Happy Birthday(巡視点)
高校生男子・巡の一人称のため、かなり下ネタが多いです。
苦手な人はご注意ください。
九月十日。この日はオレにとってとても大切な日だ。
「ハッピーバースディ、奏乃」
なぜなら、この日は大好きな人が産まれた日だからだ。
オレは部屋の隅でこっそりと一人で祝う。こうやるようになって何度目だろう。
しんみりとした気持ちでいたのにそれをぶちこわす不届き者がいた。肩にいきなりの重みを感じてよろけたが、どうにか耐えることができた。
「巡くん、なにしてるのぉ?」
こういうことをしてくるヤツは一人しかいない。姉の円だ。
「いきなりなにするんだよっ」
円はオレの抗議を華麗にスルーして先ほどと同じ質問を繰り返した。
「巡くんは部屋の隅っこでなにしてたの?」
「なにって、別になんだっていいだろ」
「やっだー、巡くんってば、やらしー」
「うっさいな。健全な高校生つかまえてなにがやらしーだっ! 襲うぞっ」
オレの冗談の言葉に円はさらに乗っかってくる。胸元をはだけさせ、谷間を見せながら、
「あたし……初めてなの。優しくしてねん」
わが姉ながら馬鹿だ。男相手にいつもそうやって色気をばらまきまくってるから、やられ逃げばかりされるんだろ。
「……嘘つきだな」
「あーん、巡くんってば、家族相手とは、は・じ・め・て、だからぁ」
「初めてじゃなかったらおまえ、軽蔑するぞ」
「いやん、巡くんったらぁ、冷たいんだからぁ」
……男ならだれでもいいのかよ、こいつは。思わず深いふかーいため息が漏れる。
「巡兄ちゃん」
オレと円のところへ、邪気のなさそうな歳不相応にかわいらしい表情をした弟の輪が近寄ってきた。口元だけ見たら女の子なのではないのかと勘違いするような、さくらんぼみたいな張りと艶を持った唇に指をあてながら輪は口を開いた。
「女の子ってどうやったら悦んでくれるのかな」
をい、ちょっと待て。今、明らかに「喜ぶ」ではない方のニュアンスだったよな?
「って、おまえ、中学生のくせにっ」
輪は天使のような笑みを浮かべ、腹黒いことを口にする。
「やだなぁ、巡兄ちゃん。女の子は僕に抱かれるために存在してるんだよ?」
……鬼畜過ぎる。こんなかわいい顔して、どうしてこんな性格になってしまったんだ。
「そこにいる色情魔に聞け。ただし実践はなしだぞっ!」
オレの上にのしかかっていた円はようやく降りてくれて、輪の腕にまとわりついている。そして輪の顔を見上げながら、
「巡くんってば、色情魔なんて言い方ひどくない?」
「巡兄ちゃん、まだ経験がないからってやっかみだよねぇ?」
うるせー、黙れっ。
オレにはもう心に決めた人がいるんだ。おまえらみたいにだれでもいいなんて無節操な貞操観念は持ってないっ!
しかもこいつら、ちょっとばかし人より顔がいいからってそれを悪用してやりたい放題しているのだ。そう思ったら頭が痛い。
長女の環と長男の周は普通なのに、どうして円と輪はこんなにも倫理観が薄いんだ。そのせいでオレは妙に身持ちが堅くなってしまったというか、あいつのせいでというか……。
「……やりてー」
オレのつぶやきに対し、輪と円は同時にツッコミを入れてくる。
「無理矢理、襲っちゃえばいいじゃん」
「そうそう。我慢は身体によくないよ?」
ああ、この二人の前でつぶやいたのが間違いだったよ!
「出来るかよっ」
「もー、巡くんってば、見た目によらず乙女なんだからぁ」
「そんなだから別の男に盗られちゃうんだよ」
耳に痛い言葉だ。
ああ、ほんっとにわれながら妙に乙女チックだと思っているよ。
からかっていればあいつに触れることは出来るのに、いざとなると心臓が破裂しそうになって動けなくなる。あいつは人一倍鈍いから好きだとはっきり言わないと分からないのは分かっているのに……。
「……言えねぇ」
「巡兄ちゃん、上手な襲い方を教えてあげるよ?」
輪はいい笑みを浮かべ、恐ろしいことを平気で口にする。オレ、女じゃなくてよかった!
