第三十八話:無尽をゆく
「改めて見ると……本当にすげえな、ここ」
白の砂漠を歩き始めて少し。
突然立ち止まった悠は、無意識の内にそう呟いていた。
仲間達が自分に振り返ったことにも気づかず、悠は無限にでも広がっているような景色を見つめている。
近くにはオレンジの砂と白い魔力が生み出す、揺らめくマーブル模様。
遠くを見れば、時折植物や岩山が色を宿しているものの、それ以外は白一色だ。
冷たい空気のせいだろうか、そこに自然に感じる息遣いは感じられない。
まるで、骨を剥き出しにした惑星みたいで──シンプルに死をイメージさせる光景だった。
「物悲しい光景だよね」
「ああ。正直結構驚いてる。人間が住めない場所ってのも納得だ」
人が住めない極まった環境。
この光景に寂しさを感じるというのは、最もシンプルに人の死を連想するからなのかもしれない。
仮に人が住める環境だったとしても、ずっといれば気がおかしくなってしまいそうな、そんな途方もなさを感じながら、悠は再び脚を動かし始める。
「そういえば聞きたかったのだが、ユウ。何気なくキミに従って歩いてきてしまったが、今どこか目指している場所はあるのか?」
その足取りに迷いがない事に、カティアは足を止めずに聞く。
おそらくは疑問というよりは確認なのだろう。これもまた悠を信頼しているがゆえの問いかけだ。
「ん、そりゃな。まずはあそこに見える岩山を目指そうとしてる」
伝わってくるそれを感じながら、悠が指し示したのは未だ遠くに見える岩山の一つ──一際高く見えるものだった。
予想の範疇といえばその通り。果てしなく広がる変わり映えのない砂の上を歩き続けるよりは、何か目印に向かうのは自然なことだろう。
だがそれにはなんとなく、ではない理由がある。
「まずは高い所から、周りの地形を確認する。そこから探すのは、川とか川の跡だ。砂漠っていっても植物はあるし、少なくとも川の跡が存在した痕跡は、あってもおかしくないと思う。ないならないで、その確認ができるしな」
先程地形を観察した際、悠は異世界特有の風景の特異性のほか、構成される要素から地球のとある場所に似ていると感じていた。
砂漠とは言うが、延々と砂が広がっているだけではなく、岩山や僅かながら植物も散見される──その地形は、地球のモアブ砂漠に似ていた。尤も、暑さと寒さ、気温が真逆という点はあるが。
「ヒトがどこかに居を構えるなら、まずは水の近くだ。川があれば万々歳、無くても川の跡が見つかれば、支流をたどって生きてる本流に、ってのも十分ある展開だと思う」
ヒトの文明には常に水が寄り添ってきた。いや、人は水がなければ生きていけないため、人が水に拠り所を見つけたというべきだろうか。
旅の目的の一つに『かつて在った部族の痕跡を探す』ことがある以上、水を探すのは最重要事項に直結すると言えた。
そうでなくとも、長く滞在するならば水の確保は必須になるというのもある。
「多分、これはどこに行ってもやることだと思う。覚えとくと良いかもな」
「水の近くに、人は寄る……かあ」
ずっと昔から、人は水に拠り所を求めてきた。遠い過去に思いを馳せるように、クララは岩山の向こうへと視線を向かわせる。
しかし物思いにふけっている暇はない。
水の確保は出来るだけ速いほうがいい。
目的地を共有した一行は、再び岩山に向かって歩き始めた。
小さく見えている岩山は中々近づいてこない。この分だとまだ歩く必要があるだろう。
「寒ぃな。それに……」
歩いていると、ふと悠は寒さをつぶやく。吐き出した息は白くなり、実感を伴って現在の寒さを語っていた。
それもそのはず、現在の気温は摂氏にして三度。極寒という程ではないにしろ、厚着をしなければ凍死も十分ありえる温度だ。
「それに、どうしたんですか」
「いや、空気が乾燥してるなって。ノド乾いてないか?」
「言われてみれば、そうですね」
しかし、悠が気になったのはそれ以上にこの白の砂漠の気候──乾燥した空気だった。
寒さの所為で感じづらいが、悠は空気の乾きを実感していた。
まるで高い山のよう──呼気から、汗から、実感なく水分が奪われていることを感じる。
「寒いから気づきづらいけど、汗かいてるんじゃないか? 足場も良くないし、乾燥してる。水分補給はこまめにしておいたほうが良さそうだ。気づいたら脱水症状……ってんじゃ目も当てられない」
「……ちゅういしておきます」
そういえば心なしか空気も薄い気がする──そう付け加える頃には、アリシアは水筒を取り出し、細い喉をこくこくと鳴らしていた。
見れば、クララとカティアも顔を青くして同じようにしている。
面倒くさがりな性格の割に意外と素直なアリシアの反応に、そして素直すぎるクララとカティアに、悠は少しだけ感心した。
「水分は摂りすぎるということはない……ってな。そんなわけで、水場はなるべく早く見つけたいところだな」
「私も汗かいてる……気づかないものだね」
「まったく、いっそこの白さが雪によるものだったら楽だったんだろうが」
「違いねえ」
もしもコレが雪ならば。そんな仮定に、悠はくつくつと笑う。
雪をそのまま食べると、逆に体力を消費してしまうのは有名な話だ。だが、何らかの方法で溶かせば立派に飲水として使える。
