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画面の向こうで僕らは笑う【旧版】  作者: 中村ゆい
第三章 大垣晴の過去
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3-6 夜の撮影

 一つだけ幸いなことに、ハルの噂は芙雪くんのおかげで少しだけ話題に上ることが少なくなった。

 というのも、とうとう芙雪くんが自分のゲーム実況チャンネルを開設したからだ。

 最初の動画の中で自分がTonoだということを公表して実況を始めた結果、ゲーム好き界隈ではかなり大きな反響となり、ハルちゃんねるに関するネット上でのニュースは数日間芙雪くんが主役だった。


「本物のTonoか疑う人もいて、本当ですか?ってコメントが来ることもあったんですけど、FPSの実況生放送してバンバン撃ちまくってたら、この強さは本物だわーって言われて疑われなくなりました」


 にこにこと笑顔でそう報告する芙雪くんを、ヒロが生き生きした目で見てつめている。いつもの眠そうな顔はどこへいったのやら。


「強さで黙らすとか、すげー。目の前にエイムの神であるTonoさんがいらっしゃるなんてなあ。あのときカツアゲされてたお前を助けて良かったよ。あそこで見ないふりしてたら罰があたるところだった」

「エイムって何」


 暗闇の公園で、私がしゃがみこんでカメラのバッテリーを確認しているとなりで懐中電灯を付けたり消したりして暇を持て余していたハルが、興味半分、呆れ半分といった表情で質問してきた。そりゃあ引くよね。ヒロが突然、弟分だった芙雪くんを崇めるようになってるんだから。

 どう説明しようかと私は首をひねる。


「エイムはねー、なんというか……銃とか武器の照準を標的に上手く合わせる能力って感じの意味かな。芙雪くんはゲームの中で、一瞬で照準合わせて敵を倒すのが得意だから、たまーにヒロみたいな崇拝者もいる」

「へえー、なるほど……」


 それっきり黙り込んだハルを私はちらっと横目で見た。

 気にしすぎかもしれないけど、今日のハルはいつも通りなようでやっぱり少し元気がない。芙雪くんのニュースのおかげでハルの話題は下火になったとはいえ、完全に忘れ去られたわけではない。


 コメントなんていうシステム、なくなればいいのにとときどき思う。あれは投稿者にとって励みにもなれば敵にもなり得る諸刃の剣だ。アッキにとっては何よりも恐ろしい敵だった。だから今でもコメントを見るのは苦手だし、あまりたくさんのコメントを前にすると気分が悪くなるときすらある。それでも、芙雪くんがハルちゃんねるのメンバーに加入したときには気になって見てしまうのだから、とんでもない魅力を持つということもわかっているけれど。


 動画を見ている顔も知らない人たちの言葉もいちいち気にしていたら、心がもたない。それならそんな言葉たちは見ないほうがいい。

 だけどじゃあ、どうしてコメント欄は存在するのだろうか。どうして私たちはわざわざリスナーとコミュニケーションが取れるSNSを利用して動画の宣伝をしているのだろうか。そもそも、誰に見せるために動画を作っているのだろうか……。


「なあ、そろそろ始めようよ」

「え? あっ、わかった」


 ヒロに声をかけられて、自分が固まっていたことに気がついた。

 時刻は午後八時頃。場所はハルの家の近くの児童公園。夜に野外での撮影は初めてだけど、ちゃんと親にも言って家を出てきた。ただ、午後十時半までには帰ってきなさいと言われているから、スピーディーにやるべきことを終わらせる必要はある。

 カメラを回して男子メンバー三人をレンズに収める。


「どうも! ハルちゃんねるです!」


 挨拶をするハルはいつも通りの明るい彼だった。ほっとして私はカメラを持っている手に力を入れた。心配してたけどたぶん大丈夫だ。


「今夜は、俺たちの地元で有名な心霊スポットに行きます~。ここの近くの川に架かってる橋なんですけど、川に落ちた子どもの幽霊が出るって有名なんだよね」

「まあ、四人で行けば怖くないけどな」


 ヒロの言葉に私は「え?」と声を上げた。


「私、ハルから一人ずつ交代で行って戻ってくるって聞いてるけど」

「はあ!? 聞いてないんですけど!」

「だって言ってないし」

「ハルさんに、ヒロには言うなよって言われました」


 焦るヒロの様子にハルと芙雪くんがほくそ笑んでいる。何か企んでるな。


「なんで? なんで言ってくれなかったわけっ?」

「ヒロ、ビビりだから言ったら動画に出てくれないと思って」

「俺別にビビりじゃ、ビビりじゃなくはないけど、でも突然言われたほうが心の準備が、ああああ~~っ!」


 確かにヒロ、オカルト系は駄目だから今までこういう企画があっても嫌そうな顔して動画に映ってたけど、今回はどっちかというと平気そうだしなぜだろうとは思っていた。そういうことか。だけど、一つ疑問が。


「ちょっと。ヒロに隠してたのはいいとして、私もヒロを騙してるって聞かされてないんだけど」

「あ、さっちゃんは隠し事とかしたら顔に出るタイプだから言わなかった」

「……私そんなに顔に出るタイプじゃないと思うんだけど」

「えーっ! それ、本気で言ってる? 今までのドッキリ動画見直したほうがいいんじゃね」

「見直しても私は顔出してないからわかんないよ」


 ヒロの大げさに驚く演技が余計に腹が立つ。


「自分の癖は自分では気づかないものだよ。ま、そういうわけで。一人ずつ行きます。あ、カメラはさっちゃんが持っててね。ちゃんと行ってきた証拠にスマホで撮影しながら橋まで行って、戻ってきます。順番は、芙雪、俺、さっちゃん、ヒロね」

「しかも俺が最後? やだよー」


 ハルはヒロの嘆きを無視してちゃかちゃかと自分のスマホを動画録画モードにし、「自撮りしてね」と芙雪くんに手渡している。


「じゃあ僕、行ってきますね」


 芙雪くんが公園を出ていくのを三人で見送る。


「は~、最悪」

「ヒロ、どんまい」


 虫の鳴き声が響き渡る公園に、じめじめとした暑苦しい風がじわりと吹いた。

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