。


 ……無駄じゃなかった。冷たくなったクララの手を包む暖かさは、クララがいたからこそここにあるものだ。

 きっとシエルが言っているのはそういうことじゃあなかったけれど、無駄じゃない。シエルにそう言われてしまえば、クララは頷くしかなくなる。

 それを否定したら、シエルそのものを否定することになるのだから。


「そうだな。数多の冒険者が追い求める輝きの謎を解いた。それだけでも価値は莫大だと言えるだろう」

「それになんだかんだ、けっこうたのしかったですよ。なんどかしぬかとはおもいましたが、かがやくいなほばたけなど、ここまでみてきたいくつものけしきはたからものです」

「ウィルダも美味かったしなー! 古代種だってんなら俺やクララの力にもなったろうし……余計なお世話かもしんねーけど、仇は討った。……とりあえずは、それで十分なんじゃねーの?」

「うん……うん……っ」


 それだけではない。


 ここまでには仲間と過ごしてきた時間があって、苦労がある。それを徒労と言ってしまうのは、あまりにも冷たかった。

 なにより──こうして寄り添ってくれる仲間がいて、そんなかけがえのない存在が一人増えた。それだけでも、十分だろう。

 毅然と立ち上がって、クララはマオルの亡骸に頭を下げる。


「貴方達の仇は討ちました。それと、ふざけるなって言われるかもしれないけれど──貴方達の思いは、絶対に伝えます。マオルの、仲間達に」


 彼女達の呪詛の元凶を討った悠達も、彼女達の呪詛の対象なのかもしれない。

 あるいはクララでさえ彼女達にとっては憎むべき存在なのかもしれない。

 だがそれでも。

 ここでひっそりと終わりを迎えた一つの歴史が、洞穴の中に亡くされてしまうのは、クララは嫌だった。


「さて……それじゃあ、帰りますかね。つっても、次はどこに行くかなー」

「他の文献を漁ってみるのもいいかもしれないな。どうやら何かを記す事を大切にしている民族だったようだし、読めないだけの文献が近くに残っているかもしれないぞ」


 そのためにも、まずは帰る。

 仮初の宿でも、悠やクララには帰るところがあるのだから。


「帰ったら、まずはこの手記を読み解いてみるよ。ひょっとしたら、なにか手がかりがあるかもしれないし」

「……つらかったら、無理をしないようにね」


 決意を新たにしたクララの瞳には、もう絶望はない。


 代わりに、ここ数日の間ずっと言い聞かせてきた言葉をシエルに言い返されて──二人は顔を見合わせて笑った。

 別れを告げるべく、クララは亡骸のもとにもう一度だけ腰を降ろした。

 あったはずの首からすり抜けた、古ぼけたペンダントを手にして、告げる。


「これは、一旦預かっておきますね。きっと、みんなのもとに届けますから──すこしだけ、待っていてください」


 味気のない金属のペンダントを手にして、クララは洞窟を後にする。

 悠達の背を追う最中、何故だか呼ばれたような気がして背後を振り返ると──なにか温かいものが、頬を撫でた気がした。


 ……気のせいかもしれない。だけども喜んでくれたらいいな。

 くすりと鼻を慣らして、クララは自分を呼ぶ声に急いで悠達の元へ向かう。


 彼女達が望んでも出られなかった、光指す世界の下へ──

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