第六十四話:頂きの暴君
「けど考えてみれば──だ。水に食い物、これだけ状況が揃ってるなら、誰かが住んでてもおかしくはないよな」
そうして『輝きの台地』の頂上の探索は始まった。
実る白銀の稲をかき分けつつ、悠達は水をたどるように歩みを進める。
今の所はこれという手がかりは入手できていなかったが、悠の言うところは尤もで、クララが重々しく頷いた。
悠が食事を後回しにしてまで探索を始めたのも、これが理由だった。
そもそも悠達が輝きの台地の探索に乗り出したのはマオル族の痕跡を見つけるためであり、輝きの正体を解き明かすのは副次的なものだ。
その本来の目的を思い出すのならば、この楽園のような環境は、有力な手がかりともなりうるだろう。
『白の砂漠』に移り住んだマオル族は、物資の少なさと、洞窟からの脱出が不可能になったことから絶滅した──ならば、この輝きの台地に移り住んだ者ならば。
食料に恵まれ水にも困らず、仮にここまでやってこれる実力があるものならば、ここは理想的な環境と言えるだろう。
それがあったからこそ、悠はマオル族の捜索を優先したのだ。
本来の目的を思い出したクララは、目を皿のようにして周囲に気を配っている。
「貴方達は、ここに人を探しに来たの?」
「……ん、そういうことになるな」
ただ一人、状況を知らないシエルが、隣を歩くカティアに耳打ちをするような声で問いかける。
そういえば話していなかった──とカティアが説明するのは、旅の目的。
「そうなの。……貴方達にも、色々あるのね」
説明に時間がかかる部分は省くと告げながらも、事のあらましを話したのは信頼ゆえだった。
リーダーの悠が仲間と認めた以上、悠を慕うカティアにとってもシエルは仲間だ。
そんな信頼が伝わり、シエルは複雑そうな顔をしていた。受ける信頼は純粋に嬉しかったが、聞いたクララの身の上が重かったからだ。
「……おや、あれは」
一旦打ち切られた会話にシエルが居心地の悪さを感じ始める頃、一段低い位置から声が湧き上がってくる。
悠達全員がアリシアの指差す方をみると──そこには、何もなかった。
一面に生えているはずの稲さえ、だ。
急いでそこへ向かうと、大きく口を開けて待つような、穴が現れた。
入り口から奥にかけて徐々に狭くなっていく穴は、一度窄まるようになっていて、しかしその先には更に奥まで続いているようだ。
適度な傾斜があり、ここから穴の中に入っていくことは可能だろう。
……ざっと確認してみた限りでは、台地の頂上には建築物などは見つからず、この洞窟の中に何らかの手がかりがある可能性は低くない。
悠はクララと顔を見合わせて、頷くと簡単な松明に火をつける。
明かりにするだけでなく、洞窟の中は呼吸が出来るか、有害な物質などがないか確かめるためである。
洞窟に入る前の準備としてはなかなか良い行動に、シエルは噛みしめるように頷いた。
どうやら、戦闘能力だけでなく、知識もあるらしい──聞きかじりのものであるがゆえに粗もある悠の知識だが、深くはなくともその知識は広い。
早速、悠は洞窟の入り口へ火を向かわせる──すると、炎は突然かき消えた。
ただし、炎はまだ全く動かしていない──洞窟の入口にさえ向かっていないにもかかわらず。
この辺りに有毒な気体が漂っているからか? いいや違う、もっとシンプルな答えだ。
突如として、悠達を暴風が包み込む。
直後、太陽が消えた。
──否。
太陽から悠達を覆い隠すように、巨大な影が現れたのだ。
「な……」
突然の出来事に、空白を作ったのは一瞬。
悠達は一斉に、空を見上げる。
そこには──
耳をつんざくような、高い声が響く。
それは黒板を搔くようでもあり、金属を擦るようでもあった。
一つわかるのは人ならざる存在のものだということ。
この台地よりも高い空。
そこに現れたのは、巨大な鳥だった。
力強い巨大な翼と、騎士剣の如き爪と嘴。
それは強さの象徴であり、それは疾さの象徴であり、時に権力の象徴でもある。
それは猛禽類。広げた翼は十メートルにも達するであろう、空の王者がそこに居た。
◆
「な……にィィィっ!? こんな魔物は、知らないぞッ!」
その巨大な姿に困惑しつつも、最初に武器を抜いたのはカティアだった。
