89 悪虐聖女ですが、旦那さまのお役に立ちたいです!(第2部3章・完)
「この度は、ご心配をお掛けしてしまって申し訳ありません。オズヴァルトさま……」
シャーロットの改まった物言いに、オズヴァルトが少しだけ歯痒そうな表情を作った。
「けれどもお許しいただけるのであれば、このままもう少し、私にもクライドさまを探らせて下さい」
「シャーロット。君が危険な目に遭うくらいであれば、婚姻の祝福など一度諦めても構わない」
「いいえ! 祝福の拒絶やクライドさまの存在は、継承権争いの一環だという可能性もあるのです。本当にお兄さまのどなたかによるものであれば、いずれはオズヴァルトさまの不利益や危険に繋がり兼ねないこと」
先ほどのオズヴァルトが抱いていた感情が、立場を変えればよく分かる。
「私は、悪虐聖女ですが……!」
シャーロットだって、心から強く願っていた。
「愛する『旦那さま』の、お役に立ちたいです……」
「…………!」
『シャーロットの夫にして欲しい』という、そんな懇願への答えを告げた。
シャーロットにとってはどうしても、恐れ多さが拭えない宣言ではある。けれど、僅かに目を見開いたオズヴァルトが、膝に乗せたシャーロットのことを強く抱き締めた。
「お、オズヴァルトさま!」
「シャーロット」
至近距離で名前を呼ばれ、心臓が壊れてしまいそうだ。
オズヴァルトは、強い感情を理性で押さえるかのような、掠れた声でこう尋ねてくる。
「――――君も、俺が好きか?」
「……っ!!」
前にもよく似た聞き方で、彼が好きかと尋ねられた。
けれども今の問い掛けは、数ヶ月前とは少し違う。オズヴァルトからの想いを感じて、シャーロットは少し震えながら頷いた。
「……は、い……」
するとオズヴァルトは、シャーロットを見守るまなざしを一層柔らかなものにする。
「あのときよりも?」
「一秒ごとに大好きが増しているので、もちろんです……!!」
一生懸命に勇気を出して、オズヴァルトの上着を少しだけ握った。
「……そうか」
(オズヴァルトさまの、嬉しそうなお顔……)
そしてオズヴァルトは、シャーロットの耳にくちびるを当てて、触れさせたままふっと笑う。
「俺の方が、君のことを好きだという自信があるが」
「!? わ、私の方がたくさんオズヴァルトさまのことをお慕いしております、絶対に!!」
くすぐったさに耐えながらも、そこだけは強く反論した。けれどもオズヴァルトの方は、自論を譲る気はないようだ。
「君のそれはまだ、俺の言っている好意とは別物だろう。……もっとも、それを少しずつ変えていくのは、君の『旦那さま』である俺の役目か」
「あう……」
オズヴァルトが怒っている様子はない。妻としてまったく覚悟の足りていないシャーロットに対し、丁寧に労りを注いでくれる。
「そ……そんなにも多岐に、渡るのですか? 旦那さまのお役目……」
「悪くない役割だろう? 更にはその分、特権もある」
それが何か分からずに首を傾げると、オズヴァルトは、シャーロットの火照った頬に触れながら笑った。
「君のそんな顔を見られるのは、夫である俺だけの特権だ」
「……オズヴァルトさま」
シャーロットが言葉を重ねる前に、再び強く抱き締められる。
「誰にも渡さない」
「……っ!」
続いて紡がれた小さな声は、シャーロットに向けるものとはまったく異質な、強い感情が込められていた。
「……君の夫を名乗る者がいるのであれば、そいつにも理解させるまでだ」
「オズ……ひゃあ!」
オズヴァルトが体の位置を変えた。
まるでシャーロットを長椅子へ押し倒すかのような体勢となり、そのまま覆い被さってくる。彼の大きな手に手首を捕まえられて、シャーロットはこくりと喉を鳴らした。
緊張を汲み取ったオズヴァルトが、シャーロットを慈しむように目を眇める。
そうして覚悟していた通り、お互いのくちびるが重なった。
「ん……っ」
いつもの通り、舌同士が触れない口付けだ。
シャーロットの神力を封印した陣は、お互いの舌に刻印されている。
そのため舌を触れ合わせる口付けは、神力の封印を解除するときか、再封印するときだけに限られていた。
ただ重ねるだけの柔らかなキスは、数秒ほどで離される。
それでもまだ吐息が触れる、ごくごく近い距離のままで、オズヴァルトからあやすように尋ねられた。
「……前よりも、少しだけ慣れたか?」
「ががが、頑張っています……!」
いっぱいいっぱいのシャーロットは、泣きそうな顔になっているだろう。
けれどもオズヴァルトは、妻として不出来なシャーロットを、こうしてめいっぱい甘やかしてくれる。
「――良い子だ」
「オズヴァルト、さま……っ」
もう一度口付けを落とされそうになった、そのときだった。
「……光っている」
「へ?」
オズヴァルトの唐突な発言に、シャーロットはその視線を追い掛けた。
「ほあ……」
見れば確かに部屋の隅では、シャーロットの鞄が光っている。
正しくは、中で何かが強烈に輝き、隙間からその光が漏れているのだった。
「はわあああああああっ!! にににに、日記帳の光!!」
シャーロットが長椅子から跳ね起きる一瞬前に、オズヴァルトがもう鞄の元に向かっている。
「シャーロット。君の鞄を開けてくれるか?」
「は、はいオズヴァルトさま! あの光は間違いなく、私の日記帳からのものです!!」
「ああ。これで以前の君が残した情報が、何か拾える可能性がある!」
(お仕事モードのオズヴァルトさまです!! あああっ、なんと凛々しいお姿でしょう……!!)
大急ぎでオズヴァルトを追いつつ、ばくばくと跳ねる心臓を誤魔化す。先ほどまでの雰囲気が払拭される中、シャーロットは鞄を開けた。
紳士であるオズヴァルトは、中を見ないよう気を付けてくれながらも傍に膝をついた。
そしてふたりはページを捲り、記憶を失う前のシャーロットが書き記したであろうページを覗き込む。
「……これは……」
***
薄暗い部屋の中、クライドが向き合った鏡の向こうからは、怪訝そうな声が聞こえてきた。
『……いま、なんと言った?』
依頼主はどうやら、クライドの発言が理解出来なかったらしい。
「失礼、聞き取りにくかったようで申し訳ありません。なにしろ現在私の身には、追跡魔術が仕掛けられておりまして。それが恐らく、通信魔術の妨害をしているのでしょう」
『…………』
「改めて申し上げます。いただく予定だった報酬について、金ではなく、どうか別の物でお支払いいただけませんか?」
クライドの足元では、先ほど酒場で襲撃してきた男が、苦しそうに身を丸めながら呻いている。
クライドはその男を足蹴にしつつ、鏡に向かって微笑んだ。
「聖女シャーロットの身柄を、私にお譲りいただきたいのです」
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第2部4章へ続く
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