第8話 : 一方その頃どこかにて
ユグドラシルの麓より、約半日の場所
「ああああ──────ッッッ!!!!」
ガスゥン!!!
────それは、怒りの雄叫びだった。
「クソッ!!クソッ!!!
私の力は!!!この身体になっても!!
この程度なのかぁ─────ッ!!!!」
怒声と共に地響きが鳴り響いていた。
四方を岩に囲まれた、洞窟の一角。
ガスン、ガスンと切れ込みが増えていく巨岩。
「フーッ!!フーッ!!」
その目の前で、怒りを吐き出すように肩で息を切らしている一人の長い黒髪の女性がいた。
「…………あれがミシェル・リュー。
そして陽春拳……!!
動きこそ毒蛇手に似ているが……あまりに、毛色が違う。
イメージで言えば、制圧射撃。
…………魔法を得意とする静かなタイプのエルフではない。
弓と矢……ナイフと槍……
アイツらの傭兵には世話になったな……敵味方問わず……!」
す、と彼女は、手を前へ構える。
片腕を肘へ、もう片方を蛇が鎌首をもたげるように。
「……基本は同じ型……同じ型……!!」
す、と両手を前へ向ける。
エルフの傭兵が二つの短剣を構えるよう……
ミシェル・リューの構えのように。
「ふぅ〜……!!」
岩へ再び拳を叩き込む。
しかしその動きは、それまでの八つ当たりでは無い。
喰らった技を、真似る。
真似て、真似て……自分の中に飲み込む。
「……こうか?こう打ってきたな……
撃たれた技分は、モノにしてやる……!!」
ドン、とふと一撃を放った後に、動きを止める彼女。
「…………すまんな、頭を冷やしていた」
いつのまにか、後ろに立つ唾の広い三角帽子とローブ……いかにもな魔法使いの女の姿が現れる。
「別に構いませんよ。
お猿さんが遊んでいるところ見ているのは楽しいので」
「ハッ!まぁ猿みたいな声あげて岩を叩いていては、反論もできないか。
それで、いかようかなハイエルフ殿?」
ふぅ、と魔法使いの女───まだあどけなさすら残る顔に長い耳。
言われた通りエルフ……それもハイエルフなのだろう。
「あなたが負けた田舎者ですけれども、
どさくさに紛れてあなたがマーキング魔法をかけてくれたおかげで、追撃できます」
その報告を聞いて、やや間をおいてガンと岩へ拳を叩き込む黒髪の女性。
「……魔法は便利だ。それで目的を果たせるなら使うべきだ。
私の命令が必要なら、追撃しろ、と言っておく」
「そんなことより、私が聞きたいことは一つ。
あなたはそれで良いのですか?」
───再び、黒髪の女が岩を前に構えを取る。
「失敗した時はまたリベンジに向かう。
早く行け。岩を打っているうちにな」
「…………お猿さんがいっちょまえに脅しですか。
……ふふ、可愛い」
す、とハイエルフの魔法使いが、大きな杖を取り出した。
「……いや待て」
ふと、黒髪の女がそう声をかける。
「……あ、誰か来ますね」
「ハイエルフの感覚は頼もしいな。
……ここがバレるとは思わなかったが。
何より、我々しか知らない罠があるはず」
「……じゃあ、あなたも一緒に行きましょうか」
黒髪の女がハイエルフの魔法使いの隣に立った時、魔法使いが何か小声で呟き杖で地面をトンと地面を叩く。
魔法陣が一瞬現れ、二人がその中へ落ちるよう吸い込まれた。
「ワァァァァァァァ!?!?
カスの罠仕掛けやがってぇぇぇぇぇっ!!!
ヘブァッ!!」
直後、ドタドタ音を立てて、斜め上に突然開いた穴からその空間へ、誰かが落ちて来た。
そして、先ほどまで叩かれた岩に追突し、派手に岩が砕け散った。
「…………痛ててて……だーっ、クッソ!!クッソ!!!
昔散々アタシらがボコったテンプレア騎士団どもがよぉ!?
滅んでる癖に最後まで邪魔しやがってぇッ!!」
すっと立ち上がる彼女は、Yシャツとホットパンツ、そして頑丈なレザーのジャケット姿
豊満な胸元開いたなかなか刺激的な、トレジャーハンター特有の姿。
綺麗な長い銀髪と、赤い瞳のとんでもない美人。
その耳は、尖っていた。
「ふぅ〜……あーあー、ったくよ、アタシがハイエルフの中じゃだーいぶ鍛えてて頑丈な身体じゃなかったら死んでんぞオイ!
……の割に岩が脆かったなー?」
ハイエルフが絶対に出さない粗暴な口調と訛りで話す彼女。
そして拾ったゴーグルがかけられた茶色いつば広の茶色い帽子の埃を払い、改めて被る。
「……ってオイオイ、よく見りゃここは……!」
そんな彼女の目の前には、広い空間とつながる少し狭い部屋。
入れば迎えるは、古い鎧と各種武具。
そして、大量の古い金貨達。
「ラッキー!!アイツらの隠し倉庫だ!!
しかもこれぇ……!
