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画面の向こうで僕らは笑う【旧版】  作者: 中村ゆい
第三章 大垣晴の過去
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3-9 告白(2)

 顔を洗ってから、戻っていった三人に遅れてヒロの部屋に行くと、芙雪くんがゲーム機の本体にソフトをセットしているところだった。

 タイトルを見ると、ここ数年人気の冒険系RPGゲームの新作だ。

 私にコントローラーを手渡してきた芙雪くんが、はにかみながら話してくれる。


「本当は自分のチャンネルで実況するために発売日に予約してたんですけど、家に届いたらみんなで遊びたくなっちゃって。こういうジャンルのゲーム、苦手だったらごめんなさい」

「ううん。好きだから嬉しい。ありがとう。でも、実況用だったのに良かったの?」

「そーだよ。誘ってくれたのはありがたいけどさ、芙雪の実況待ってた人もいるかもじゃん。ほんとに俺らとやっちゃっていいんだなー?」


 ゲーム好きのヒロが早くやりたいのを隠しきれずにうずうずしながらも、芙雪くんに確認の念押しをしている。


「いいんですっ。ていうか、今からやっぱりやめるって言ってもヒロさん怒るでしょ。……ハルさんのあの動画見たら、みんなで遊びたくなっちゃったんです」

「えっ、俺の動画? なんで」


 突然名前を出されたハルは、コントローラーを手に床にあぐらを掻いた状態で不思議そうに芙雪を見た。


「さっちゃんさんと同じで上手く言えないんですけど、動画見て、ハルちゃんねるのみんなともっと仲良くなりたいなって思ったから。動画を投稿することも大事だけど、動画や撮影に関係なくただ遊ぶ時間も必要かなあと……思って……」


 自信なさげに語尾が消えていく。私が何か言おうとする前に、ハルが芙雪くんの隣りに座って彼の頭をぐりぐりと撫でた。


「そうだな! 芙雪いいこと言うじゃん! ゲームやって仲良くなろ!」

「なあー。仲良くなるのは賛成だけど、もうオープニング始まったよ。早くキャラ設定してー」


 ヒロよ、あんたはマイペースだな! 苦笑とともに、私たちはコントローラーを握った。




 このゲームは最大四人パーティーで遊べる冒険ストーリーが主軸のゲームらしく、まず最初の設定でプレイヤー名とともに職業を選ばなければならない仕様になっている。

 それぞれが選んだ職業は、芙雪くんがオーソドックスな武器攻撃型の剣士、ハルが回復魔法を使える学者、ヒロがモンスター召喚ができる獣医、私が魔法全般に強い踊り子。


「ヒロの職業、おかしくない? 獣医って何」


 私がげらげらと笑うと、ヒロはあくびをしながらテレビの中の獣医キャラをジャンプさせた。

「だって白衣かっこよかったんだもん。さっちゃんだってなんで踊り子なんだよ。ハルと魔法キャラ被ってっし。そんな薄着の衣装で風邪引いても知んねーから」

「ハルがいいって言ってるんだからいいでしょー。大体、攻撃魔法使えるのこの中で私だけだし。それから服装のこと言うのはセクハラなんだよ」

「ゲームの中の服装の話でセクハラって……」

「それ言ったらゲームの中で薄着しても風邪引かないから」

「はーいはい、ヒロもさっちゃんもストーップ。クエスト受けたんだからダンジョン行くよー」


 ハルに遮られて、会話をやめる。ヒロと目が合うと、ふっとお互いの間に和やかな空気が流れた。

 多分、さっきまで泣いていた私を元気づけるつもりもあって意地悪を言い返してきたんだと思う。軽口を叩き合える相手がいるとほっとする。

 踊り子を選んだのは、ハルの動画の影響もあると思う。あれを見ていると、踊り手だった頃のことを思い出してしまった。

 ゲームの中の私たちは洞窟に住む魔物を倒すべく、村を出て草むらを進んでいく。


「俺、ここに来るまで一緒にゲームする友だちなんか、いなかったなあ」


 道すがら遭遇するモンスターを倒しながら、ハルがしみじみとつぶやいた。


「今の高校じゃあ、モテるもんねえ、ハル。私が知ってるだけでも四人くらいには告白されてるから」

「へー、すごいですね」

「やりますなあ」


 芙雪くんとヒロにちゃかされて、手元が狂ったのか学者ハルはダメージを受けている。


「あはは……自分でもなんであんなことになってるのか……。前の学校でいじめてきた人たちから逃げてきただけなのに。だから、親と離れて暮らしてるんだ。みんな何も聞かなかったけど、どうしておばあちゃんと二人暮らしなのかなって思ってたでしょ。母方の実家なんだ」


 ハルと知り合いになったばかりの頃、ハルが言いたくなさそうだったことを今、ぽつぽつと話そうとしてくれている。私たちの関係が変化していることをひしひしと感じる。


「入学したときから告られるとか恋愛とか以前に、同級生に嫌われないことが一番で、どうしたら好かれるかで必死だった。そういうの気にしなくなったのは本当に最近かな。絶対に舐められないようにしなきゃとか、おどおどしてるところを見せたら負けだから人前では堂々としてようとか、そんなことばっか考えてさ」


 気弱に笑うハルに、ほんの少し過去の彼の姿を見たような気がした。それでもやっぱり、人気者の彼が以前はそうではなかったという事実にピンとこない。

 画面内では獣医ヒロが必要もないのに小さな召喚獣をやたらたくさん呼び出している。邪魔だ。そのヒロが、画面から目を離してちらりとハルを見やった。


「変わろうって思ったときにYouTubeを選んだのは、なんで? 新しいことをするなら他にも色々あったと思うけど」

「うーん、やっぱり好きだったからかな。一人ぼっちのときに動画ばっか見てたから。ユーチューバ-ってみんな、楽しそうだし見ていて元気になれる動画を作ってくれるし、自分もそうなりたいって思った。あ、さっちゃんの動画を見たときもそうだったよ。アッキはすごく楽しそうに踊るから、見ていて元気たくさんもらった。ありがとう」

「ハル……」


 やばい、また泣きそうだ。涙腺が緩んできた。


「わーっ、さっちゃんさん、死んじゃう! 死んじゃう!」

「えっ? あ、ああー!!」


 画面に目を戻すと、踊り子の私はモンスターにやられてHPゲージを死ぬ寸前の赤色にまで減らしていた。芙雪くんが慌ててモンスターを倒し、ハルが素早く私に回復魔法をかけてくれる。すまない、みんな。お礼代わりに素早さを上げる魔法をみんなにかけておこう。


「そういえばさっちゃんさん、結構有名な踊り手だったんですよね。なんでやめちゃったんですか?」


 事情を何も知らない芙雪くんが無邪気に質問してくる。やめたときのことを知っているヒロと、気を遣って今まで何も聞いてこなかったハルがぎょっとした顔で芙雪くんを凝視した。


「芙雪、お前、それは……」

「あー、ヒロ、いいよいいよ。……ヒロ、前に言ってたじゃん。いつかは話さないとって。ハルは今、話してくれたし。だから私も」


 今、簡単にでも話すべきだと思った。十歳で始めて十五歳やめた、踊り手としての五年間すべてを整理して話すのは難しい。だから、全部を打ち明けることはできないけれど。

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