「ってか、輪! もしも奏乃に手ぇ出したら、あそこちょん切って八つ裂きにしてやるからな!」
女ならだれだっていいという無節操さも持っているこいつだ。かわいい奏乃がこいつの毒牙にかかるなんて耐えきれない。
「そんな恐ろしいことしないよ。僕だってもっと『この子』と楽しみたいもの。だからね、コンドームは必須だよ?」
輪は微笑み、自分の股間を示しながらポケットから色とりどりのコンドームを取り出してオレに見せる。
「輪くん、かわいいの持ってるじゃない。あたしにもちょっとちょうだいっ」
「うん、いいよ。この間試して……これが良かったなぁ」
「へー、こんなのがあるんだぁ」
そんな二人に殺意を覚える。
人知れずに闇に葬れる能力を持っていたら、オレは一番に輪と円に力をふるうな。
……高校生にもなって未だに厨二病ってどうにかしているよな。
「おまえら二人と血が繋がっているかと思うと憂鬱になる」
「うふふ、『人の振り見て我が振り直せ』って言うでしょ」
「おまえが言うなっ!」
「巡兄ちゃんは僕たちのようになったらダメだよぉ?」
「なるかっ! 一緒にするな!」
思わず怒鳴りつける。興奮のあまり肩で息をしてしまう。
「巡兄ちゃんも貧乏くじを引いたもんだよねぇ。よりによって一番大変そうな子を好きになるなんて」
「でもまあ、ふわふわしててかわいいわよね」
「僕はどちらかというと、もっと大人しい子が好きだなぁ。そういう子を調教して淫乱な女にするのが最近、楽しくて。僕の前でだけ欲望に忠実なんだよ?」
黙れ、鬼畜中学生っ!
オレは円と輪の頭をはたき、立ち上がる。
「皆本家の恥めっ」
「やーね、負け犬の遠吠え。人生、楽しんだ者が勝ちよ」
オレは今、充分に楽しんでいる。基準をおまえらと一緒にするなっ!
「お風呂、上がったわよ。次、だれが入るの?」
環の声にオレは手を上げる。
「オレが入る」
「じゃあ、巡兄ちゃん一緒に」
「冗談じゃねえ。一人で入るっ」
立ち上がった輪に蹴りを入る。
「巡兄ちゃん、相変わらず的確な蹴り……」
輪がもんどり打っているのを尻目に、オレは慌てて風呂場に向かう。家には安らぎがない。オレは素早く風呂に入り、勉強をすることにした。
◎◎◎◎◎
奏乃との出逢いは、中学校だった。
しかし実は、小学校の時から奏乃のことは知っていた。
町内会の行事だったと思う。それがなにだったか思い出せないのだが、女の子が一人、道の端に突っ立ってぼんやりとしていた。どうしてこんなところにいるのかといぶかしく思い近寄ってみると、地面の上にお菓子が散乱していた。女の子はじっとそれを見つめていたのだ。
『どうしたんだ、それ?』
オレの問いかけに女の子は顔を上げ、こちらを見た。
その顔は泥だらけで、さらにはぼさぼさになった肩くらいの長さの髪の毛にも泥がついていた。着ている服も思いっきり泥まみれだし、手足も泥だらけ。スカートからのぞく膝小僧もすりむけて、血がにじんでいた。
『えへへ、転けちゃった』
女の子は照れ笑いを浮かべた。しゃがみ込み、転けたときにつぶしてしまったと思われるお菓子を拾い始めた。
『お菓子さん、ごめんね。痛かったよね』
自分は泥だらけになってあちこちすりむいて血を流しているにもかかわらず、女の子はお菓子を気にしていた。
『お菓子なんていいから、傷の手当てをしろよ』
ピントのずれた女の子にオレはなぜかいらだちを覚え、しゃがみ込んでいる腕を引っ張った。
『だってこの子たち、わたしのせいですっごく痛い目にあったんだよ? 拾ってあげないと、かわいそうだよ』
『そんなの、後でいいだろう。それよりも』
『後じゃ嫌なの!』
思った以上に強い拒否の言葉にオレは驚く。
『かのー』
そこに、女性の声が聞こえた。だれかを探しているようだ。その声は近くなり、オレたちのところにやってきた。
『奏乃、こんなところにいたの? まあ、どうして泥だらけになってるの!』
