87 覚悟が足りていないのです!
それからオズヴァルトは、シャーロットを横抱きで膝に抱えた体勢のまま、分析の魔術を使って怪我の確認を行なった。
とはいえシャーロットが戻ってきた直後も、音を盗む魔術が仕掛けられていないかを確かめながら、傷がないことを認めてもらったはずだ。
それなのにオズヴァルトは、とても真摯なまなざしで、シャーロットの体を魔術でなぞる。
翳されたオズヴァルトの手が、時々シャーロットの肌を掠めるのが、くすぐったくて仕方がない。シャーロットは両手で自分の口元を押さえ、目を瞑ってぷるぷるとそれに耐えた。
しばらくしてようやくそれが終わっても、何故かオズヴァルトの膝に乗せられ続けていた。
「??? お、オズヴァルトさま……?」
「どうした?」
テーブルには、守護石の入ったケースがいくつも置かれていた。
ほんの一瞬だけシャーロットを膝から下ろしたオズヴァルトが、これらの箱を並べたあと、再びシャーロットを抱え直して今に至る。
「先ほどから、この状況は一体……わああ!」
「君の守護石を選んでいる」
オズヴァルトは、守護石を使った耳飾りをひとつ手に取ると、それをシャーロットの耳元に合わせた。
「聖都中の商人に声を掛けて、この宿に持って来させたんだ。君が出掛けるのに間に合わなかったのは、痛恨の極みだな」
「守護石はもう頂いていますが!?」
「君が今日着けて行った数々は、あくまで急拵えのものだ。一級品とはいえまだ足りない」
「ひん……っ!!」
オズヴァルトの手が、シャーロットの耳に触れる。
彼は、シャーロットがこれまで付けていた守護石の耳飾りをやさしく外すと、先ほど手にしたものに付け替えた。そして目を細め、ふむと呟く。
「いま合わせた七箱分、すべて買うか……」
「平均お給料の何年分ですか!?」
至って真剣なその言葉に、シャーロットは青褪めた。このままでは大好きなオズヴァルトが、シャーロットに大金を注ぎ込んでしまう。
「これはあれですね!? ハイデマリー先生が仰っていました!! ペットのフェンリルさんたちには際限なく、新しい首輪や玩具を買ってしまうと……!! 正気に戻ってくださいませ、オズヴァルトさま!!」
「もちろんペットも大切な存在だろうが、君は俺の妻だ。妻を着飾らせるのは、夫の特権だと思うが?」
「うわあああん、オズヴァルトさまが格好良い……っ!!」
シャーロットは再び両手で顔を覆い、さめざめと泣いた。
至近距離の下から見上げるオズヴァルトは、顎の輪郭やごつごつした喉仏、首筋のラインがあまりに美しい。
このまま見惚れたいのを堪えつつ、シャーロットは、守護石選びを進めるオズヴァルトを他所に考えた。
(オズヴァルトさまに、私のことでたくさんお金を使っていただく訳には参りません! とはいえ、いざというときに自分を守る手段は確保しておかないと、それはそれでオズヴァルトさまに心配をお掛けしてしまいます……)
シャーロットの神力が封じられた状況でさえなければ、自分で作ることは出来るのだ。ただしその場合も、シャーロットの神力に耐え得るような宝石を媒介にする必要がある。
(なんとかして考えなくては。ただでさえ私に記憶が無い所為で、オズヴァルトさまにご迷惑を……)
「シャーロット」
「ふぁい!!」
せっかく思考を逸らそうとしていたのに、至近距離で名前を呼ばれては仕方がない。観念して彼を見上げたシャーロットは、ぱちりと瞬きをした。
「オズヴァルトさま……?」
オズヴァルトは、静かにシャーロットを見下ろしている。
「何度だって繰り返すぞ」
その声がとても穏やかに、それでいてはっきりとこう紡いだ。
「……君は、俺の妻だ」
「……っ!!」
そう紡がれて、どきりと心臓が跳ねる。
「は……はい。存じております、オズヴァルトさま……」
「本当に?」
オズヴァルトは少し目を眇め、シャーロットの顔をますます覗き込んだ。決して意地悪ではない声音が、誠実な響きを持って問い掛けてくる。
「君自身に、実感と自覚はあるのか」
「オズヴァルトさまの妻である、実感と自覚!?」
そんなとんでもないことを尋ねられ、シャーロットはぶんぶんと首を横に振った。
「それはあまりにも、恐れ多いことで……!!」
「――――……」
そう言い切った瞬間のオズヴァルトの表情に、シャーロットははっとした。
「申し訳、ございません。オズヴァルトさま」
振り返れば、オズヴァルトがこんな風に少しだけ寂しそうな表情をしたのは、初めてのことではないのだ。
「私の覚悟が足りないことは、重々承知しているのです」
「……シャーロット」
「私にとってのオズヴァルトさまは、存在してくださること自体が奇跡のお方。それなのにお傍に近付けて、お声が聞けて、視線を合わせることが出来る……その事実が、私にとっては呼吸が止まるほどに、幸せで」
シャーロットは、自身の目元に手の甲を押し当てる。
「……多くの方を踏み躙ってきた、『悪虐聖女』である私が……」
「…………」
オズヴァルトが、シャーロットに触れようとした手を、ぐっと握り締めた気配がした。




