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【完結】悪虐聖女ですが、愛する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、溺愛は想定外なのですが)  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第2部〜

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84 絶対これは失態です!


 治癒の魔術が使える人間は、この世界でほんの一握りだ。

 それも女性にしか生まれて来ず、大きな傷を治せる魔術師はさらに希少な存在で、聖女と呼ばれる。


 聖女が使うのは神力と呼ばれるが、それは魔力と等しいものだ。魔術を使えば神力は消耗し、回復に時間を要する。


(シャーロットは先ほど、俺がシャーロットに恋をしていることは嘘だと見破った。……少なくとも、彼女の敵となり得る存在だということを、疑われているはずだが)


 クライドに治癒魔術を使うシャーロットの表情は、真剣そのものだった。

 形の良い眉を歪め、必死に傷口を見詰めるまなざしは、クライドを心配するような表情にさえ見える。


(使い惜しみをして然るべき治癒魔術を、不審な存在である俺に使うだと? ……この表情。俺はこれを、何処かで……)

「安心して下さいね。……もう少し、ですから……」


 シャーロットの首筋を、美しい汗の雫が一粒伝う。

 クライドは彼女の真摯な双眸を見下ろしながら、かつてのことを思い出していた。やがてシャーロットはクライドから手を離すと、額の汗を拭ってほうっと息を吐く。


「塞がりました! もう、痛いところはありませんか?」

「……ええ」


 クライドの脳裏に響いたのは、幼い頃に治癒をしてくれた、赤い髪の少女の声だ。


『もう、痛いところはありませんか?』

(……俺が、もう一度彼女に会いに行ったとき)


 あのときの礼を告げたくて、両手にたくさんの花を抱えて行った。

 けれども教会に居た大人は、クライドに向けて言い放ったのだ。


『あの子は、治癒魔法を使えるからと戦争に連れて行かれて、そこで死んだよ』


 心臓が凍り付くような心地がした。

 あの日の出来事を思い出しながら、クライドはゆっくりとシャーロットに告げる。


「シャーロットの治癒魔術のお陰で、もう、大丈夫です」

「!」


 そう答えると、シャーロットは満面の笑みを浮かべて、心の底から安堵したように言った。


「よかったあ……!」

「――――……」


 幼い頃に出会った少女は、赤色の髪を持っていた。


(だが、髪色はいくらでも変えられる。そんなことに、俺は何故、気付かなかった? なによりも、この瞳の色……)


 シャーロットの淡い水色の瞳は、かつての少女とまったく同じなのだ。


「……ロッティ」

「ロッティ……?」


 不思議そうに首を傾げたシャーロットからは、先ほどまでの悪女めいた雰囲気が消えている。

 これまでの高慢な女は演技であり、今の彼女こそが本当のシャーロットなのであれば、それすらもあの少女に瓜二つだ。


(……まさか、君なのか?)


 クライドは、ごくりと喉を鳴らした。


(生きているはずがないと思っていた。……俺は、なんという愚かな判断を……)

「あ……!」


 シャーロットは、ようやくそこで我に返ったようだ。

 これまでの、クライドを心配してくれていた愛らしい表情が、途端に『悪虐聖女』のものに変わる。


「こ――これで、あなたが私を守った分のご褒美代わりにはなったでしょう。だけど、今後は余計な真似はしないことね」

「……」

「きゃ……っ!?」


 クライドは彼女の前に跪くと、その手を取って双眸を見上げた。


「聖女シャーロットのご慈悲に、心から喜びを感じております。いずれ必ず、このお礼を」

「……必要ないわ」


 シャーロットがクライドの手を払う。先ほどまでの怪我を案じてくれているのか、拒絶の力は弱かった。


「帰るわね。あなたの所為で、ドレスが汚れてしまったもの」


 シャーロットはそう言って、クライドに背を向けて駆け出してしまう。

 すぐさま追って、その背中を捕らえたい心情に駆られた。クライドは必死にそれを堪えながらも、ぐっと頭を押さえて俯く。


(間違いない。……間違いない、間違いない、間違いない……!)


 心臓が、強く早鐘を打っていた。


(俺はなんて馬鹿だったんだ!! ロッティのことを、考えないように生きてきた。だが、悪虐聖女シャーロットの情報を並べていけば、こんなことは明白じゃないか)


 クライドは左胸に手を当てると、上着を強く握り込む。


(……シャーロットこそが、俺の、『運命の女の子』だ……)




***




「っ、ぷわあああ……!!」


 全力でクライドから逃げたシャーロットは、路地裏に飛び込んで壁に背中を付けると、無意識に止めていた息を吐き出した。


(い、いけません! ついうっかり、治癒魔術をクライドさまに使うときに、『いつもの』私の態度に戻ってしまいました……!!) 


 ぜえはあと浅い呼吸を繰り返すも、ここで休んでいる暇はない。シャーロットは更に奥の路地に走り、光っている魔法陣にぴょんと飛び込んだ。


 心地良い魔力に包まれて、体が浮遊する。

 転移酔いなど無縁なほど正確な魔術の主は、シャーロットたちが宿泊している宿の、その長椅子で待ってくれていた。


「ただいま帰りました、オズヴァルトさま!!」

「!」


 転移で戻ってきたシャーロットの姿に、オズヴァルトがすぐさま立ち上がる。シャーロットは愛しい夫に駆け寄って、事の顛末を話そうとした。


「あのっ、申し訳ございません!! ちょっとだけ失敗してしまいまして、まずはそのご報告を……」

「――シャーロット」

「!!」


 言葉を遮るかのように、オズヴァルトがシャーロットを抱き締める。

 シャーロットの無事を確かめる腕が、ぐっと情熱的に力を強めた。


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― 新着の感想 ―
[一言] クライド君てばしょうがないなぁもぅッ♥:(´∩ω∩`):
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