⑦ この男が来たからには
アリアンロッドは、ルーンに自分が予言師だと打ち明けたことを思い出した。
「うん、予言師の私が自信を持って勧める。……本当は私だって、別に予言師になりたかったわけじゃないの」
「なら、何になりたかったんですか?」
「……奥さん」
ルーンはその言葉を受け、顔が静止した。
「でも最近いろいろあって、少し感得したんだ。人にはそれぞれ神から与えられた役割があるんだって。そして、そのお役目の大きさに関わらず、神が造ったこの世界を生かし続けるためには、この世に生まれたすべての人の力が必要なの。だからそれが何であっても、まず自分にできることを……ってね」
「あなたは本当にふしぎな力のある人なんですね。素性を隠してこんな国の外れの領地に、何をしに来たんですか?」
「素性?」
「だって、あなたはどう見てもそこらの一般人ではないです。隠しているのでしょうけど、仕草に高貴な雰囲気が漂いますし……」
「そ、そうかなぁ~~」
アリアンロッドが照れ照れする。
ルーンは少し前から好奇心ゆえに、彼女のことをもっと知りたく思っていたが、やはり自分からあれこれ聞くのは憚られた。
「アリーさん、もしよかったら教えてください。あなたのことや、国の……」
「……っ!?」
あと小半時でふもとに着くというこの頃、前方から足音がズンズンと近付いていた。
「あっ……」
気付いたのが遅かった。
「ん? 何かいるぞ?」
「けものか?」
言葉を交わすそれが、男3人と判明し、ふたりは山賊の仲間だと悟った。
男たちはふたりの体格で女か子どもだと気付き、おそらく山の上から逃げ出してきたやつだと話しだした。
3人の大男とやり合う術はなく、ルーンがどこか逃げ道は……と考え出した時、アリアンロッドは声を張り上げた。
「確かに私は上のほうから逃げ出してきた女だけど」
ルーンは急な彼女の発言に、腰を抜かしそうになる。
「私は大人しく捕まるから! こっちの子は男子だから逃がして」
「アリーさん!?」
男たちはまたごそごそ話しだす。
無茶を言うアリアンロッドをルーンは止めたいが、想定外の出来事に弱いのは年齢ゆえの経験不足か、混乱して言葉が出てこなかった。
「大丈夫。私はここで死なないから。その、襲われたら……すごく困るけど」
アリアンロッドはひそひそとルーンに耳打ちした。
彼女は絶対に、アンヴァルが助けに来てくれると信じている。
「あなたは逃げて。そしてお願い、ヴァルを私のところに連れてきて」
男たちは女が抵抗しないならそれで、といった様子であり、うち一人がアリアンロッドをその場で担ぎ上げた。
「さっさと行こうぜ」
「おうよ」
「ま、待て……!」
上手に向かいだす輩たちの背に、か細くも力強い声がかかる。
男たちが振り向くと、ひょろっとした男子が、辺りに落ちていた長い主枝を両手で握り、構えている。
「彼女を離せ!!」
力の限り叫ぶルーンに、山の男に担がれるアリアンロッドはひやりとなった。「歯向かわず逃げて」と叫んでみたが、体勢のせいで大きな声が出せない。
ひとりの男がアリアンロッドを担ぐ者に、先に行けと指示し、彼女はそのまま連れていかれてしまった。
ルーンは日々の訓練通り、木の棒を槍に見立てて突き出した。しかし敵はふたりいる。いくら振ってもひょいと避けられ、繰り出された拳に横腹を殴打され、
「うっ……」
あっさり押さえ付けられてしまった。棒も取り上げられたが死に物狂いで反抗すると、固く地面に押し付けられる。そこから殴られ蹴られ、たちまち傷だらけになった。
それでも彼は諦めなかった。幾度蹴られようとも奮起し、「彼女を返せ」と叫び続けた。
しばらくすると声も出なくなった。そろそろ行くかと、彼の細い身体に乗っかった男が立ち上がる。その時、
「ぼ、僕、も……」
