第四十七話:閉じた世界の終わりに
巨大蟹との戦いから一日。洞窟の中で時間感覚を失いながらも、用意した時計に従って悠達は朝から歩みを続けていた。
「いやー、昨日の蟹美味かったなあ」
「食べた後、完全におかしかったよねえ」
「今にして思えば、精神に作用する毒でもあったのかもな」
「無い筈だけど、あのザマじゃ疑うよな……」
目指す先は洞窟の更に奥。
先日の気の緩みを正すかのように、悠達は警戒しながら洞窟を行く。
大空洞の先にも洞窟は続いていた。揺れる火に導かれるように、『先』へと向かう。
ここまで、距離自体は大したことは無いだろう。だがごつごつとした足場の悪さや、外の砂漠以上に彩りのない光景が、疲れを煽る──
しかしそれでも歩き続ければ、道は開ける。
悠達が再び眼にしたのは、大空洞。
これほどの空間が二つもあるのか? そんな疑問も忘れて、悠達は目的の場所に『到達』した事を疑わなかった。
「家……? む、村だ……っ」
その大空洞には──幾つもの家屋が建ち並んでいたのだから。
ヒトが住めないと言われる極まった環境、極圏。
悠達は、その中にヒトの痕跡を見つけた。
◆
「誰か居ませんかー! 誰かっ!」
「やっぱ、反応はない……か」
空洞の村を発見して、すぐさま駆け出すクララを見守りながら、悠達はその村に人の気配を探した。
……だがやはり、そこに人はいない。
当たり前といえば当たり前だ。木造の建築は殆どが朽ちかけており、経年劣化で潰れたものさえ存在する。
見てわかるほどに、その光景は『終わって』いた。
捨て去ったか、あるいは──ここで途絶えたか。そこは飽くまで人の遺した『跡』であった。
「……仕方がないよね」
「だが、ここに人が住んでいたことは確かだな」
もしかしたら誰か──マオル族の人に会えるかもしれない。ムダだとは判っていても、クララの落胆は大きかった。
へたり込む彼女をカティアが起こすと、悠は辺りを見回す。
……水脈を中心として立つ家、水車。華美なんてものは一切ない、ギリギリの最低限。
そして空洞内の壁に点在するヒカリゴケは、まるで星空のようで。夜という終わりが永遠に続く世界のようだった。
それでも、人々は生きていたのだ。
僅かながら、無事な家屋の中には確かに人が息づいていた証があった。
それらを見ると──ここは捨てられたのではなく、終わったのだと実感できた。
生きていくのがギリギリで、それでもダメだったのだろう。
じわじわと終わりへと向かってゆき──そして、途絶えた。
最後の最後まであがいた証。それらはここに残り──何よりも悲しく。
そして最後まで諦めなかったという美しさを残滓として残していた。
悠がふと上を見上げると、ここよりだいぶ高い位置、とても登れないような所に光が差し込んでいるのが見えた。
外は近いのだろう。だが、きっと個々の人々は外に出ることが出来ず死んでいった。
まるで寒空。『次』を、外の世界を感じながらも出られない。それは檻のようにさえ感じられた。
が、感傷に浸っているばかりでも仕方がない。
悠は立ち上がったクララに頷くと、目的をマオル族の捜索から痕跡の調査に切り替えて、再び村──いや、遺跡を調査し始めた。
その面影こそ残っているものの、ほとんどの建築物は崩れてしまっていて、残っているものがあっても──家の中身は殆どなにもないと言ってよかった。
せいぜい見つかるのはツボのような、空の容器くらい。
ここでの生活がどれほど過酷だったかを物語っている。
このまま探していても、大した手がかりは無いだろう。
……そう、このままでは。
「やはり──最初からここを調べるべきだったかもしれないな」
たったひとつ。
この遺跡には、崩れた建築物群の中でたったひとつだけ、明らかに他の建築物とは違うものがあった。
それは崩壊した村の中にあって、唯一完全な姿を残していた。
その理由はひと目見てわかる材質の違いにある。
「これ一つだけ石で出来てるんだね」
たった一つ完全な姿を残している建築物。それはこの村に幾つもある木造の家とは違い、石のような物質で出来ていた。
ひと目見れば明らかに他と違うとわかる以上、その建築物の調査の優先度は高かったろう。
それでも悠達がこの建物の調査を後回しにしたのは理由がある。
「明らかに怪しいのはわかるけどさ、どうやって開けるんだ、これ」
それは──開かないのだ。
ドアとみられる部分はあるが、押しても引いても、スライドしようとしてもビクとも動かない。それほど強固に封じられていた。
「力づくしかないかもしれませんね。ユウさんが思いきりぶつかればあくのでは?」
「おおう……意外と過激派?」
