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第二十五話:ドラゴンの力

 換金所を出て、鍛冶屋へと向かう悠とクララ。

 見るからに上機嫌の悠は鼻歌交じりの道をゆく。


「機嫌良さそうだねえ」


 いつもは頼りになる悠が、まるで子供のようにはしゃいでいることで、クララはほっこりとした笑顔で語りかける。


「そりゃそうだ! ドラゴンの爪でナイフとか……ロマンの塊だろー!」


 機嫌の良い悠は、言葉の端々までが喜色に染まっている。それがまたわかりやすく悠の精神状態をクララへと告げ、彼女はまた柔らかく鼻を鳴らす。

 悠の言う『ロマン』がクララにはわからなかったが、それでも悠が嬉しそうなのが嬉しい──といった様子だ。

 とはいえ、この世界でもこういった強い魔物の武器は、少年の憧れだったりする。まして悠にとってはアニメやゲームの中の存在だ。更にそれが幻想の代名詞、ドラゴンの爪ともなれば興奮はストップ高である。

 先の値段を見れば分かる通り、ドラゴンの爪は正しく『宝物』なのだ。

 ──で、あるならば。景気良さそうに歩きながらその存在を喧伝する田舎者はそれは目を引くわけで。


「おい、そこの二人、止まりな」


 宝物の存在を掠め取ろうとする、悪い虫も呼び寄せてしまうわけだ。

 ドスの聞いた男の声に、悠とクララは思わず足を止め、振り返る。

 そこには、目付きの悪い男が居た。清潔感の無い──この世界に詳しくない悠でも──好ましくない服装をしている男だ。


「な、なんか用すか」


 その手に握られているナイフを見て、悠は声を詰まらせる。

 明確な『人の悪意』にさらされるのは初めての経験で、いうなれば──不良に絡まれるような。分かりやすい危機を感じたからだ。

 山で食うか食われるかのサバイバルを過ごしてきた悠だが、人に殺気を向けられるのは初めての経験だった。


「お前ら、さっきから聞いてればずいぶんと景気が良いみたいじゃないか? 俺もそれに肖らせて貰おうとおもってよ」


 所謂、カツアゲだ。それに悠が気づいたのは、男にそう続けられてからである。

 気がつけば、自分たちは人通りの少ない通路を歩いていたらしい。助けを求めることができないことに気がつくと、クララが悠の服の裾を縋るように摘む。

 その弱々しい力は、悠の心を冷静にさせた。

 ……そうだ。何を怯える必要がある。自分は山でとんでもない魔物を相手にしてきたじゃないか──と。

 守るべき存在を認識すると、悠は自分が相手にしてきた強大な魔物たちを思い出した。食物連鎖の頂点に立った事実が悠を強くする。


「断る」


 意志の光を目に宿して、悠はきっぱりとそう告げた。

 その剣の様な光に、男はぐ、と息を飲む。まるで、巣で眠っていた強大な魔物に睨みつけられたような気がしたからだ。

 だが、男は頭を振るう。見るからにとぼけた田舎者が、斯様な存在であるはずがない。そう決めつけてしまったのだ。


「はっ、言うじゃないか。おい、痛い目を見たくなかったら──」


 その選択は。

 彼が自然界において長く生きられない個体で在ることを示すものだった。

 男が言い切るまでを待つこともなく、悠は大きく息を吸い込んだ。

 悠の胸が熱くなり、紅蓮が渦巻く。吸い込んだ息が、ドラゴンを食べる事で宿った力を通して変質していく。

 そして──悠は、吹き出すようにそれを吐き出した。

 放たれるのは空を焦がし、地を煮立たせる地獄の灼熱。

 『ドラゴンブレス』だ。


「おと、な、しく……?」


 地獄の焔は、真上を向いた悠の口から放たれた。

 塔を思わせる高さまで一気に吹き上がった火炎は、正しく力を示すモニュメントだ。

 まるで人間火力発電所だ──と。どこかズレた表現を思い浮かべながら、悠はゆっくりと男を見下す(・・・)


「何を、見たくなかったら──だって?」


 その瞳に、もはや錯覚は許されない。

 悠の気まぐれ一つで、男は塵になっていたのだ。手からこぼれ落ちたナイフが薄汚れた男とは対象的な、済んだ音を響かせる。


「ば……化物ォっ!」


 そこからの行動は──あるいは自然界でさえ褒められるように──早かった。

 一目散に逃げていった男は、すぐに入り組んだ通路の一つへ消えていく。


「ふうっ……逃げてくれて良かった……」


 冷や汗を拭い、悠は軽薄に笑う。

 そこらへんのゴロツキの一人や二人、今の悠にとってはなんでもない存在だし、悠自身、負けるとは思っていないだろう。

 だがいくら相手が殺意を向けてきていても、人を傷つけるというのには案外勇気がいるものだ。できれば、ああいう手合でも傷つけたくはない。いざとなれば戦うが、戦わなくて済むのならば、戦わずに済ませたいと思っていた。