ルーンは息も絶え絶えに言葉を吐きながら、男の足を掴んだ。
「僕も、連れてけ……」
男はそれを非常に鬱陶しく思い、死なせても構わないといった勢いで殴り潰そうとした。
「っ……。!?」
ルーンが目を見開き、落ちてくる拳を目に留めたその時、疾風のような影が飛び込んできたのだった。
さらに、次の瞬間、大きな輩の図体が飛び、地に倒れ──
「うわぁっ」
仲間が吹き飛ばされ、驚いた山男はたじろぐ。
「……アン、ヴァル、さん……?」
「よく声を上げ続けたな。根性は認めてやる」
遠くに聞こえるルーンの叫び声を頼りに、アンヴァルはこの場に辿り着いた。残った山男が斧を振りかざしたが、アンヴァルはいちばんの得物、剣を携えているので、まったく敵ではなかった。
◇
アンヴァルはまずルーンに、手持ちの水筒から水を飲ませた。
「こいつらの意識は辛うじて残しておいたが、案内させたほうがいいか?」
足を蹴り続けられたことで、ルーンは立つのも厳しい状態だ。アンヴァルは彼を背負っていくことにした。
「深手を負った奴らに案内させても、遅くなるので、途中までは僕が案内します。でもその先は道を知らないので……。またこんな奴らに遭遇すれば聞き出せるかも……」
「そこまではどれほどだ?」
「あなたの足なら1時間です。ううん、僕を負ぶってたらもっとかかってしまうか……」
「とりあえずそこまで行ってみるか」
山をずいぶん上り、もうすぐふたりが捕えられていた中継地点に着くという頃だった。松明を掲げてウロウロする人影が見える。
「あっ!」
「おおっ!?」
口車にあっさり乗せられた、例の見張り男だった。
「おい、このやろう! なんで逃げてるんだ!」
「見張りがいなくなれば普通逃げますよね」
アンヴァルが背負っているルーンに振り返り、ルーンは頷いた。アンヴァルはいったん彼を降ろし、即座に見張り男をひっとらえた。
「とりあえず首領のところに連れていけ。さらわれた女はそこに行くんだろ?」
「ひゃっ、ひゃい……」
アンヴァルの凄みに、見張り男はこれっぽっちも抵抗できず。これ以上殴られたくなければ案内せざるを得ないのが現実だ。男は後ろ手に捕えられ観念したか、案外素直で、仲間の情報をそれなりに話してくれた。本当に祟りがあるのだろうか、ここは男しか生まれてこない地域らしい。山のふもとで女をさらっては男たちみなで共有し種を存続する、いわゆる婚姻形式は非常に前時代的だ。
「さっきの女もぐへへへ……今頃さっそく頭にぐはあっ」
「早く連れてけ」
見張り男はアンヴァルに蹴り飛ばされながら、死ぬ気で走る羽目になった。
◇
見張り男に連れて行かれた先は、山林間の岩窟の砦だった。
そこでは10人以上が寄り合い地べたに座り、久しぶりに女が手に入ったゆえか、上機嫌で酒を飲み交わしている。
「今度のはすんげえ上玉だなぁオイ!」
「うへへへ俺たちの嫁ぇぇえ」
「だが頭がいのいちだからなぁ」
その上座に頭領がいた。それがリーダーであると周りの男たちの態度で察することができる。
ルーンを背中から降ろしたアンヴァルは即、岩陰から飛び出し、いかにも山の男といった風貌の厳つい頭領を前にして、勇んで呼びかけた。
「今夜連れてきた女を返せ」
「……なんだぁ貴様」
酒宴が始まったところで腰を折られ、不愉快になった男はせせら笑う。しかしすぐに笑い止め、アンヴァルに「まぁ飲め」と酒を出した。アンヴァルは飲めないのでもちろん断るのだが。
多勢に無勢の不利な立場において、怯む様子のないアンヴァルを見て、頭領はなお、酒の肴に会話でも楽しもうと告げる。ともかく乗り込んできたふたりを大勢の力で屈服させるつもりは、“今は”ない、と言いたいようだ。
「返してやらぬこともない。遊びをしようではないか」
「遊び?」