どうやら女の子の母親らしい。女性は駆け寄り、女の子についた泥を払っている。
『転けたら、この子たちをつぶしちゃって……』
『だから母さんが持っておいてあげるって言ったでしょ』
『だけどぉ』
『つぶれちゃったのは仕方がないでしょ。それより、傷の手当てをしますよ』
『やーだー! わたしよりお菓子さんたちの手当てをしてあげてよぉ』
『馬鹿なことを言ってないで!』
女性は女の子を抱え、歩き始めた。
『やーだー! お母さんの意地悪ー!』
自分のことよりもつぶしてしまったお菓子に執着する女の子の気持ちがまったく分からなくて、オレは呆然と見送るしかなかった。
そして次に見かけたのはどこかのコートを借りて、近隣の町内会対抗のドッジボール大会をした時だった。男子チームと女子チームに分かれ、オレたちのチームは決勝戦まで勝ち進んでいた。
自分で言うのもなんだが、オレは小学生の頃からもてた。だから周りからちやほやされることには慣れていたし、それが当たり前な状況だった。
オレの町内の女子チームは早々に敗退していたらしく、決勝まで進んだオレたちを応援にきていた。ほとんどがオレ目当てだったらしく、口々にオレの名を呼んでくれている。
「相変わらずもてるな」
「当たり前だろ」
そんな会話をしていると、視界の端にぽつんと立っている女の子が見えた。ぼんやりとどこを見るともなく見ている、おかっぱ頭の取り立てて特徴のない女の子。女子の輪に入れないのかなとなんとなく気にはなった。普段ならそんなこと思いもしないのに。そしてその女の子があのお菓子を気にしていた子だと気がついて、なぜか動揺したのを覚えている。
決勝戦が始まり、女子はオレの名前を連呼している。ホイッスルが鳴り、試合が始まった。オレは夢中でボールを避け、取り、投げた。オレの活躍のおかげで押し気味だ。
試合中だと言うのにふとした拍子にさっきの女の子が視界に入り、気になった。女の子は参加賞でもらったお絵かき帳を開き、必死になってなにかを描いている。さっきまでのぼんやりした表情ではなく、すごい真剣な表情で。
思わず見とれ──ボールをぶつけられた。
「こら、巡! よそ見するな!」
「悪いっ」
外野に出て、挽回するためにボールを投げる。しかし、まったく当たらない。また、視界の端に女の子が映った。
女の子は必死に下を指さしている。
……下?
オレはジェスチャーで下を指さす。すると女の子はうなずき、足を指し示す。
ああ、そういうことか。
オレは回ってきたボールを下から投げた。すると今度は面白いように相手に当たり始めた。オレが内野から外野に出たことで押されていたのが、内野に戻ったことで形勢逆転して──相手チームの内野全員にボールをぶち当て、見事に優勝することができた。オレはチームメイトと応援の女子に取り囲まれ、もみくちゃにされた。
さっきの子は、だれなんだろう。女の子がいた場所に視線を向けたが、すでにいなくなっていた。いたらきっと、オレは駆け寄ってお礼を言っていただろう。その時に一緒に名前も聞けたのに。残念に思っていたが、疑問に対する答えは少し後に知ることとなる。
校内写生大会が行われ、金賞だった子たちが朝礼の時、前に呼ばれていたのだ。その中にあの女の子がいた。そこで初めて、名前を知った。
下瀬奏乃。
オレの一つ下。
おかっぱ頭のどこにでもいるような女の子。それなのに気になって仕方がない。どうしてこんなにも惹かれているのだろうか。
気がつくとオレはあの女の子を探して、見つけては目で追っていた。
見ているとはらはらするほど鈍くさい。ぼんやりとしていて、とらえどころがないふわふわした感じ。絵が描くことが好きみたいで、いきなり立ち止まったかと思うとランドセルからノートと鉛筆を取り出して描き始める。その途端、それまでのほんわかした空気が急にぴんと張り詰めるのだ。ぼんやりしていた表情は引き締まり、視線は鋭くなり、ちょっとしたことも見逃さないと言わんばかりの表情になる。そのギャップにオレはますます目が離せなくなった。
