82 ひとつ分かってしまったのです!
「シャーロット」
クライドは悲しげな顔をして、シャーロットのことを一心に見つめる。
「あなたが俺を忘れようとも、あなたを想う気持ちは変わりません」
(うう……っ! オズヴァルトさまがよく、私のことをわんちゃんのようだと表現なさる心情が分かります……!)
「ですが、あなたからまるで知らない人間であるかのように見詰められる度、身を引き裂かれる思いがするのも事実」
クライドは胸に手を当てて、切実なまなざしをシャーロットに向けた。
「あなたの記憶が失われている限り、俺の元には帰って来てくださらない。……必ずあのオズヴァルトの腕の中に、帰ってしまわれるのでしょう?」
(あわわわわ!! 腕の中だなんてそんな、そんな……!!)
大声を出したいのを堪えつつ、シャーロットはぐっと俯いた。
「あなたが記憶を取り戻すための、そのお手伝いをしたいのです。……どうか、お許しいただけませんか?」
(クライドさまは、私の記憶を戻したいとお考えなのでしょうか……)
手にした扇子を広げ、口元を隠しつつ思考する。
(私と結婚していたことも、私を愛して下さっているというのも本当で、だからこそ思い出させたいと思っていらっしゃる? 継承権争いに関与しているという想定は考えすぎで、私が祝福魔法を授かれないのも、すでにクライドさまと結婚しているからだと仮定すると……)
クライドの発言や、シャーロットが結界に弾かれる理由については、すべて辻褄が合ってしまうのだ。
(それなのに、やはり違和感があるのです)
「どうかお願いです、シャーロット。あなたの記憶を取り戻す、その努力の一環として……」
クライドがその目を眇め、真っ直ぐにシャーロットへと懇願した。
「私と共に、来ていただけませんか?」
(――――あ)
その瞬間、シャーロットはあることに気付いてしまった。
「……違和感の理由が、よく分かったわ」
「違和感、ですか?」
クライドが不思議そうに首を傾げるが、シャーロットはグラスを置きながら続ける。
「近頃のオズヴァルトさまったら、私をとても可愛がって下さるの。同じ寝台で寝ると仰ったり、私との婚姻を楽しみにして下さったり……私の名を呼んで、微笑みを向けて」
オズヴァルトの姿を思い出すだけで、シャーロットの胸がきゅうっと疼く。
与えられる想いを受け取る度に、シャーロットはいつも叫び出しそうになった。すべてを抱き締めていたいのに、耐えられないような気持ちにもなって、身に余る喜びに震えてしまう。
(オズヴァルトさま……)
思わず微笑みを浮かべたシャーロットに対し、クライドはやさしい微笑みを向けた。
「……あなたから他の男の話を聞くのは、どうしても心が乱されますね」
彼の言葉はさびしげで、これまでは罪悪感が刺激されていた。
けれどもいまのシャーロットは、悪女らしくきちんと振る舞える。
「嘘よ」
脳裏に思い描くのは、シャーロットを慈しむように見詰めてくれる、大好きなオズヴァルトの双眸だ。
大事なものに向けるまなざしの中に、確かな熱を帯びている。オズヴァルトのあの瞳と、クライドの目付きは違っていた。
「あなたは私のことなんて、ちっとも愛していないでしょう?」
「――――……」
どれだけ表情を取り繕っても、その目が如実に物語る。
「シャーロット」
「あら。こちらに来ないで?」
シャーロットはくすっと微笑み、悪女らしくクライドを挑発しながら拒んだ。
「私を愛するなどと言った嘘吐きには、近付きたくないの」
「…………」
それでも立ち上がったクライドが、椅子に深く腰掛けたシャーロットの顔を覗き込む。
「近付かないでと、言ったでしょう」
「……聞けませんね」
(ここで私は、本気でクライドさまを拒むふりをして――作戦を決行するチャンスです!!)
実のところ、シャーロットのこの場での目的は、会話でクライドから情報を引き出すことではないのだ。エミールはシャーロットに、小さな宝石の粒のようなものを渡してくれた。
『いいかいシャーロット。そのクライドという男に接近して、気付かれないようにこの魔術具を仕込んでおいで。小さなビーズくらいの大きさだから、さり気なくポケットにでも忍ばせるんだよ』
けれどもポケットに物を入れるのは、よほど近付かなければ難しい。どれほど小さなものであろうと、仕掛ける動きそのものが不自然なため、クライドが接近してくれる好機を探っていた。
(あと少し近付けば、なんとかクライドさまのポケットに隠せるかもしれません!)
シャーロットが行動に移そうとした、そのときである。
「失礼。シャーロット」
「?」
身を屈めたクライドが、シャーロットの耳元で囁いた。
「少しだけ、お身体を伏せていていただけますか?」
「え……」
その瞬間、クライドがぐっとシャーロットを抱き締める。
直後、シャーロットとクライドのすぐ傍に、風の魔法が迸った。
(この魔術……)
瞬きをして見上げたシャーロットは、血の匂いがすることに気が付いて息を呑む。




