⑪ 15年ぶり、かつ、数刻ぶりの再会
「いたっ!」
「いてっ!」
元の世に帰ってきた。この瞬間、ふたりは振り飛ばされた感覚と共に尻もちをついた。
そこは昼間のようだが、アンヴァル宅の近くだろう、林間だ。
ふたりの距離は3歩ほど離れている。
3歩離れた位置のままで、アリアンロッドは現状に気付いたら、上衣が膝に落ちていて、すっかり胸をあらわにしていた。
「きゃっ……」
アンヴァルはそこでやっとアリアンロッドの存在を確認したというのに、
「きゃああ────!! こっち見ないでぇええ!!」
「うっ」
アリアンロッドの叫び声に耳がキーンとなり、頭がくらっくら。
「う、ううーん……」
後ろを向いて慌てて上衣を被るアリアンロッドと、彼女に背を向けたらワンテンポ遅れて顔を真っ赤にしたアンヴァル。
ふたりは、やたら長く感じるその束の間、背中合わせのままうつむいて、無言でいた。
まだアリアンロッドから何もアクションがないので、アンヴァルは上半身裸のまま、頭をポリポリかくしかなく。
そしてアリアンロッドがバッと立ち上がった。アンヴァルがその空気を察し、「あ―…っと、さっきは……」と話しかけた時。
「あーあ、戻ってきちゃったからもう試せないわね! また次の機会ね!」
と彼女は少し上擦った声で言うのだった。
「じゃあ! 今日はもう解散! 私はそこらで辻馬車を拾うわ」
またやたらと声が大きい。
「あ、ああ。……お疲れ」
アリアンロッドは大人しく宮廷に戻るつもりで、走って行ってしまった。
アンヴァルは上衣を神隠し先に置いてきてしまい裸のままだが、自宅はすぐ側なので問題ないだろう。ただ、彼女のワガママで脱がされたようなものなのに、何もなかったことにされ、そのうえ置き去りにされた男、というだけだ。
そのアリアンロッドは馬車内で頬杖ついて、「せっかくの機会だったのにな」などと考えながら。
先ほど馬車を求めて走ったせいか、まだ胸がトクトクしていた。
アリアンロッドが大聖女の屋敷に戻ったら、侍女らが慌てふためいて、即刻ディオニソスに連絡がいった。
そこで彼女はようやく気付いた。神隠しにあっていたのだから、きっと何日かたっていて、誰にも何も話さずに出てしまったので迷惑を掛けたのだと。
アンヴァルもまず軍部に顔を出したら同じ現象が起きた。配下にディオニソスの居所まで案内を受けたら、ディオニソスはアリアンロッドを含めて話をしようと、連れだって彼女のところへ向かうことになった。
◇
「え!? 3ヶ月!?」
ディオニソスが話すには、ふたりはなんと、およそ三月のあいだ姿を消していた。ここで初めて聞かされたアンヴァルも唖然とする。
「そんな……今までどんなに長く旅先にいても、戻る時は短い間に帰ってこれてたのに」
きっとそんなものは神の気まぐれなのだ。そういうわけでディオニソスは神に隠されたのだろうと思ってはいても、ふたり揃って曲者にかどわかされた可能性もなきにしもあらずで、困り果てていた。
「ごめんなさい、ディオ様。あそこで神隠しに遭うとは……」
これを聞いたことでアンヴァルは、三月も無断で不在にして、自身が任されている隊の状況はどうなっているのかと、やっと気が回った。
彼としては、突然いなくなっても問題なかったと言われてしまえば、それはそれで自身の存在意義に関わるのがまた弱るところ。
「まぁ、実際は問題なかった」
そんなディオニソスの言葉に、アンヴァルはガクッと肩を落とした。これでも大聖女の護衛という仕事はしていたの……、と自己弁護したいが。
「しかしそれはある人物が、お前の穴を埋めるよう熟慮して回していたからだ」
「ある人物?」
ディオニソスは語る。
それは宮廷で働く某役人が、「ふたりは必ず無事に戻ってくる」と申告に来たところから始まった。
どうしてそれが言えるのかと彼に問うたら、力のある予言師がそう告げたと答えた。それに命を懸けてもいいとまで言った。
ディオニソスは彼を信じ、ふたりの捜索を止めておいたのである。
「予言師?」
「その者が大聖女に目通り願いたいと申し出ている。私としては、君さえ望めば是非とも」
アリアンロッドは真剣な表情で頷いた。
そこに促され入室した人物は。
「「……!」」
アリアンロッドとアンヴァルは目を合わせた。
ただ今入室してきた、背の高い、年の割に艶々とした肌の持ち主である彼は、大聖女から幾分離れた場に跪いて言上する。