 思い通りに事が運び、悠はクララに笑いかけた。

 しかし、クララは固まっている。

 それはドラゴンブレスに驚いたからではない。

 ──ドラゴンブレスは、ドラゴンを食べた時に悠に宿った力だ。だがこれをクララの前で使うのは初めてではなく、旅立ちの前に何度か練習し、扱えるようになっている。

 もしもその練習がなかったら、男は炭化し、粉々になっていたかもしれない……というのは大げさだが、とにかく今では扱いやすい能力のウチ一つだ。

 ならば、何がクララの動きを固めたか。


「ゆ……ユウ! 早くココを離れないと……!」


 それは、その規模だ。

 男を怯えさせることを目的としたドラゴンブレスは、悠が放てる中でも全力一歩手前の高出力であった。

 真上に向けて放たれた炎は十数メートル上空まで立ち上り、その力を誇示したのだが──これがいけない。


「騎士さまがくるかもっ!」

「お……あ!」


 いきなり何もない所で、それだけの高さの炎が吹き上がったらどうなるだろう?

 少なくとも、人が集まってくるのは確実だ。

 特に──地球で言えば警察のような、治安機関に属するものならばより高確率で。


「や、ヤバい……! ズラかろう、クララ!」

「う、うんっ!」


 まるで此方が恐喝でもしていたかのように──ある意味では、していたが──悠とクララは大急ぎで場を離れていくのであった。

 

 ◆


「炎が吹き上がったのはこの辺り……ですか」


 果たして。クララの予想は大当たりであった。

 悠とクララが消えて程なく、ゴロツキと対峙した路地には数人の騎士と野次馬が集まっていた。

 何しろ一瞬のことだったので、集まった人々にも正確な位置はわからなかったが、その上で正しく『事件現場』に集まっているのは、ともすれば悠達の不幸となっていただろう。

 閑話休題──集まった者達は、みな一様に怪訝な顔をしていた。

 あれだけの規模の炎だ、それが炎であると見間違えるハズはない。あれだけの高さだ、正確な大きさはともかく、その炎が小さかったと記憶するものは居ない。

 だというのに、現場にはある筈の物がなかったのだ。


「魔法陣も、儀式器具も見当たらない──というのは、少しおかしいですね」

「大人数がいた形跡も無いな」


 それは、その炎を生み出すために必要なモノである。

 ──この世界には魔法が存在する。故に、何もない所から炎が立ち上ったり水が出たりというのは、不思議なことではない。

 だが、それらは飽くまで、地球で言う道具の代替程度のものしか無いのだ。

 何の道具も魔法陣も用いない場合、炎ならばせいぜいが焚き火くらいのものを生み出すのが関の山だ。

 ……先程立ち上った炎は、明らかに個人が何もせずに生み出せる領域のものではなかった。


「先程の炎、もしや魔術ではないのでは? 『陣敷き』も儀式もなしにあの規模の魔術というのは、ありえません」

「だがあれが魔術でなければなんだ? 街中にいきなりドラゴンが現れて消えたとでも言うのか。それこそありえん」


 推測を語る騎士達は、互いが互いを否定し合う。それほど不可解な現象だったのだ、先程の炎は。

 ──奇しくも、その推測は殆ど両方が当たっていたと言える。

 悠が生み出した炎は魔術によるものではなく、ドラゴンの炎と寸分たがわぬものだったのだからだ。

 ただ一つ違うのは、それを唯一人の人間が何の準備もせずに行ったという点だ。


「どう報告しますかね?」

「原因不明以外書きようが無いだろう。……全く、不可解だ」


 結果的には、それが事件を迷宮入りにさせた。この件で特に被害がなかったというのも大きいだろう。

 知らず幸運に救われていたことを知らない悠は、今まさに加工屋の扉を開こうとしていた。

 こうしてモイラスの発火事件の真相は闇に葬られた。後に眉唾ものの出来事ばかりを面白おかしく綴った新聞に取り上げられる事になるが──それは、悠達には関係のないお話。



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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは。 人間火力発電所ww このワードで『孤独のグル○』を連想するか、昔のゲーム『チェルノ○』を連想するかで世代が分かりそうですね(笑)
[気になる点] 装備や道具に「ロマン」を持ち出す男は女からすればロクなものではない。
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