小学校にいる間、オレはなにかあるとずっと奏乃を探していた。小学校を卒業して中学生になり、奏乃を目にすることがなくなってつまらなく思っていた。しかし、オレが中学二年生になったとき。奏乃が同じ中学に入学してきた。そして美術部に入ったと知り、近づきたくてオレも追いかけて入ったのだ。
話してみると、これがまた、今までオレが知っている女たちとは違っていた。オレが近づくと女は喜ぶのに、奏乃は迷惑そうな表情でオレを見ていた。
なんだこいつ、面白い。
ちやほやしてこない女は初めてで、それが激しく新鮮だった。オレが近づくと迷惑そうな顔をしながらも拒否しない。そして妙に無防備なのだ。近寄ればそれだけ近づける。妙に純粋で触れると穢してしまいそうで、怖くて近寄れなくなる。そこが危なっかしくて見てらんない。だけど目が離せない。からかうと面白いくらい素直に反応が返ってくる。
頬は驚くほど柔らかい。大きめな胸もどさくさに紛れて触れてみれば、ぷにぷにとしていて揉み心地が良さそうだ。とがらせる唇もかわいらしい。それってキスしろって言ってるようなもんだよななんて思いながら、気持ちをそらせるために口をつかんで遊んでみた。
◎◎◎◎◎
「あー、マジでやりてー」
昔のことを思い出しながら家でごろごろしていたら、円が上に乗りかかってきた。
「あんたが我慢するなんて、恐ろしすぎる!」
「うげっ。円、ちょっと最近、太ったん──んぎゃああああ!」
「あんたね、女に向かってなんてこと言うのよ! えーい、罰だ!」
円はオレの上でさんざん飛び跳ね、降りるときにお尻を思いっきり叩いてくれた。
「ってーな。もう、なにこの凶暴姉貴」
「失礼なことを言うからでしょ。それに、我慢してるあんたなんて気持ちが悪すぎ! やりたいのなら、とっとと襲っちゃえばいいじゃない。輪くんがやり方、教えてくれるわよ」
健全たる高校生、やりたいに決まっている。だけどな。
「一方的だとか無理矢理はオレの美学に反する」
「ぶーっ。び、美学! なにそれ! もー、あんたは相変わらず、厨二病患者ね」
好きに言えばいい。
「輪くんじゃないけど、そんなだからあんた、他の男に盗られちゃうのよ」
「あれは……ちょっとしたミスだ」
「ちょっと? 明らかに痛恨のミスでしょ」
痛いところを突くな。
ああ、分かってる。まさか上手くいくとは思ってなかったんだ。
いつまでもうじうじ見てるのが耐えられなくてけしかけたけど、相手はもてもての土井先輩だったから断るだろうなと思っていたんだ。それがまさか上手くいくとは思わなかった。
というか、あいつ、絶対にオレのこと意識して奏乃の告白を受け入れた! オレが奏乃にちょっかいを出してなかったらあいつは断っていた! ほんっと、むかつくヤツだ。
だけど奏乃が例え別の男を見ていても、オレは離れられなかった。あいつはほんと、危なっかしい。ちょっとばかり、妹のような気持ちも持っていた部分もあった。
「巡くんって要領が悪いところがあるよねぇ」
「……おまえと輪みたいな外道なこと、できないからな」
「ほーんっと、ひっどーい」
とは言うけど、こいつらだってわざとこういう役目を果たしている部分もあるんだよな。損な性格をしている。
「そーいえば、サッカーが上手な土井くんだっけ?」
「ん、ああ。奏乃が今、付き合ってるヤツだけど」
円の口からいきなり、土井先輩の名前。なんだか嫌な予感がする。
「やっぱり、そうか。うーん、円ねーさんが腐ってる巡くんのために、特別に情報を教えて、あ・げ・る」
そういって円はウインクして、投げキッスをしてきた。
「……うぜー」
「ひっどーい! じゃあ、もう言わない」
気にはなったけど、こういうとき相手にすると図に乗る。だから無視した。
「もう、巡くんったら、意地悪っ」
「意地悪はオレの専売特許らしいからな」