最も早く戦闘態勢に入ったのは流石と言えるだろう。
次いで悠が紅刀を抜き放ち、シエルが武器をとろうとして、傷の痛みにうずくまる。
とっさの反応を自嘲しつつも、シエルは後方へと下がった。今の自分では、動き回るのは不可能、命を懸けても精々が迎撃という現実に気がついたからだ。
「シエルは何かわかるかッ!」
「知らないわ。……こんな怪物は、見たことないし聞いたこともない」
この場で最も極圏の生態に詳しいシエルに助言を求めるが、悠の望んだ答えは帰って来なかった。が、無理も無いだろう。
忌々しげに空を見上げると、怪鳥は悠達を中心として円を描くように空を飛んでいる。此方を狙っているのは明白だ。
かえって現実感のある鳥のフォルムを取っていただろうか、大空を旋回する巨大な影は、ドラゴンの存在を見たことがある悠でも現実のものとは思えなかった。
「あれほどのきょたいが空をとぶとは……」
「風の魔力を感じる……さっきの風が、全力じゃない」
空を飛ばれる。
その途方もなさが、クララ達をどこか上の空にする。
しかし確りと防御結界を築いている辺り、戦い慣れてきたと言うべきか。
……とは言っても、あれ程の巨体だ、直接攻撃を結界で防ぐのは不可能だろう。
「やる気……だよな」
「このまま去っていく動きには見えないわね」
珍しく戦う前から戦闘の回避を望むのは、眼の前に迫った未知を解き明かすことを優先するからか、はたまた空を飛び回る厄介さを嫌ってか。
言いつつも戦闘態勢を整えていくのは、それが現実的かどうか、悠達の中では決着がついていると言えた。
「来るぞ!」
「ッ速ぇ!」
戦わずに去っていってくれたら──当然そんな願いが叶うはずもなく、風を斬る音が戦闘の始まりを告げていた。
その速度に声を上げたのは、半ば無意識でありながら注意を喚起するためでもあった。
悠とカティアは思わず左右へ別れつつ直線の突進を回避する。
……突進とは言いつつも、地面を切り裂くように垂らされた爪による攻撃が本命だろう。
この速度で、この質量で鋭い爪が持つ威力は──
「……ダメ! 結界が役に立たない!」
三本の傷痕を結界に刻み込み、消滅させた威力が物語っていた。
防御を諦め、回避行動に移るクララ達後衛組。
そのずっと後ろに、空へと駆け上がる巨躯の姿が見えた。
「来るぞ、急げ!」
半ば怒号を飛ばしつつ、すれ違うように悠は怪鳥へと向かっていく。
紅の刀に魔力を込めると、露のように氷の魔力が迸る。
同時、空へと登った怪鳥が向きを変え、再度襲いかかるのが見えた。
突進への移行を確認してから、悠は飛沫を飛ばすように刀を振るうと、空に氷の刃が放たれる。
明らかに見た目で言えば射程外──しかし、悠の放つ氷の刃は彼が望む限りどこまでも届くだろう。
高速の突進は威力も速度も素晴らしいが、追撃の前に相当な距離を進み、大きく旋回したのを見れば隙が大きいのは明白だ。
このままでは回避が出来ず、怪鳥の翼は氷の刃に落とされる──そのはずだったが。
「キュケエェェェェェッ!!」
一際大きく鳴くと──悠の正面から、壁がぶちかましてきた。
「──ッ!?」
壁、否、風。
巨躯の怪鳥は鳴き声と共に翼を羽ばたかせ、爆発的な風を生み出したのだ。
その反動で急停止すると同時に、攻撃と回避を同時に行った──事の顛末は、その様なものである。
しかし、風に叩きつけられて身体を浮き上がらせる悠はそんなこと露とも知らない。
風の壁を生み出した怪鳥は叩きつけるように大きく羽ばたく。浮き上がった身体が高さを得ると、再び悠へと襲いかかる。
空中では身動きが取れない──! そう危惧したのは、生身で空へ登っていくという未知の経験に混乱する悠ではない。地上で相棒の無事を願うカティアだった。
とはいえ、カティアには高空への攻撃手段はない。
このままでは、身動きが取れない空中で直撃を受ける。
そしてその窮地を救う者は──居た。
空を斬る音がする。だがそれはハリケーンの如き怪鳥のそれではなく、鋭く息を吐くような、一閃。
カティアは自分の後方から何かが飛んでゆくのを見た。
そしてそれはそのまま天まで直線を引いてゆき、怪鳥の翼に突き刺さる──!