お宝たんまりいっぱいだぁ!!」
ジャラジャラと両手で掬う金貨数十枚、
かつていた、古い古い時代の騎士であり王だった人間の兜の横顔が描かれた金貨。
ただの金でも売れば儲けはすごいが、
この時代の硬貨は、もっと価値がある。
「それが……それが……!!
こんなにいっぱいあるなんてー!!」
手狭な部屋に感じる理由の、金貨の入った箱が無造作にかつ密に積み上げられたこの倉庫。
豪邸の庭が100作れる価値が、確かに敷き詰められていた。
「これもお宝!これもお宝!
これ……は200年もののお酒ぇ?飲めんのかぁ?
でこっちは……200年前のクマのお人形さんかよ、保存状態良いなーオイ。カスとはいえ騎士が何持って来てんだよオイ。スンスン……くっせ!!
まぁいっか」
さて、とひとしきり騒いだ後に、ふと懐から短い魔法の杖と、何か細い文字が刻まれたずた袋を取り出す。
「いやぁ、お師匠さんに教わった異世界の昔話から着想を得たこの魔道具……
ほいほい、入りな〜!」
ポウと光る杖と共に、同じく光る袋。
途端、カタカタ揺れ始めたコインが、袋へと吸い込まれていく。
「ひっひっひっひ!
いやー、笑いが止まんないわー!!
これでまたお金持ちになっちゃう……」
そして全てを終えて振り向いたそこには、
頭の先から足の先まで鎧に身を包み武装した、
テンプレア騎士団の一団がいた。
「…………あらー、みなさんお揃いで!
何?いやいや、武器やお酒やクマちゃんまで取る気は無いよ?
ほら大事なもんでしょ、お返しするから、穏便に済ましましょ?」
ボロいクマのぬいぐるみを差し出した時、それらが一斉に抜かれた剣に貫かれる。
「……はぁ。
あー、そうかいそうかいわかった、分かったよ。
穏便に済まさないってわけね、はいはい……」
その瞬間、彼女は手を大きく広げる。
それは、まるで鳥が翼を広げたかのようなポーズ。
さらに片脚まで上げて、飛び立つ鳥のような……
騎士達の正直な感想を漏らせば、
だいぶ間抜けなポーズ。
「…………」
「オラ来いや!!アタシに隙はねーぞ!!」
くえー、と言いそうな声で、その間抜けなポーズのままぴょんぴょんと片脚でジャンプしながら近づいてくる。
そのふざけた行為は、逆に騎士団の逆鱗に触れた。
振るわれる剣が、彼女へ迫る。
────ズン!!
響く重い音、剣同士の打ち合う音、壁に激突した何かがこの洞窟に響く。
「あ、入り口ここ?ご苦労!」
「ぐあああああああ─────っ!!」
入り口の木を吹き飛ばし、フルプレートの鎧がへこんだ騎士達が地面へ転がって気を失う。
「ったく、テメェら、昔の先輩から教わらなかったのかぁ?」
ポンポン、と手の埃を払うように、彼女が出てくる。
「アーツマスター相手には、魔法使い10人は用意しな!
特に、このサリア・モルガーン・ハントレス様相手にはな!!20人はいるぜ!!
強鳥拳に隙はねぇんだ!!」
はっは、と言いながら、ふと彼女───サリア・モルガーン・ハントレスと名乗ったハイエルフは、懐から懐中時計を出す。
「ってゲェ!?もうこんな時間かよ!!
ったく、これじゃあチビミシェルに顔見せもできねーか!
ま、顔見せしたところで、また「サモハン、サモハーン!」なんて昔のあだ名言われるだろうけどよ!
モルガーン様とお呼び!って言ってみるか?
サリアちゃんって呼んでよ〜♡ってのはキャラじゃねーか。
お前どう思う?」
「……くたばれ……」
近くの瀕死の騎士にそう答えられ、一発蹴りを入れてから肩をすくめる。
「まぁ次の機会にすっか。生きてりゃ会えるさ、100年ぐらい会ってねーけど。
なにぶん、空の便は待ってくれないんでねー!
あばよー、オーデン王国ー!!
次のお宝は北の魔王領だー!!」
そしてタッタッタ、と走っていく……サモハンその人なのであった。
***
「あれがダンジョンのハゲタカ……そして強鳥拳のアーツマスターか……」
そんなサモハンの後ろ姿を密かに隠れて見る、黒髪の女とハイエルフの魔法使い。
「プッ……確かに『サモハン』なんて言われる体型……
サモハン通りの、信じられないパワーですね」
「どう言う意味だ、その差もサモハンとは?」
「知らない方がいいです」
「…………にしても、鎧越しに、相手は素手。
恐ろしい剛拳だ」
「…………どうします?」
「…………フェレーナ、殺せるか?」
ふと、隣の魔法使い────フェレーナというハイエルフに尋ねる。
「まぁ、可愛い『サモハン』ちゃんぐらいは」
「頼んだ。
私は団長の方へ行く」
「まぁ頑張ってくださいね」
「そっちもな」
そして、女達は二手に別れた。
***