奏乃にいつも意地悪と言われているから、どうやらオレは意地悪らしい。
「とりあえず、あんたのためじゃないんだからね! これはかわいい奏乃ちゃんのためなのよっ!」
明らかにツンデレなセリフを吐き、円は予想通りのことを口にした。
「土井先輩、二股どころか何人も女がいるらしいのよね」
「そんなの分かってたよ」
高校の頃から男には評判が悪かったもんな、土井先輩。目当ての女の子を盗られたという話はよく聞いていた。
分かっていたのに、オレは奏乃を喜ばせたくて奏乃のスケッチした気になるフォームをあいつに教えて、株を上げさせた。罪作りだよな、オレも。
「めーぐーるー! あんたっ! 分かっていながら、奏乃ちゃんをあんな狼にっ!」
「心配するな。奏乃の超天然危険物っぷりを知らないからそう言えるんだ」
あいつのあの無防備さは逆に男を躊躇させるには充分過ぎるんだぞ。だからオレだって何年も手を出せないでいるんだから。土井先輩なんてもっと女慣れしてるから、絶対にあの奏乃の天然ぶりに手を焼いているはず。
「奏乃をなめんなよ」
「わかんないわよー。奏乃ちゃんだって女だもん。あんなエッチな男に迫られたら嫌って言えなくて、あーれーって」
その一言にまさかと思い、勢いで聞いていた。
「……円、おまえ、土井先輩と……?」
「あったりまえじゃーん。いい男を見つけたら、即食べる!」
……ああ、どっちも最低だ。
「だから、早いところあんな男から奏乃ちゃんを救い出さないと」
「オレは奏乃を信じてる。もしも奏乃の処女を奪われてもだ!」
「……巡くんってたまに最低なことを平気で口にするわよね」
軽蔑した視線を向けられたけど、そんなのしらねぇ。
「オレは童貞なわけだし!」
「……しかもそこ、威張るところじゃないから!」
「なんでだよ! 女なんてただ面倒なだけじゃないか! オレは奏乃一筋! 奏乃のために童貞を捧げる……!」
「……なに、この乙男」
しっかし、ほんっと最低だよな、土井先輩。あいつを信頼してではなくてオレは奏乃を信じているから託したんだ。
手さえもまだ繋いでないってところを見ると、オレの方がかなりリードしているわけで。
「くくく……。勝つる!」
「なにが『勝つる』よ。エッチなクセに手を出さないなんて、女側からすれば『あたしってそんなに魅力がないのかしら?』って不安になるものよ」
「そんなことない! 奏乃のほっぺは柔らかくてすべすべだし、おっぱいも思ったよりあるし!」
「……最低」
あー、ムラムラしてきた!
「とにかく、あたしが見ていて心臓に悪いから、早くあの魔王からかわいい奏乃ちゃんを救い出してよ」
「言われなくても分かってるよ。きっかけがないと無理だな」
「きっかけなら、あたしがいくらでも作ってあげるわよぉ」
円に任せていいのか分からないけど、言わなくてもこいつは勝手にやる。
「お願いはしないけど、なにか進展があったら、知らせろよ」
「はーいはい。かわいい弟には弱いのよねぇ」
そう思っているのなら、もうちょっと目に刺激の少ない服を着ろよ、馬鹿姉貴っ! 家だからって無防備にノーブラでネクリジェ一枚というのはどうなんだよ。乳首透けて見えるぞ。
それにしても、最近の奏乃は元気がない。そろそろヤツが本性を現し始めたのか?
それからしばらくして、円から連絡が入った。
曰く、明日と明後日、夕方に土井先輩とべったりひっついてバスに乗るから奏乃に目撃させろって。二日に分けたのは、タイミングがずれた時の保険だとか。そういうヤツなんだよな、あいつは。
ということで、無理矢理口実を作って奏乃にバスに乗っていちゃべたしている土井先輩と円を見せた訳だが……。わが姉ながら、エロい。土井先輩も鼻の下を伸ばし過ぎだろ。
当たり前だけど、奏乃はショックを受けている。円の仕込みなんだけど、知っていてもオレだって怒りで脳みそが沸いてきそうになる。
いいだろう、おまえがそういう男なら、オレはおまえから奏乃を奪う! 正確には、奪い返す!
