92 良い子と抱き締めたいのです!
***
(あああああ、なんと残念なのでしょう……!)
オズヴァルトと無事に出会えた夢の中で、シャーロットは残念さにふるふると震えていた。
「うう。ううう、ううう……!」
「そんなに嘆くな、シャーロット」
目の前に立っているオズヴァルトが、シャーロットを呆れたように見下ろしている。
「俺たちはこうして無事、夢の中で会うことが出来たんだ。これで目的は果たせる、十分だろう?」
「で、ですが! 千載一遇の機会でしたのに、逃してしまいました!」
シャーロットは両手で顔を覆い、わっと嘆く。
「まさかあの幼い姿のオズヴァルトさまが、一瞬にして大人に戻ってしまうだなんて……っ!!」
「そ、そんなに泣くほどか……?」
こちらを見下ろして戸惑うオズヴァルトは、シャーロットのよく知る二十歳の姿だ。
百八十一センチという長身も、魔術師でありながら鍛えられた体格も、広い背中も美しい。シャーロットにとっては直視出来ないほどの芸術品でもあり、もちろん見惚れてやまないほどだ。
けれどもシャーロットの心残りは、先ほどこの夢で出会ったときの、小さな子供の姿をしたオズヴァルトだった。
「幼少のオズヴァルトさま。たくさんひとりで頑張っていらした、小さくてお可愛らしい男の子……」
「…………」
男の子と形容するシャーロットに、オズヴァルトは少々むず痒そうな渋面を向ける。
「私はそんな幼いオズヴァルトさまを抱っこして、たくさん撫でて差し上げるのが夢だったのです。あ、いえ、この場合の夢はいま見ている夢のことではなく! ややこしいですね!?」
「あー……シャーロット」
「本当に小さな頃の、一番辛かったオズヴァルトさまを、現実的にお守りすることは出来ませんが……! うう、せめてお小さい頃の外見をなさっているときに、頭をいい子いい子したかったのに…………!!」
「その気持ちは有り難いが」
こほんと咳払いをしたオズヴァルトが、同じく大人の姿に戻っているシャーロットの頭を撫でる。
「俺はもう、君に十分救われている」
「……ほえ?」
「それよりも、この夢に来た目的を果たそう」
オズヴァルトが手のひらを上に向けると、その上に魔法陣が展開された。それは間違いなく、先ほどシャーロットの日記帳から現れた魔術を封印したものだ。
「君の夢と俺の夢が、魔術によって混ざっている。この状態で、君にだけ見える『記憶の映像』を解放するぞ」
「……はい!」
シャーロットは気合いを入れ、ふんすと胸を張った。
「以前の私が残した魔術。いまこそ立ち向かってみせます!」
「ふ。……その意気だ」
「オズヴァルトさま!! いま、いまそのような微笑みをお見せになるのはお許し下さい!! オズヴァルトさまのお美しさで瀕死になってしまいます!!」
「忙しいな君は!? 分かった、てきぱき行くぞ!」
オズヴァルトが手を高く上げ、魔法陣を宙に放つ。
(んん……っ)
シャーロットの頭の中に、ちかちか光が瞬いた。
何度も経験した感覚だ。星の粒のような点滅が広がり、やがて辺りの夢が真っ白に染まる。
「シャーロット! 大丈夫か?」
「は、はい、オズヴァルトさま。見ていてください、きっともうすぐ……」
オズヴァルトに支えてもらいながら、別の意味で息が止まりそうになる。けれどもぐっと前を見据え、白い空間に浮かび上がった映像に対峙した。
「……成功の、ようだな」
目の前には、豪奢な椅子に腰を下ろし、ゆったりと脚を組んだ『シャーロット』が存在している。
『――盾になるものが必要なのです』
鏡でよく見るその人物は、あちこち露出の多いドレスを纏い、ひどく退屈そうに目を眇めた。
(い……)
シャーロットは思わず口元を押さえ、そのままぱちぱちと瞬きをする。
(以前の私ったら相変わらず、すっごくお胸と太ももの出たドレスを着ていますね!! 今回はおへそも出て……あああ、オズヴァルトさまが全力で目を逸らして下さっています……!! ごめんなさいオズヴァルトさま、なんと紳士的なお方なのでしょう……!)
心の中で大騒ぎするも、声を出しては映像の邪魔になる。シャーロットは自分に集中を言い聞かせ、改めて向き合った。
『当然ながら、美しい男を所望いたしますわ』
(私は、誰かとお喋りを……?)
映像には『シャーロット』ひとりしか映っていない。どうやら彼女は、向かい合った何者かに要求をしているようだ。
『私に忠実で、頭が良くて、邪魔にならない……そんな盾を用意して、守っていただきませんと』
映像の中の『シャーロット』は、自分だとは思えない色香を纏った表情で、ゆっくりと目を細めて呟いた。
『あの、オズヴァルトとの婚姻から』
(〜〜〜〜っ!?)
とんでもなく恐れ多い発言に、シャーロットは慌てて隣の彼を見上げた。
「お、オズヴァルトさま、違うのです!! きっと違うのです、これは……」
「………………分かっている」
「うわあああんっ、申し訳ございませんんんん!!」
「待て! 本当に分かっているから落ち着け、夢の中の振動が大変なことになっている!!」
ぶるぶると震えるシャーロットの前で、映像が大きな変化を見せる。
『ね? ……ニクラス殿下』
「!!」
そうして姿を現したのは、銀色の髪に赤い瞳を持つ、美しい男性だった。
大きな椅子に身を投げ出すように座った男性は、何処か挑発的な笑みを浮かべている。何処となく誰かと似た面差しや、その色彩には覚えがあった。
「オズヴァルトさま。あのお方」
「……ニクラス殿下は」
オズヴァルトは目を眇め、警戒したまなざしを映像に注ぐ。
「この国の、第二王子だ」
(オズヴァルトさまの、二番目のお兄さま……)