これを見つけたのは悠とカティアだ。この中では比較的力のある二人が開けようとするも、歯が立たなかった。そうして、自然と後回しになったというわけだ。
だがこれ以外の建物を調べ尽くしてしまった以上はここを調べなければならない。
過激派とはいうものの、もうアリシアの意見に従うほかないかもしれない。
悠とカティアはその扉の堅牢さを知っている以上、アリシアの意見に同調するのも早かった。
しかし、事態は急変する。
クララが扉に手を触れようとした瞬間、扉が輝き始めたのだ。
「わ、と、なになに!?」
「光って──いや、これは魔法陣……!」
輝きは線を描き、線は規則に従って模様を作る。
カティアが叫んだ通り、紫色の光は魔法陣を描き上げた。
出来上がった魔法陣はまるで──鍵を回すかのように回転を始める。
そして──
「ひ、開いちゃった……」
石の扉は、重々しい音をたてて、上へとせり上がっていった。
「(う、おおお……! すっげえ……! 封印されし古代文明だ……!)」
溢れんばかりの男のロマンに興奮する悠だが、敢えてその気持ちは外には出さなかった。
古代文明──もしも本当にこの建築物がそれによって作られたものならば、その文明とは。
その可能性が僅かでもある以上、適当でない気持ちだと考えを振り払うように頭を振るう。
それよりも、今はその建築物の中にあるものが重要だ。
石造りの建物の中はヒカリゴケの光も届かず、暗い。
注意しながら悠が辺りを照らすと、そこには──他の家とさほど変わらない光景が広がっていた。
いや、生活の跡が見えない分、より質素かもしれない。一際立派にさえ見えた石造りの建築物の中にあったのは、同じく石の机だけだった。
……いや、違う。その机の上には、他の家とは違う、決定的な違いがあった。
それは──
「本……!? 本だ!」
書物。
たった二冊ではあるが、そこには本が置かれていた。
その存在を見つけた時、クララを除く三人は、一瞬で総毛立つのを感じた。
失われた文明、滅んだ種族。今では亡い『過去』が記された本。
価値だとか、そういったモノを考えたわけではない。しかし触れることさえはばかる存在であることは、わかる。
しかし、クララは三人とは違う反応を見せた。
まるで導かれるように、二冊の本を手にとったのだ。
「……! いや、そうか……」
最初は悠も、その事について声をあげようとした。
だがもしも、もしもこの本が探している通りの存在ならば彼女にはそれに触れる権利がある。
……いや、彼女以外には、だれもその権利を持たないかもしれない。
「外……っていうのもおかしいけど、ここを出よう。暗くちゃ読めないだろ」
火の明かりでも、文字を読むことくらいは可能だろうが、古い本の近くで火を掲げるのは恐ろしかった。
悠の提案にこくり、と頷いたクララは、二冊の本を抱きしめるように抱えて、悠に続く。
石の建物を出た悠達は、ヒカリゴケのある壁際まで寄り、本を並べた。
……特別なところはない。装丁もなにもない、ただ売っているものを買ってきたような本だ。
しかしそれをこんな場所で手に入れるのは不可能だろう。
──大陸からやってきた何かが、ここに残していった。そう考えるのが自然だ。
だが、そこに書いてある文字は、特殊だった。
読めないのだ。此方の世界に来て日が浅い悠はもちろん、カティアも。
「表紙は──読めないな。悠はどうだ?」
「いや、俺そもそもコッチの字は少ししかわからんし……」
「日記」
だが──クララには、それが読めるようだった。
その表情は凍りついている。自分自身、なぜそれがわかるのかわからないのだ。
「日記って書いてある、と、思う……」
「よめるの、ですか」
アリシアが信じられない、と疑問を口にすると、クララはしっかりと首肯を返した。
……もはや、疑う余地もない。
クララは表紙をめくると、そこに書かれた文字を読み始めた。
「この本は存在しない言語で書かれている。同胞にのみ『翻訳の魔術』がかかるよう魔術を施している、だって。……『マオルの大樹から各地へ伸びた枝、その内一本の終わりを伝える』──」
そこに書いてある文字を箇条書きに纏め、クララは末尾の文をそのまま、口に出して読んだ。
……大陸から散るように逃げ出したマオル族、そのうちの一団がここにたどり着き、そして途絶えた。
この日記は、かつてのマオル族が残した『終わりの記録』だった。
そして──それを読めるということは。
本を読み進めていくうちに、クララは涙を流し始める。
クララは涙が本に落ちないよう、滅びた人々が残した最後の記憶を汚さないように、少しずつ本を読み進め、やがて読み終える。
終わりの記録を読み終わったクララは、あふれる涙を何度も何度も拭いながら、泣きじゃくった──