こういう時のために土井先輩の連絡先を本人から聞いておいたんだよな。ふふふ、オレが意味もなく野郎と仲良くなるわけ、ないだろう! ふはははは!
『明日の十六時に河川敷で待つ』
うん、シンプルな果たし状だ。送信っと。
あいつと奏乃との間でもなにかあったらしく、神妙な返事が来た。
『分かった。サッカーで決着をつけよう』
ふふふ、いい返事だ。練習試合ではいまいち、勝敗がつかなかったからな。
「ふははは、オレは勝つ!」
「そこまで持って行けたのは、あたしのおかげよ!」
「わかってるって」
「お礼は?」
偉そうに胸を張っている円を見て、ため息がこぼれる。
「お礼ってこうすればいいのか?」
突き出している胸をつかんで指先に力を入れてやる。
「ああんっ。巡くんってば、ほんとにどーてーなの? その手つき、超やらしいんだけど」
……どうやら、変に悦ばせてしまったらしい。
「悦ぶな、ヘンタイめっ」
ああ、どうせなら奏乃のおっぱい、触りたい……。
◎◎◎◎◎
放課後。
ヤツは律儀にも約束の時間五分前に河川敷にやってきていた。サッカーボールも用意してきている。
「さすがだな、土井先輩」
「おまえには言われたくないよ」
河川敷に作られた、フィールド。サッカーゴールはあれどもネットは破れ去ってない。
「一点を入れた方が勝ちな」
と土井先輩は自信満々に言っている。
「あんたが点を入れたとしても、奏乃は返してもらう」
おれは土井先輩に向かって指をさした。
「皆本……だったらおまえ、奏乃をたきつけるなよ」
「うるさいな。おまえが受け入れなければオレが慰めて彼氏のポジションをゲット出来ていたのに!」
「おれを利用しようと……?」
「当たり前だろう! オレがどれだけの想いでずっと、奏乃を見つめていたのか、分かるか?」
「馬鹿だな、おまえ」
おまえに言われたくないっ!
「でも、皆本の気持ちも分からないでもないよ」
同意されても困る!
「安心しろ。手も繋いでないし、キスもしてない」
「当たり前だ! 手はオレが先に繋いだからな!」
言い合いがだんだん、小学生レベルになってきているような気がしたが、男ってのはそういうもんだ。
「手は繋いでないけど、抱きついたぞ」
「なぬー! オレだって! 奏乃のおっぱいだって触った!」
「なにげに手が早いな、おまえ」
悔しそうな土井先輩を見て、勝ったことを確信した。優越感に浸っていると、土井先輩はボールを弾ませて高らかに宣言をした。
「じゃあ、おれから行くな」
というなり、あっという間にキックオフ。
さすがに大学に入ってさらに高度なサッカーにもまれているらしく以前よりも動きがいい。オレみたいな小手先の技術しかもたないヤツでは歯が立たない。それでも、こいつに勝って奏乃を奪い返さなければならないのだ。
スライディングにルール無用の体当たり。それでもこいつはまったく動じない。プライベートは最低最悪なヤツだけど、サッカーの技術は確かだ。だから奏乃もあんなにこいつにこだわったんだ。
サッカーで勝負なんて、そもそもが不利だった。だけどそれだからこそ、オレは負けられない!
