85 攻撃力が高過ぎます!
「……あの男に」
「ひゃんっ」
耳元で喋られるくすぐったさに、思わず変な声が出てしまう。
「何も、悪いことをされていないか?」
「〜〜〜〜っ!」
シャーロットは、こくこくと必死に頷いた。
「本当に? 君に危害を加えるような真似は、してこなかったんだな?」
「ほ、本当です!! あのう、全部最初からお話を……!!」
「俺は常々部下に対して、最重要項目から報告を聞かせてほしいと頼んでいる」
オズヴァルトはシャーロットの腰から背中を、ゆっくりと辿るように撫で上げた。存在を確かめるような触れ方で、心配されていたのをひしひしと感じる。
「何よりも重要なのは、任務に関わった者の安全確認だ。……何事もなかったと、君から俺に教えてくれ」
「あ、あわわ……」
耳元で囁かれる声が低くて、シャーロットはなんだかくらくらした。
「シャーロット?」
「わ、私は無事ですオズヴァルトさま……!」
心臓の鼓動がうるさくて、自分が何を喋っているかも分からなくなりそうだ。シャーロットはかちこちに固まったまま、真っ赤な顔で彼に告げた。
「怪我もありません! 何も怖いことはされていません!! 元気いっぱいです!!」
「それ以外に、何か無礼な真似もされてないんだな?」
「はい!! い、色々な出来事はあったのですが、それをお伝えするためにも、まずは何より……」
シャーロットはぷるぷる震えつつ、切実な問題を訴える。
「オズヴァルトさまにこうして抱き締められている方が、何億倍も心臓に悪いですうううー……っ!!」
「…………」
オズヴァルトは大きな溜め息をついたあと、シャーロットからようやく体を離した。
「……あの男に勘付かれる危険があるからといって、やはり、監視魔術すらつけずに出掛けさせるべきではなかった」
「エミール殿下が、そうお命じになったので……!」
「それでもだ。今後はいくら強く命じられたとしても、君を守ることに全力を尽くそう」
「ひい……っ!! 少しぴりぴりしていらっしゃるオズヴァルトさまが、格好良い……!!」
息を吸えるようになったシャーロットは、両手で口を押さえて身悶えた。皮肉なことに、密着しているよりも少し離れている方が、安心してオズヴァルトを堪能できるのだ。
「まずは座ってくれ。紅茶を淹れるから、それを飲みながら話そう」
「はい! 私はいつも通り、カップの準備をお手伝いしますね!」
そしてシャーロットは、オズヴァルトが学生のころの寮生活で淹れ方を学んだというお茶を堪能しつつ、酒場での出来事をひとつずつ話した。
「恐らくクライドさまの目的は、私を何処かに連れ出すことです」
「……依頼主の元へ、か」
(ああっ、険しいお顔……!)
オズヴァルトの眉間の皺が深くなり、見惚れたい気持ちを必死に抑える。
「こほん……クライドさまが私の過去を知っているのか、本当に私と結婚なさっていたのかは分かりません。ですが先ほどもお話ししたように、私に恋をなさっているというお話、その一点に関しては嘘ではないかと」
「そんな嘘をつく利点は想像がつく。過去に結婚していたという話に真実味を持たせ、君の関心を買うためだろう」
「……とはいえ。結婚していたことまでもが嘘だとは、言い切れませんものね……」
シャーロットは改めて項垂れた。
なにしろシャーロットが祝福を授かれない所為で、オズヴァルトにも迷惑を掛けているのだ。
(クライドさまが何者かが分かり、その目的が判明したとしても、婚姻の祝福を授かれないこととは無関係の可能性があります。……ですが!)
それでも、シャーロットにとっての優先事項は明白だ。
(何よりも、お兄さまのどなたかがオズヴァルトさまを狙っていらっしゃらないか、それを確かめることが一番重要なのです!! そのために私がやるべきことは、なんだってこなしましょう!)
顔を上げ、ふんすと気合いを入れ直す。そんなシャーロットの胸中を察してか、オズヴァルトは息をついた。
「あまり背負いすぎるな、シャーロット。君は今夜、十分に役割を果たしてくれた」
彼が机上に広げているのは、この国の地図だ。その中でも聖都に近い一帯が、淡い青色に光っている。
「追跡魔術を仕掛けた石は、今も移動を続けている。少なくともまだ破壊されておらず、何者かが所持しているようだ」
「クライドさまのポケットに、えいやっと押し込んで来ました! もっとも気付かれていて、他の方に押し付けられてしまっているかもしれませんが……」
「その点も踏まえて、数日泳がせながら俺が魔力を分析する。罠という可能性もあるからな」
オズヴァルトは口元に手を当てて、考え込むように目を伏せた。
「これほど怪しい動きを取っている男が、追跡魔術への対策を取っていないのは不自然だ」
「その件なのですが、オズヴァルトさま!」
ぴっと手を挙げたシャーロットを、オズヴァルトが生真面目に見据えて頷く。
「シャーロット。発言を」
「はい! クライドさまは、追跡魔術などを遮断する結界を普段は使っていたとしても、いまは切断しているかもしれません」
オズヴァルトが僅かに驚いた顔をしたので、考えの理由を慌てて補足した。