いつかそんな知識も使うかもしれない──なんて思いながらも悠は行軍を続けた。
やがて、悠達は目的の岩場に到着した。
白の砂漠に降り立ったのは朝方だが、もう陽は真上。後は暗くなっていくだろうという時間だ。
「さて、それじゃここを昇るわけだけど……どうする、俺が見てこようか?」
横にも広かったためか、遠くで見るよりも高く見える山を背に、悠は岩肌に手を当てた。
端的にいって、これを昇るのはそこそこ体力を使うだろう。
地形の把握ができればよいので、体力に余裕がある自分だけが上へ行き、地形を伝えれば効率がよい。
そう思っての提案だったが──
「あの、よければ一緒に行きたい……かな。悠だけに負担をかけるのは嫌かも……」
「ああ。一人だけ二度手間というのも上手く言えないが、確かに嫌だ」
クララとカティアは、上までついていきたいと言う。
非効率的ということはわかっているが、そこには仲間である事の誇りとでもいうべきか。肩を並べる事に対する決意のようなものが在った。
「ん、わかった。アリシアはどうする?」
「わたしも、行きます。ふうけいにもきょうみがありますし──ここでついて行けないようなら、足でまといになります」
連帯感と、少しの意地を混ぜて、アリシアも参加を表明する。
悠はそんな彼女に首肯を返すと、人差し指を立てた。
「よし、じゃあちゃんと説明しておくか。見ればわかるけど、この岩山って段差はあるけど結構なだらかに見えるだろ? 俺達の体力なら楽勝……に、見えるけど、実際は注意が必要だ。なんでかっていうと、この気候が関係してる」
クララ達に見えるように少し身体をズラして、悠は岩壁の肌を強く擦ってみせた。
すると、細かい砂が手に付着し、白粉の様になる。
「こんな風に、表面は細かい砂がついてるから、傾斜がなかったりしても結構滑る。それに、此処は乾いてるだろ? こんな砂岩なんかは、乾燥した地形だと表面が割れたり剥がれたりしやすいんだ。十分な注意をもって行動すること。いいか?」
語る悠の表情が真剣であることを見ると、クララ達の頷きもあた重々しい。
安全そうに見えても、自然というのはやはり計れないものなのだ。悠は、それを強調する。
「わかったならよし! じゃあ行動開始だ。『硬質化』もあるし、俺が先導するからな」
万が一落ちた時の事を想定し、先頭を歩くことを伝えると、悠は岩壁を登り始めた。
幾つもの層になっている砂岩の岩山は、やはり想定通りに崩れやすい。
しかしそれでも悠達は慎重を重ねて上へと登っていった。
そして暫く。
「う」
「頑張ったな。よし、手ェ貸しな」
「……どうもです」
身長が足りずに苦戦しているアリシアを引っ張り上げると、悠達は岩壁の登頂を達成した。
「うわー、いい眺め! ……でも、思ったより複雑な地形だねえ」
「本当だ。僅かに緑もあるし、岩山が幾つもある」
「きょうこくになっている所もありますね」
「ホントだ。あそこなんかは、昔水が流れてたんじゃねーかな。……な? 上から見ると、景色もそうだけどこういう情報も色々見えてくるだろ」
そこから見える景色は、多くの冒険者たちが未だ見ない白の砂漠の奥地だった。
実際には中心部まではまだまだ距離があり、此処まで到達した冒険者もいるだろう。
だが、こうして悠達が見ている光景は、未だ多くの者にとっては『未知』に他ならない。
「川の流れてた後、かあ。あんなに大きな跡があったってことは、昔は大きな川が流れてたのかな?」
「かもな。そんなのが無くなっちまうんだから、時間ってのはスゲーよなあ」
しっかりと冒険のための知識を蓄えているものでなければ、大地を奔る溝がかつての川の跡だということにも気づかないだろう。
冒険家としては初心者も初心者な悠だが、その知識だけはこの時代の水準よりも未来のものを吸収している。それらは今、水を吸ったスポンジを絞るように吐き出されていた。
「んー……そうだな。まずはあの辺りの峡谷を目指そうと思う。川の跡が伸びてるだろ? それに植物も生えてる。植物があるってことは水が得られやすい地形ってことだ。運が良ければ水が見つかるだろうし、無くても辿っていくうちに見つかる可能性が高い」
悠が峡谷のある地域を指差すと、クララ達は黙して頷く。
信頼を置かれている証に少しだけ嬉しくなると、悠は浮かれる気分を振り払うように頭を振るった。
「そうと決まれば降りようか。気をつけろよ、こういう岩壁って降りるほうが危険なんだ」
「え、そうなの?」
「こんな話がある。あるクライマーが壁の中腹で身動きが出来なくなって──」
「ま、待て。またコワイ話をするつもりだな。十分気をつけなければいけないのはわかったから、できれば降りた後にしてくれ……!」
降りる時の注意を説こうと小話を交えようとすると、冷や汗を流したカティアがそれを静止する。
「わたしは少しきょうみがありますが。こわい話はじつはけっこう好きです」
「やめてくれ!」
アリシアが続きを促し、カティアがそれを止める。なんだかバランスの良い二人に、クララと悠は顔を見合わせて笑った。
怖さがわかっているのなら必要以上に脅かす必要もないと判断し、悠は先程のように少し先を歩くようにして、岩壁を下り始めるのだった。