オレが善戦しているのか、土井先輩が手を抜いているのか知らないけど、かなりいい勝負だ。なかなかどちらもシュートを決められない。
そうやって勝負をしていたら、やたらにケータイが鳴る。あまりのしつこさに、ストップをかける。
「ったく、だれだよ……」
文句を言いながら着信名を見ると、野原だ。留守電までご丁寧に入っている。聞くと……。
「土井先輩、勝負はお預けだ。奏乃が倒れた」
「奏乃が……?」
「ったく、考えるなってあれだけ言ったのに……。あ、先輩とは別件だから、心配するな。じゃあな」
オレは泥だらけになった服をはたきながら荷物を拾って学校へと向かおうとしたところ、
「皆本」
呼び止められた。
「奏乃を、頼む」
オレは振り返り、土井先輩を見る。
「おれはあいつの『好き』という気持ちを利用していた、悪い男だ。おまえはその点、奏乃のことを考えてくれている。だから──」
「あんたにそんなことを言われなくても、奏乃を大切にするよ」
泥だらけなオレに対して、土井先輩は乱れてもいない。実力は歴然としている。だけどそんな人を相手にして点を入れさせなかったんだから、オレはすごいだろう。
「……おまえの勝ちだよ」
投げ捨てのように言われた言葉は腹が立ったけど、オレは土井先輩がむっとするくらいの笑顔を見せて、余裕綽々で去ってみせた。男の意地だ。
だけど実際は……。
「いてぇ……。河川敷でスライディングなんてするもんじゃないな」
上下ともにぼろぼろになっているのが分かった。ああ、かーさんにこっぴどく叱られるな。
保健室に奏乃を迎えに行くと、ぼろぼろになってるオレのことをやたらに気遣ってくれた。
野原の話では美術準備室の扉の前で倒れたということだったから、あの件の真相に気がついてしまったのだろう。ぼんやりしているかと思ったら、意外に鋭くて困ってしまった。
しかし、奏乃にちょっかいを出すあいつらがいけないんだ。一生懸命描いたものを切り裂いたり、その哀しみを乗り越えた上で出した作品で賞を取ったのに、額縁を壊すとか。
額縁の件はやられるのは分かっていたから篠原先生と共謀して仕掛けを施して罠にはめた。見事に引っかかってくれて、さすがに見逃すわけにもいかなくて自主退部してもらったのだが、そもそもあいつらは素行が悪かったみたいで、人によっては退学だったり転校をさせられた。分からないようにこっそりとしたはずなんだが、だれかが奏乃に話をしたんだろうな。
まあ、そんな原因の一因を作ってしまったオレとしては自分のしでかした不始末の後始末をしただけだからいいんだが、奏乃を巻き込んでしまったことは申し訳なかった。
だけどオレが側にいることでまた、奏乃に迷惑をかけてしまうと分かっていても、離れることはできなかった。あいつが他の男を見ていても、それでも側にいたかった。
家に帰ると、案の定、かーさんと環に怒られた。
「こんの馬鹿息子っ! とっとと風呂に入ってこいっ!」
この家で一番怖いのはかーさんだ。親父は完璧に尻に敷かれている。それでもオレは両親を尊敬している。頭が上がらない。
お風呂に入ると激しくしみて、泣けた。パジャマに着替えて逃れようとしたのに見事につかまり、大げさに包帯を巻かれた。
「うわーっ! しっ、しみるって!」
「ったく、サッカー部の先輩に喧嘩を売ってタイマン張るなんて、無理に決まってるでしょ! ほんっと、あんたが一番の馬鹿よ」
五人の中で一番馬鹿なのは自覚している。言われなくても分かっている。
「下瀬さんところの娘さんよね。あそこは一人みたいだから、婿入り決定ね」
この家にはプライバシーというやつはない。なんでも筒抜け、バレバレだ。
「円が言ったのかよ」
「寝言で『奏乃』って言ってたし」
……オレ、どんだけ奏乃に入れ込んでるんだよ。
「巡は意外にも普通の子を選んだのねぇ」
恐るべし、町内! かーさんも環も奏乃のことをしっかり知っているようだ。
「母さん、知らないからそう言えるのよ。あの子、意外にも怖いもの知らずなのよ」
環は奏乃のことを知っているらしく、笑いながら口を開く。
「ほら、あそこの悪ガキがいるじゃない」
「えーっと、鈴木さんのところ?」
「そうそう。身体が大きくていろんな子に意地悪してて。巡も喧嘩したこと、あるでしょ?」
言われて、思い出した。身体が大きいことを武器に力任せになんでも自分の思い通りにしようとしている乱暴な男。オレにも喧嘩をふっかけて来たけど、あっさりとやっつけてやった。それ以来、あいつはオレに絡んでくることはない。むしろ、オレの姿を見て逃げるほどだ。失礼なヤツめ。
「奏乃ちゃん、鈴木くんに向かって乱暴はやめなさいよって言ってたのよ」
ああ、そういう無鉄砲なところがあるんだよな、あいつ。
「鈴木くんは男女問わず乱暴をするから、奏乃ちゃんも押されて倒れたけど、それでも果敢に向かっていってたわ」
怖いもの知らず過ぎて、聞いているだけでもはらはらする。
「巡も将来、奏乃ちゃんに尻を敷かれるわね。まあ、巡は意外に情けないところがあるから、ちょうどいいんじゃないかしら」
奏乃に怒られてる自分を想像して、なんだか妙に幸せな気分になるオレ、おかしいか?