「あっ……が、はあっ……!」
「シエル! なんて無茶を……っ!!」
うめき声と、悲痛な叫び声に思わず振り返れば、そこには腹部を抑えてうずくまるシエルと、なんとか彼女を抱きとめるクララの姿があった。
戦闘中に振り返る愚行を犯したカティアは歯噛みしながらもすぐ正面を向き直したため気がつくことはなかったが、シエルの腹部には血が滲んでいる。
──全力での、ナイフの投擲。シエルが行ったのは、それだった。
一人で全局面に対応するため、近中遠、どの距離でもある程度の戦闘をこなすのが、彼女の戦い方だ。
魔法では間に合わず、斬撃では届かない。しかし刃物の投擲ならば、一瞬で、遠距離に攻撃を加える事ができる。
巨躯の魔物に対するナイフは精々針くらいのものだったが、それでも警戒を与えるには十分だ。得体の知れない攻撃を嫌った怪鳥は、舵を切るようにして翼を垂直に立て、悠からそれていった。
その辺りでようやく、悠は正気を取り戻した。それは、上昇していた身体が重力に導かれて下降を始めるのと同時のこと。
着地に備え、悠は硬質化の力を振り絞った。
結果として、最初に身に着けたときよりも大幅にその強度を増した魔力の鎧は高所からの落下から悠の体を守りきった。
その際に『ヒーロー着地』のポーズを取ったのは、落下の衝撃を減らす動きを意識してのことだったが──無事でいることを見れば、あながち全く効果がないというわけでもないようだ。
「び、びったァ~! 俺、何された!?」
「急ブレーキと同時に発生した風に、吹き飛ばされたようだ。あとでシエルに礼を言っておけ。彼女がいなかったら、死んでいたかもしれない」
ようやく地上に舞い戻った悠は、カティアの言葉に従ってシエルを一瞥する。
すぐに視線を逸したのは、シエルに前を見ろというジェスチャーを送られたからだが──痛々しいうずくまり方に、悠は怒りを覚える。
何をしたかはわからないが、自分がシエルに助けられたのは明白だった。なんと情けないことか。仲間に無理をさせた怒りと、シエルに対する感謝で、悠は油断を捨てた。
息をつかせぬ連続攻撃──とまで考えているかはわからないが、大怪鳥が旋回する。それを攻撃の合図として、カティアは跳ねのいた。
しかし悠は動かない。刀に魔力を集中させ『氷閃』を狙う。
このままでは先の焼き直しになる。思わずそう叫びそうになるカティアだったが、悠は何も考えずに同じ手を打つ間抜けではないという信頼が、彼女の口を塞いだ。
向かい来る大怪鳥に、少しだけ恐怖を感じる。
だが恐怖を使命感が上回った悠は、紅刀を握りしめた。
再び、振り上げるようにして大きく翼を振るう巨鳥。悠は、その瞬間に『氷閃』の発動を解除して『棘皮』を身に纏った。その部位は限定され──靴の裏に当たる部分。
長く伸びた数本の棘を地面に突き刺すと同時、悠の真正面から風の壁が襲いかかる。
「ぐうっつ! いででででっ!」
狙いは悪くなく、悠は地面に留まることに成功した。
しかし、体格の良くなってきた青年を軽々空に舞い上げるような風壁の威力はもはや風という概念を超えていた。
とてもではないが目など開けてはいられず、風に耐える脚は綱引きの綱のように悲鳴を上げる。
何より──風で飛ばされた米が、まるで散弾銃の弾のようだ。
この方法は使えない──そう思いながらも、悠は再び刀に力を通して、思い切り振るう。
巨大な風の刃が放たれる。しかしそれよりも早く、大怪鳥は退避を完了していた。
一時的とはいえ、目を開けられないのも回避を許す一因となっていた。
飛び上がった大怪鳥は、再び悠への連続攻撃を試みている。
だがそれをしなかったのは、野生の勘だと言えよう。
「『アイシクル』!」
気合を込めた力ある言葉。クララの叫び声が聞こえると、悠は弾かれたように顔を上げた。
此方へ向かう大怪鳥、だが突如としてその進路を遮るように氷の壁がせり立ったのだ。
防風が防がれることで、悠はようやく回避行動に移る大怪鳥の姿を確認することが出来た。
「ああっ、外した……!」
少し離れた位置で、クララの悔しがる声が聞こえる──悠達は知らないが、クララの隣のシエルの表情は、それは味わい深いものだった。
『古代魔法』。古代種の魔力を取り込むことで使えるようになる、マオル族が残した古の魔法。
