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【完結】悪虐聖女ですが、愛する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、溺愛は想定外なのですが)  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第2部〜

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96 どきどきが重なっているのです!

(……子供の頃の私を、この国に差し出したと言われる国……)


 シャーロットはきゅっとくちびるを結ぶ。

 オズヴァルトが映像を一瞥すると、停止していたものが再び動き出した。映像の中のシャーロットは、震える声でニクラスに告げる。


『……どうしても、オズヴァルト閣下の妻になれと、仰るのであれば……』


 かつてのシャーロットの喉元で、契約魔術の魔法陣が光を放った。


『私は、最後まで抵抗します。あのお方が私を迎えに来ても、拒み続けます』


 その強いまなざしに、ニクラスが僅かに目を眇める。


『……お前はただの一度として、オズヴァルトとの面識は無かったはずだな』

『あなたの弟君たちが、必要以上に遠ざけようとなさってきましたもの』

『ふ。だというのに、それほどオズヴァルトが嫌いか?』

『――――……』


 そのときだった。


(あ……)


 映像の中の自身を見て、シャーロットは思わず息を呑む。



『――嫌いです』




 そう答えたシャーロットの双眸から、透き通った涙が零れたのだ。




『たとえ、遠くからしかお見掛けしたことがなくとも。……お噂でしか人柄を知ることが出来なくとも、私のような悪女がお声を掛けて良いお相手ではないからこそ。私は、あのお方が、嫌いなのです』


 口にした言葉が嘘であることは、誰が聞いたって分かることだ。

 オズヴァルトが映像を見据えながら、隣に立ったシャーロットの肩を抱き寄せてくれる。映像の中のシャーロットは、跪いた姿勢のまま俯いた。


『……だい、きらい……』

『――――……』


 その肩が震えている様子を、ニクラスは目を眇めて見下ろしている。


『シャーロット。「顔を上げろ」』

『……っ』


 その無情な命令によって、契約魔術の陣がまた輝いた。

 ぐっと上を向き、無理矢理にニクラスを見上げさせられたシャーロットの双眸からは、いくつも涙が溢れている。


『そう睨むな。……お前のことだ、こうして俺に懇願するしか方法がないというふりをしながら、契約魔術から逃れる手段は考えているのだろう?』

(……?)


 ニクラスの言葉を、シャーロットは少々意外に感じた。


(記憶を失うことで、契約魔術の効力を失くし、オズヴァルトさまとの婚姻から逃げ出す作戦……ニクラス殿下は、以前の私が計画していたことをお見通しなのでしょうか?)

『とはいえ無駄だ。お前はどうあっても、逃がれられない』

『……』

『しかし、そんなお前を哀れにも思うのでな』


 ニクラスは肘掛けに頬杖をつきながら、くっと喉を鳴らした。


『魔術をひとつ、教えてやろう。シャーロット』

『……?』

『立ち上がり、俺の傍に来い』


 映像の中のシャーロットが、少しふらつきながらもそれに従った。ニクラスは目の前のシャーロットに手を伸ばすと、契約魔術の陣が浮かび上がったシャーロットの首を掴む。


 その瞬間、シャーロットの肩に触れているオズヴァルトの指にも、ほんの僅かに力がこもった。


『目を瞑れ』


 シャーロットがゆっくりと目を閉じる。


『これは、お前自身がお前に掛けるべき魔術だ。一度で覚えろ、いいな――……』


 それと同時に、映像はゆっくりと消えていった。最後に響いたのは、こんな声だ。


『素晴らしい働きを、期待する』


 真っ白な空間に取り残されたのは、シャーロットとオズヴァルトだけだった。


「……終わったか」

(お、オズヴァルトさま……!)


 ぎゅっと抱き締められたシャーロットは、オズヴァルトの腕の中で息を止めた。


「君を杜撰に扱ってきたすべての人間を、到底許せそうもない。……気付いてやれなくて、すまなかった」

「ぷはっ!? いっ、いえ!! オズヴァルトさまはむしろ私にとっての救いなのですから、どうかそのように仰らないでください!!」


 どうにかそんな風に答えるものの、心臓がものすごい音を立てている。先ほどまでの映像を思い出したシャーロットは、勇気を出して手を伸ばした。


(……えい……っ)

「!」


 オズヴァルトのことを、ぎゅうっと強く抱き締め返す。


「シャーロット?」

「わ……私がオズヴァルトさまに、こんなにもドキドキしてしまうのは! 記憶を失う以前から、長年ずっと片思いをしてきたことも、理由のひとつで……」


 シャーロットにとってはどうしても、恐れ多いことだと感じてしまう。けれど同時に、こうすることでオズヴァルトの体温や、存在が近くにあることを実感するのだ。


 左胸の奥が、気恥ずかしさと同時に温かくもなる。


「オズヴァルトさまのやさしいお心に触れる度、『私』はとても嬉しいのです。……あなたに救っていただいているのだと、心から……んっ!」


 シャーロットが驚いて目を閉じたのは、オズヴァルトに口付けられたからだ。


 いつもの触れるだけのものではない。オズヴァルトはシャーロットのくちびるを淡く開かせると、もっと深くて熱の籠もったキスをくれる。


「ん、んん……っ」


 とろけるようなその熱さに、思わずくぐもった声を漏らした。

 シャーロットの思考が溶けそうになるころ、ようやく解放してくれたオズヴァルトが、くちびるを親指で拭ってくれながら笑う。


「……思った通りだな」

「ふ、ふえ……?」

「封印の陣が触れ合うようなことをしても、夢の中なら解けないらしい」

「!!」


 その微笑みに、自分の顔が真っ赤になったのが分かった。


(駄目です!! この事実を、状況を、認識しては!! 私が壊れてしまいます、一度無かったことにしませんと、ごめんなさい……!!)


 シャーロットは慌てて両手で隠しながらも、こう続ける。


「と……ととと、ともかくオズヴァルトさま!! クライドさまが私の故国から遣わされたとすれば、王子さまたちとは無関係ということになりそうな訳ですが!! ニクラス殿下は……」

「シャーロット。それに関して、君の記憶を補完しておく」

「?」


 指の間からちらりとオズヴァルトを見ると、彼は、先ほどまで映像が浮かんでいた空間を見遣って言った。


「後半の映像に映っていたのは――恐らく、第二王子ニクラス殿下ではない」

「……え!?」


 シャーロットが目を丸くした、そのときだった。


「……っ!?」


 全身に、ぞくっと痺れるような寒気が走る。



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