「呆れたように罵られるの、いいな」
「……馬鹿だわ」
そんな馬鹿な会話をした週明け。
登校中に奏乃を見かけた。土曜日は思いの外、元気そうだと思ったのは気のせいだったのか。それよりもオレ、どさくさに紛れて告白しようとしたし、迫ってしまったのを思い出した。傷ついているところにそんなことをしてしまって嫌われても仕方がないよなと思ったけど、放っておけなくて声を掛けた。
「嫌い。巡なんて、大っ嫌い! もう、側にいないで」
──やっぱり、な。とうとう、引導を渡されてしまった。
それでも側にいようとしたけど、全身で拒否されてしまえばさすがのオレも痛い。オレだってそこまで無神経じゃない。
気にしながらもオレは、奏乃の側から離れた。
──だけど、さ。
奏乃に嫌われても、どうしても諦めることは出来なかった。
どうしてこんなにも奏乃に惹かれるのか。
オレはストーカー状態で奏乃に見つからないようにこっそりと見守った。
あいつはずっと、絵を描いていない。絵を描くのを辞めたらキスするぞって脅したのに、やっぱりあの時、遠慮しておでこじゃなくて口にキスをしとけばよかった。
「──やりてぇ」
われながら、最低だ。
輪が聞いていたら天使の笑みを浮かべて『僕がレクチャーしてあげるよ』なんて言うんだろうな。
世の中には他にも女がいるのに、ここまで執着するのもどうかと思うよ。
そして、あっという間に卒業式。
久しぶりに奏乃をまともに見たらやっぱり、諦めきれるわけ、ない。
あいつは「想いは言葉にしないと伝わらない」って言った。ダメ元で告白するしかないだろう。
美術室での送別会が終わり、奏乃はごみを捨てに行った。
──チャンスじゃん。
「オレが鍵を掛けて帰るから、先にいいよ」
「でも、卒業生に頼むのは」
「いいから。こう見えても名残惜しいんだよ」
適当に理由をつけて、美術室から人を追い出した。奏乃の荷物はまだ、美術室に残っている。絶対に戻ってくる。
準備室に隠れて奏乃が帰ってくるのを待った。
隣の部屋が開く音がした。
よし、オレ、行け!
心臓が口から出てきそうなほど、緊張している。
オレの一世一代の告白だったのに、奏乃は思いっきりぼけてくれた。
予想外だよ、奏乃。
しかも、どうして篠原先生がそこで出てくるんだよ。勘違いも甚だしい。
オレの好きなヤツを勘違いしてるなんて、もう、どうすればいいんだか。
キスをしたら嫌がるそぶりをしないってことは、脈あり、か?
「奏乃、好きだ。ほら、奏乃も素直にオレが好きって言えよ」
一度キスをしたら、止まらなかった。なにかを言おうとしてる奏乃の口をふさぎ、何度もキスをした。
奏乃はようやくタイミングを見つけ、
「巡、好きだよ」
と告白してくれた。
今年の奏乃の誕生日は、二人で迎えられる。
「今日はオレたちの愛が生まれた日だな。──ハッピーバースディ」
オレの言葉に、奏乃は笑った。
【おわり】
こちらの話はこれで終わりです。
お付き合いいただきありがとうございました。
またどこかでお会いできることを夢見て。
倉永さな 拝




