④ 拾われた歌姫
アリアンロッドはまず、先ほど見つけた例の家の家族に、話を聞きにいこうと思っていた。
この男といたらいつどうなるか分からない。もし万が一、あんなことどんなこと?になったら、元の世に帰れなくなるかもしれない。そもそも名前も教えてくれない男だ。
「この街に到着する前にも小耳に挟んだが、若い女は見境なく襲われるらしい。惨たらしい撲殺死体で見つかっているとか。悪いこと言わないから俺といろ」
「え、ええ……??」
しかしアリアンロッドはまずあの家族に会いに行って、話を聞いたら、あとは森の入り口で野宿でもして帰るのを待ちたい。街にいなければ事件に巻き込まれることもないだろう。死の時期が分かっている自分はここで命を落とすこともない。元の世にも帰れる。しかしそれは彼と共に行動をしない、という道を選択したからであろう。
「いえ、私、ひとりでも大丈夫だから」
「……フン」
目線を合わせようともしない頑固な彼女に男も、それ以上は引き止める理由もなく。
「なら、このメロン、衣服より価値が高いからその差分だ」
男は持っている硬貨の袋をアリアンロッドに渡した。
「これ……」
中にはメロンの価値をゆうに超えるほどのコインが。
この貨幣はアリアンロッドの国の上層階で流通しているものだ。
「硬貨の使い方は分かるか?」
「ええ。でも、これまだ使えるの?」
彼は彼女をふしぎな女だと感じた。
「そのうち使えなくなるが、今は大丈夫だ」
「そう……」
国が戦いに敗れてまだそれほど時間がたっていないのだと知る。彼に向かい一度頭を下げ、ふらふらと離れていった。
◇
ひとりで大丈夫、と言ったものの、アリアンロッドは男について歩いていたので、早速道に迷ってしまった。狭いところに建物が多くあるもの問題だ。
こちらの方へ行けばいつかは着くだろう、と当てずっぽうで進み、結局人気のない路地に入ってしまう。嫌な予感がして、足早にそこを通ったら。
「っ!! ……」
後ろから唐突に急所を攻められ、火花が散った。アリアンロッドは倒れ、脳裏に「お嬢さんも気を付けなよ」との声がうっすら蘇った瞬間、意識を失った。
◇◆◇
「ん……?」
目を開けたら、視界には天井が。次に、ぬっと出てきた、青年の顔面。アリアンロッドは驚きで息を飲んだ。
「気分はどうだい?」
「あれ…? 私は、いったい……あ、痛っ」
起き上がろうとしたらみぞおちに痛みが走り、肩をすくめた。
「君は暴漢に襲われたんだよ。ちょうど通りがかった私の従者が撃退したんだ。もう少し早く私がそこに着いていれば……」
品の良さそうなその青年が手を上げると、メイドがグラスの水を持ってきた。
「いえ、助けてくれて、ありがとう……」
「捕まえられれば良かったんだけど、従者は一人だったから……」
「いえ、ほんとうに」
彼は指を立てて聞く。
「これ何本?」
「3本」
「自分の名は分かる?」
「ええ」
「じゃあ大丈夫かな」
アリアンロッドが少しその場を見回すと、広く立派な部屋だと分かる。
「僕はダリス。少し前この地区にやってきた地方貴族なんだ。君は?」
「私はアリー。えっと、旅の途中で……」
「ああ、そうだ! そうではないかと思っていたんだけど、君はもしかして、あの催しで優勝した歌い手ではないかい?」
そうだと答えたら彼は、これは神の采配ではと喜びの声を上げた。
アリアンロッドはふしぎに思い、話を聞くと。
東方から来た貴族の彼は語る。昨年よりユング王が支配することになった、ここ新しい土地の、特に発展の目覚ましいこの地域は、移住先としてアッパークラスの間で注目を浴びている。そして支配者ユング王によって地域の統率者が選ばれるのだが、その決定日が迫っているという。
「ユング王の支配……昨年……」
「ん? 私は4人の統率者候補のひとりだ。だから三月前からこの地域に入り、準備をしている。だけれど……」
同じく東から来た貴族が、彼を目の敵にしているようだ。
「明日にも、ユング王代理の補佐官がこの街にやってくる。観衆の前で候補者は贈り物を献上し、王の意向を汲んだ代理の方がそれを決めるんだ」
「贈り物の内容で?」
彼は頷く。
「なのにここにやって来てからというもの、その男は私が準備した贈り物をことごとく粉砕してくる。元々の領地が隣同士でね、以前から隙あらば土地も資源も狙ってくるとんでもない奴だった」
「ひどい。告発しないの?」
「今言っても、証拠がなければこちらが妨害しているように取られてしまう。奴は狡猾でね……。地域を良くしようなんてこれっぽっちも思っていない、私欲にまみれた奴なんだ」
アリアンロッドは、それでなぜ自分と会えたことが神の采配なのかを聞きたい。
「実は、君にお願いなのだけど……私の贈り物として、そこで歌を披露して欲しいんだ」
「えっ、ええ――!?」
貴族青年ダリスは続ける。たとえ選ばれても、ユング王の物にならなくていい。自分は辞退するし、ただ告発したいだけだ、と。
「再度献上品を用意する費用も、もう尽きた。しかし手ぶらで不正を言っても、負け惜しみと取られるだけだから。君の歌という貨幣では手に入らない素晴らしいものを見せつけて、告発したいんだ」
アリアンロッドとしては、役に立てるものなら協力したいのもやまやまだが。
「お願いだ! 君のことは必ず守るから!」
確かに、民のことを考えていない人間が地域の主導者になるのも困る。
「……分かったわ。本当に歌うだけでいいのよね?」
そう聞いた彼の表情は、喜びに安堵が入り混じった印象だ。
「もう立って歩けるかい? それなら、見せたいものがあるんだ」
彼に案内され入室したのは衣類庫のようだった。その一角に、女性用の煌びやかな衣装が数多く掛けられている。
「わぁ、綺麗」
「舞台用に君の好みで選んで。気持ちよく歌って欲しいから。アクセサリーもたくさんある、いくらでも試して」
「あ、これなんか素敵」
アリアンロッドは一着手に取ってみた。
「それにしても、これは一体、どなたの?」
この問いを何気なく投げかけたら、彼の表情が曇った。それに気付きアリアンロッドは、聞いてはいけないことだったかと、それ以上追及しないでおいた。ここに家族がいるならもう紹介してきているはずだし、何か事情があって今はここにいない家族の物なのだろう。
その夜、アリアンロッドは良い寝室と当分の上質な衣服を与えられ、今は窓際で庭を眺めながら休憩している。
(ダリスには出歩かないよう言われたけど、やっぱりあの家族のところに行きたいわ。)
ここが《《いつ》》であるのか、おおよその見当はついたが、ここに元より住む民はどうなったのか、移住者が多いようだが問題なく暮らせているだろうか、それを確かめたいのだった。
夜が明け、屋敷の周りも十分に確認し、順路に問題はない。小走りで目当ての家族の元に向かった。
目的の家屋に辿り着き、庭にいる者に話しかけてみた。その女性は、このあいだ話しかけてきた少年の母親だった。彼女はアリアンロッドの顔を見た途端、大変驚いて、お待ちくださいと家内に入って行った。家の主人も大慌てで出てきて、彼らは膝をつき頭を下げる。
「あ、もうここの為政者ではないので、楽にして?」