その威力は──数十メートルに昇る氷のオブジェクトを一瞬で建設するほどだ。
一体一人でどれだけの奇跡を起こすのか。
外れはしたものの、その魔法の威力は悠達の持つ技の中でも随一だろう。
「大丈夫か、悠!」
「いっでぇ! これもうやんねー!」
長い一合が終わったことで、退避していたカティアが駆けつける。
結局ダメージを与えることは叶わなかったが、その身に届きうる刃は、一瞬で打ち立てられた氷の塔は大怪鳥の警戒を呼び起こすに十分たるものだったようだ。
注意深く宙で旋回しながら此方の様子を窺う大怪鳥──その姿を注意深く観察しながら、悠とカティアはお互いの手札を見せ合う。
「さて、どうする。風を切って突進してくる敵だ『ドラゴンブレス』は効くまい」
「俺の攻撃だと『氷閃』しかないだろうなあ。カティアはどうだ?」
「触ることができればなんとか、と言った具合だな」
「そっか、なら──」
だが、決定打こそ持ちながら、お互い手札を切る機会に恵まれない。
となると──場が必要だ。手札を切ることが出来る、一瞬が。
「え、ふぇ?」
悠とカティアがクララの方を振り返ったのは、全くの同時だった。
息の合った前衛に感心するも、突然矛先を向けられたクララは戸惑うほかなかった。
「クララ! もっかい『アイシクル』だ!」
「頼む!」
悠とカティアから告げられた名前に、クララの困惑は深まる。
確かにアイシクルならば、威力は十分。一撃必殺さえありえる程だろう。
だが、チャージの長さ、技の立ち上がりの遅さは悠の『氷閃』以上だ。当たらなければどうということはない、という点においては、それらの技と変わらない。
「で、でも……!」
自分の技の特性を理解しているクララだからこそ、それは役に立たないと。悠達の願いをはねのけようとする。
……ようと、した。
しかしクララは言葉を出す前に飲み込んだ。悠とカティアが必要としている。それ以外の理由は、いらなかった。
即座に、クララは『アイシクル』の魔力を練り始める。
魔本に魔力を通していくと、刻み込まれた文字が青く光り輝いていく。
先程放ったアイシクルは、一ページの半ばほどまで文字が光り始めた頃のものだった──次は、すべての文字に力を通して放つ。
「さっきよりも大きいの行くよ! ──時間を稼いで!」
魔力を練り始めると、大怪鳥の双眸が自分を睨めつけるのがわかる。
それでもクララは構わず魔力を溜め、魔本に文字を通し始めた。
大怪鳥が大きく身を捻り、クララへと向かう──しかし、悠とカティアがそうはさせない。
「出し惜しみ無しだァ! 行くぞッ!」
クララへ向かう大怪鳥へ向かって、悠は『氷閃』の乱射を始める。
未だほぼ無傷の大怪鳥だが、それは回避が前提のものだ。『氷閃』を一度通せば、戦いは終わる。
それでもそうさせないのがこの魔物の強さだ。近代戦闘機をも上回るような機動性で、曲芸飛行を行うようにして死線と死線の間をくぐり抜けていく。
「シエル、ナイフを一本くれ」
「いいけど……結構、難しいわよ」
「なあに、手頃な石がなかったんでな、その代わりにするだけだ」
カティアの乱暴な言に眉をしかめつつ、シエルはナイフを手渡して、苦笑した。
ナイフを投擲する技術はなくても、身体を動かすのが一番うまいのはカティアだ。
悠の乱斬りを避け続ける大怪鳥に狙いを定め、カティアは力任せにナイフを投げつけた。
常に行く先を見ていたシエルのナイフとは違い、カティアのそれは乱回転しながら標的へ向かっていく。
悠の『氷閃』の連続を避け続ける大怪鳥に、ナイフが──突き刺さらなかった。
代わりに回転する刃が翼の下部を斬りつける。これもまた傷としては微細なものだったが、一瞬だけ、怪物の意識をそらすことに成功した。
そこへ、悠が肩に担いだ刀を思い切り振り下ろすように、全力の『氷閃』を放つ。
……それさえも、この大怪鳥の瞬発力には追いつかない。攻撃を伴うほどのものでないにしろ、暴風と共に飛び上がった大怪鳥。
あわよくばと決着を狙っていたが、無駄だったか。魔力の消耗からくる疲労に息を乱しながらも悠は笑う。
しかし、今の一撃は確かに大怪鳥の生命を脅かしうるものだった。
大怪鳥に、風の魔力が集うのがわかる。
目で見て歪みを感じるほどの防風が、魔物の身体を包む。
