⑤ 運命が視えているので……
そしてルーンが一週間ほど頑張った結果は──。
「見てください!」
元気とやる気は十分な子どもだな、とアンヴァルは呆れながらも、アリアンロッドと共に、彼の作品披露に目をやる。
錠前の内部は閉じられた謎空間だが、鍵の先端は凹凸の壁になっていて、その進入を待ち受ける棒線状の穴が、錠前の横壁にある。
一目見た限りでは、どうやったらその鍵はその穴に入るのか、といったふうだが、ルーンは鍵を持つ手首を捻ってするっと差し込んだ。差し込んだらまた手首を捻り、鍵を回し入れる。更に更に捻り倒す。
そこまででも、アリアンロッドとアンヴァルは、いま何やった? どうやった? どうなった? と目を丸くする。
仕上げに、鍵をまっすぐ奥まで押し込んだら──、反対の側面から、かんぬきが飛び出したのだった。
「鮮やか~~! 中はどうなってるの?」
手品でも見せられたようなアリアンロッドに、ルーンも得意げな顔になる。
「秘密です。いえ、ご希望ならいくらでも説明しますが?」
これはいかにも複雑な設計だろう。ふたりはさらっと理解を諦めた。
「鍵も一応2本作りました。1本預かってください」
どこで使うかは未定だが、アリアンロッドはスペアを受け取った。
「これは試作品ですけど。本当は鉄で作るべきなんです、木製では衝撃に弱くて」
それでも初めて作ったにしては自信作のようだった。
その午後のこと。作業中、土が雪崩れて下半身が埋もれてしまった者が出たらしく、その仲間が手伝いを呼びに来た。
「私も行こうか?」
出向こうとしたアンヴァルにアリアンロッドは尋ねたが、狭い場だから大人の男だけで、ということだ。
「すぐ戻るから、お前たちは必ずここで作業していろよ」
実際、アンヴァルは詰めが甘い。
アリアンロッドがその場で大人しくしていたことなんてないのだ。
「私、あっちで木材を調達してくるわね」
こちらはこちらで作業を進めている中、アリアンロッドはルーンに声を掛けた。
「はい。僕もここを終えたら行きますから」
日暮れも近いが、山に入ったところでアリアンロッドは、木々を運ぶため割っていた。
そんな彼女に背後から忍び寄る大きな影が――。
「……?」
アリアンロッドは作業に没入していて、その気配をいち早く察せられなかった。気付いたのは、それが背後の草を踏む音だった。
「!!」
振り向くのすら既に時遅く、側頭部を殴られ気を失った。
「アリーさんっ!!」
そこにルーンはやってきた。この時の彼の視界には、アリアンロッドを殴った男がひとり。しかしすぐに木々の合い間から、男がふたり合流した。
「くっ……」
ルーンは持っていた斧を振り上げ、男たちに向かっていったがまったく歯が立たず、あっさり倒され、捕まってしまった。すぐに口と手を後ろで縛られ、助けも呼べずに。足は空いているが、敵の機嫌を損ねてアリアンロッドを傷付けられたらと思うと、これ以上の抵抗はできない。
「こっちは男だよなァ」
「男は要らねえよな。縛ったまま捨てとくか」
「ちょっと待て。よく見てみろ」
男のひとりがルーンの前髪を掴み上げ、顔を見せる。
「なんだコイツ、かわいいな……」
「だろ?」
ルーンも連れていくことになった。
大柄な男がアリアンロッドを担ぎ上げる。
「ほらよっ、お前も歩け!」
ルーンは手縄をかけられたまま、残りの男たちに引っ張られていった。
◇◆
「んん……ん?」
「うー、うー」
意識を取り戻したアリアンロッド。口と両手の自由を奪われもがくルーンを、下方から見上げる体勢でいた。
そして自分も後ろ手に縛られている。目線を動かすと視界には縦の、太い線が並ぶ。その線の向こうには篝火。狭いこの場は穴牢なのだろう。扉が縄で結び付けてある。
「うー、うー」
頭はまだぼんやりしているが、まずルーンを喋れるようにしないと、と、ひじに力を入れて起き上がる。そして後ろの手でなんとか、彼の口を封じる布をずり下げた。