「お初にお目にかかります、大聖女アリアンロッド様。私は軍事官長付き参謀を務めております、名をルーン=ディアメルと申します。あなた様に誠心誠意、この命尽きるまでお仕えいたす所存で参りました。どうぞ特段のお引き立て賜りますよう」
アリアンロッドは足早に、彼に歩み寄った。そして両手で彼の手を取り、めいっぱいの笑顔で、初対面かつ再会の挨拶をした。
「久しぶり!! こちらこそ、どうぞよろしく!!」
ルーン=ディアメルが配下に加わり数日、アリアンロッドは先のことをじっくり考えていた。
大人になったルーンと再会した瞬間、喜びと共に浮かび上がった記憶。
彼の顔立ちはかつて出会った可愛らしい女性に似ている。次に、彼女の隣の──、その“弟”の顔が頭を過ぎった。
“あの少年”が生まれ故郷を出て、大人になり、そしてアリアンロッドが未来のこの地に飛んだ時、偶然会った。
――――偶然? 違う。“あの人”はこの国を乗っ取る。あれは乗っ取ったこの地を、自分の脚で見回っていたんだ。
そろそろ軍から譲り受けたストラテジスト、ルーンとよく話し合うべきだと、彼女は前を向く。
◇◆◇
あくる日の夕暮れ時、王宮の隅を流れる川の岸にて、アリアンロッドが何をするでもなくぼんやり座っていた時だ。彼女の元にたまたま歌姫ローズがやってくる。
「アリアンロッド様」
「ローズ。久しぶりね」
「お隣、よろしいですかしら」
彼女は頷いたアリアンロッドの隣に座った。
「大聖女様が外をうろついて、下級貴族やその使用人にまで姿を見せてもよいのですか?」
「朝から晩まで籠ってなんかいられないわよ。歴代大聖女は偉大だわ」
「私もしばらく王宮併設の邸に住まわせて頂いてますので、現大聖女様がここに暮らす人々からどのように見受けられているか、存じております」
アリアンロッドにしてみたら、失望でもなんでもしてちょうだい、最近は城をギリギリ出ていないっていう譲歩してるのよ、という気持ちだ。
「……大聖女は、人と結ばれることなく、跡目を生むのですよね?」
そういう彼女の問いが、アリアンロッドには唐突に感じられた。
「確かに、聖女は死して次の聖女を生むけれど。繋がれるのは神の血であって、自分の血ではないの。愛しい人の血と交じり合うこともない……」
「神に仕えるため、愛しいお人と結ばれることのないとは、お気の毒です」
そこで彼女はおもむろに、懐からあるものを取り出した。
「アリアンロッド様にお会いするようなことがあれば、お渡ししようと思っておりました」
「うん? …………」
差し出されたそれは、艶めく真珠の連なったネックレスであった。アリアンロッドはじっと見つめて、すぐには手を出そうとしなかった。
「それは、ヴァルがあなたに」
「これ、あなた様に贈ろうと、アンヴァル様がお作りになったものなのです」
アリアンロッドは耳を疑った。
「ヴァルが、作った?」
「細かいことは分かりませんけど。旅先で、海に潜ってご自身で真珠を採り、ご自身で繋げられたようです。職人に教わりながら」
「そうなの??」
アリアンロッドには彼が、そういったことが好きだとも得意だとも思えない。
「でもたぶん、もしかしたら、ご自分で渡すのが照れくさくて、私に渡して欲しかったのではないかしら?」
彼女はそっぽを向いた。目を合わせようともせず、それを渡した。
アリアンロッドが手を出したものだから。
「綺麗なので私がいただこうかと思いましたが。やっぱり、作り主が贈るつもりだった方の元へ、届けられるべきですわよね」
アリアンロッドの、わぁきれい、と高らかに言いだしそうな顔を横目にし、彼女は立ち上がった。
「確かにお渡ししましたわ。本当に、ご自分でお渡しすればよいですのにね」
「ありがとう、ローズ!」
アリアンロッドの満面の笑みを受け取って、彼女は告げた。
「私、生まれ故郷に一度帰ろうと思います。もし私の歌をご所望されることがありましたら、いつでもお呼びくださいませ」
「ええ、また。故郷まで、気を付けて帰ってね」
アリアンロッドは彼女を見送った後、その真珠の飾りを首に掛けた。
その際もはじける笑顔になったが、胸の奥のまっさらな気持ちと向き合うには、いまだ時間を要するのだった。
「これを受け取ったこと、ヴァルにはまだ言わないでおこっと……」
第十章、お読みくださいましてありがとうございました。
ここまでしばらくアリアンロッドとアンヴァルの関係をブラッシュアップしてきたというのに、
次章、アンヴァルはほぼ出てこなくて、もう一人のヒーロー、ディオニソスとの距離を詰めていく(?)夢回(?)となっています。:.゜ஐ