「……どうやら、大技が来るようだな」
「クララ、どうだ!?」
何にせよ、タメを作ってまで行われる攻撃が、今までと同じものでないのは確かだった。
アレを出させてしまえば、もう打つ手はない。そう感じた予感は、忌々しくも的中していた。
だが切り札を切るのは、悠達も同じだ。
「全力全開で行けるよっ!」
待ち望んでいたその声に、悠達は希望から来る笑みを浮かべた。
……が、大怪鳥に集う力は予想以上のものだ。果たして悠とカティアの作戦が成るか──こればかりは、力の格付けをするしかない。
大怪鳥の方も魔力の充填が済んだのか、巨大な鳥は風の魔力に踊るようにして、回転しながら上昇する。
そして──再び回転し、竜巻と化して悠達に向かってくる。
その魔力は凄まじいが、これが力の全てではないことを、悠達は肌で感じていた。
大怪鳥の身に纏われた力は、巨大な台風を一箇所に固めたようなものだった。荒れ狂う力が渦を巻き、一度開放されればこの稲畑毎、いや──標高を変えるほどの力で台地を蹂躙し尽くすだろう。
一方で、クララが集めた力もこの世の理を外れた力だ。
もしもいま、何らかの要因でクララの身に収まった力が無作為に吹き荒れた場合、台地の最上層の全ては凍りつくだろう。
これは、勝負だ。
自然の暴力と、人の叡智。どちらが恐ろしいかの──
束ねられた台風に、クララは目を見開いた。
否応なしに死を覚悟させる竜巻には恐怖を感じたが、傍に控える悠とクララを見れば、代わりに勇気が湧いてくる。
「『アイシクル』────っ!」
ありったけの力を持って、今それは放たれた。
大怪鳥の進路に向けて、途方もない大きさの氷の塔がそそり立つ。
規模は語るに及ばず、一瞬にして何かがせり上がってくる──自然界に存在しない動きが、大怪鳥の精神を絡ませた。
「キョォォォンッ!?」
それは──自然の本能を、凌駕した。
クララがその力の名を叫ぶと、大怪鳥の眼前に超越的な氷の魔力が集うのがわかる。
それは一瞬で魔物に恐怖を揺り起こし、大怪鳥は束ねた力の全てを放棄し、回避のために放出したのだ。
しかし回避のためとは言っても、その自然現象は神の怒りのごとく。地表をひっくり返すような業風が吹き荒れる。
大怪鳥が空まで弾き飛ばされるのと同時、悠達に向けて身を切り裂き砕くような風が放たれた。
──が、魔力は魔力と相殺し合う。
悠とカティアは、規模こそ想像だにしていなかったものの、回避と同時に巻き起こる暴風への対策を考えていた。
それが、この氷の塔だ。
勿論当たるに越したことはなかったが──悠とカティアは、この風を防ぐことこそを第一の目的に考えていたのだ。
結果として、敵の攻撃もクララの魔導も、その想像を遥かに超えていたのだが。
「はず、した……!」
渾身の大魔術が外れ、クララは疲労から崩れ落ちた。予想はしていたが、生死を分ける一撃を実際に外したこの虚脱感は凄まじい。
同時に、大怪鳥は一瞬だけ安堵した。確かにこの竜巻の突進は彼にとって最強最大の技だったが、それは出力の話。容量であれば、大怪鳥にはまだ余裕があった。
──だが悠とカティアは、その余裕を、言い換えれば油断となるこの一瞬の虚こそを待ち望んでいたのだ。
「おおおおおおおッ!」
「らああああああッ!」
前方ナナメにそそり立つ氷の塔。
悠とカティアが、同時にそれを駆け上がり始めた。
その表面は永久凍土という言葉を思い起こさせるほど強固に凍りつき、溶ける気配もない。結果として、それは二人を天に届かせる足場として機能する。
残る全ての力を振り絞り、二人は天への階段を駆け上がる。
その終わりが見えると同時、大怪鳥の巨躯が浮かんでくる。
悠とカティアは一瞬でも早くと祈り、塔の終わりから一層強く踏み出した。
怪物の、大怪鳥の顔が驚きに染まる──ような気がしたのは、悠の勘違いではない。
──天高くそびえ立つ『輝きの大地』。その頂点を巣とする大怪鳥が、『上』を取られるのは初めてだったのだ。
「や、驚いたか?」
「俺らの方が、高いなァ!」
弾丸のように飛び込んできたカティアが、頭上に『氷閃』を振りかぶる悠が、語りかける。
「ケィィィィッッ!!」
それに敗北感を感じる間もなく、大怪鳥が声を上げると──
二人の刃が、それぞれ左右の翼を根本から両断した。