「アリーさん、大丈夫ですか?」
ふたり、小声で話す。
「うん、ちょっと気持ち悪い……。まず教えて。今、何が起きてるの……?」
「鬼にさらわれました」
「鬼!?」
「静かに。この洞穴の出口脇に、見張りがいます」
アリアンロッドはきょろきょろと見回した。そこは小さな洞穴で、目の前に木の棒が格子状にはめ込まれている。
「鬼も格子牢なんて使うの?」
「あー、ごめんなさい。鬼っていうのは通称で。本当はよくある山賊なんです」
「え?」
「前、話しましたよね。町の若い女性をさらう……実はこの山に住む、人の集団なんです」
アリアンロッドは妖魔の類を想像していたので拍子抜けだ。
「でも厄介なんですよ。奴らは食料などを奪う山賊ではなく、女性だけを狙う誘拐犯で……」
彼が大人たちから聞かされた逸話だ。昔からこの山に住む民は、その部族だけで狩猟農耕をし、衣食に関しては不足なく暮らしている。しかしなぜか、ろくに女が生まれない。山の妖魔の祟りとも言われている。したがって伝統的に、ふもとの地域から女を調達する。
「さらわれた女性たちが逃げ帰ってくるという話もないので、もしかしたら山の暮らしでうまくやっているのかもしれません」
娘がさらわれた家ではもちろん悲しみに暮れるが、そのことで、地域の警備係りが出動するということもなかった。
「中には、食い扶持が減って喜ぶ家もあるとかで……」
「そんな……」
「山の上まで娘を取り返しに行った、ということもなくはないんです。すぐ近くですし。しかし、絶対に失敗して、すごすごと下山するのだと聞きました」
「それは戦って、歯が立たなくて?」
「それがまたおかしな話ですが、下山した人たちは無傷なので、力でねじ伏せる部族ではないようです」
「山賊なのに?」
「その縄張りで何があるのか知らされていませんが、僕は遊び感覚の愉快犯だと思っています。子どもを生む女性が欲しいのは確かでしょうけど」
アリアンロッドに寒気が走った。つまり子を生むためにさらわれたということだ。
「僕たちを連れてきたのは3人。頭領の待つ処まで、まだ結構あるみたいです」
彼は連れてこられる間、山賊の会話を聞いていた。他の仲間と合流するため、ここでいくらか待つと話していた。
「あなたを守れなくて、申し訳ないです……」
「私も油断し過ぎてたし、大人の男3人相手じゃ仕方ないよ。これがもしヴァルであっても……まぁヴァルなら3人は楽勝か、さすがに」
後でまた彼に文句を言われそうだ、と思った。それも無事に帰れたらのこと。
「あなたがさっき殴られた時、もし死んじゃってたらどうしようって……。僕のせいで……」
ルーンのつぐむ唇は震えている。腕に自信はなくとも彼は、人を守りたいと強く願っている、アリアンロッドはそう感じた。
「大丈夫。内緒だけど……、私、予言師なの」
「えっ??」
「私はね、何があってもここで死なない。だって死に場所が決まってるもの。自分の運命が視えているから」
彼は目を白黒させる。世の中には眉唾の予言師や占い師が大勢いるが、彼は彼女を信じてもいいのだろうかと、疑惑の目を向けた。
「じゃあ、あなたはいったい、どこで死ぬんですか……?」
「戦場よ」
「戦場? 戦争なんて、この国で……めったに起きませんよ……」
「そう思うわよね。でも、いつか……ううん、そう遠くない未来、あと20年もしないうちに必ず起きるのよ。私には視える。だからね」
アリアンロッドはにっこり作り笑いをし、宣言する。
「ここは絶対無事に出られるし、逃げられる。でもそれが、どうやってかは分からない。ヴァルが助けに来てくれるのを待つ? それとも、ふたりで考える?」
この問いかけに、彼は緊張感に満ちた視線をまっすぐに投げかけた。
「ふたりでなんとかしましょう」




