78 王位に影響があることです!
エミールは楽しそうに笑い、机に両手で頬杖をついた。
「はは。お嫁さんというよりは、小さくて健気な動物という振る舞いだ」
「恐れながら、彼女は間違いなく俺の妻です。……犬のようなのは否定しませんが」
「つまあ……っ!」
引き続きの攻撃に、シャーロットは両手で顔を覆った。『エミールの「弟」であるオズヴァルト』という存在だけで息も絶え絶えだったのが、何度もとどめを刺されているような心境だ。
「おとうと、つま、おとうと、つま……」
「まさかあの悪虐聖女ちゃんの中身が、こんなに愉快だなんてねえ」
エミールはくすくす笑いつつ、見た目だけならばとてもやさしそうな微笑みをシャーロットに注ぐ。
「――僕たち兄弟の力関係を変える『鍵』には、とても見えないな」
「!」
その言葉に、シャーロットはぴんと背筋を伸ばした。傍らのオズヴァルトが、ほんの少しだけ眉根を寄せる。
「……エミール殿下」
「自覚は常に持っておくべきだよ、オズヴァルト。お前はすでに、自分の持つ王位継承権を主張している」
エミールは頬杖の姿勢を崩して、目の前に立つオズヴァルトを上目遣いに見上げた。
「それはつまり、王位継承権の争いに名乗りをあげたということと同義だ。たとえ、お前は玉座に興味がなくとも」
「オズヴァルトさま……」
オズヴァルトは国王の息子でありながら、母親の身分の関係で、王子であることを隠されながら育った立場だ。
子供の頃は存在を隠され、成長して魔術の腕が認められてからは、公爵家の養子として迎えられた。
あくまで臣下の身の上であり、王室の一員としては認められることなく、オズヴァルト自身もそれを許容しながら生きてきたのだ。
それなのにオズヴァルトはつい先日、彼の祖父を後見人とした上で、自身にも王位継承権があることを父親と兄弟たちに示したのだ。
すべては、これまで王室に虐げられてきたらしいシャーロットを守るためである。
シャーロットが害されそうになったとき、公爵の身分では、王子たちに手出しが出来ない。
しかし、王位継承権を持つ王子としてであれば、オズヴァルトも対等に対峙出来る。すべてはそのために行動してくれたのだった。
「もしかして……」
先ほどのエミールの発言をきっかけに、シャーロットの脳裏に想像が浮かぶ。
「私とオズヴァルトさまの結婚は、国王になりたい他の王子さまたちにとって、ものすごく不都合なことでしょうか?」
「…………」
恐らくはオズヴァルトも同じことを考えながら、敢えて口にはしていないのだろう。エミールもにこりと微笑みを浮かべ、遠回しに肯定した。
「君は、オズヴァルトに並ぶ我が国の最終兵器だよ。悪虐聖女ちゃん」
神力を封じられ、記憶がなくなった今のシャーロットにも、その発言の意味はよく分かる。
「父上が君とオズヴァルトの結婚を命じたとき、兄弟たちの半分以上は焦ったんじゃないかな」
「……私がオズヴァルトさまのものになれば、王位継承権を持つ皆さまの中でも、オズヴァルトさまの力が突出してしまうからですか?」
「その通り。もっとも君の神力を封じた上で、監視役として傍にいられるのは、オズヴァルトと一番上の兄上くらいだ。現時点で王位継承権一位の嫡男を、自国の聖女と結婚させるのも損だからね」
「オズヴァルトさまの、一番上のお兄さま……」
王族の結婚は、基本的に政略を前提として行われる。
王太子の妻の座は、国外との同盟や外交において重要なため、その座にシャーロットを就かせる考えはなかったということなのだろう。
「……アンドレアス殿下は、シャーロットと折り合いが悪いとのお噂でしたが」
「記憶を失う前のシャーロットちゃんは、あの兄上に対しても強気の態度だったからね。恐らくはそれも悪虐聖女としての演技だったのだろうけれど、臣下たちはよく冷や冷やしていたよ」
エミールは笑い、きょとんとしているシャーロットにウインクをする。
「怖い人なんだ、気を付けて。オズヴァルトであろうとも、アンドレアス兄上と争うと無傷ではいられない」
「お、オズヴァルトさまでもですか!?」
「落ち着け。君が狙われない限り、俺があのお方と衝突することはない」
「うううっ、オズヴァルトさまが格好良いですうう……!!」
だが、ときめいてばかりでは話が進まない。シャーロットははっとして、姿勢を正す。
「国王さまはどうしても、私の神力を封じたかったのですよね?」
「そう。なにせ、悪虐聖女の名前は国内外に轟きすぎたからね」
言うまでもなく悪名だろうが、シャーロットにとってその点は気にならない。ふんふんと頷きながら、一生懸命にエミールの話を聞く。
「あのタイミングで神力を封じておかなければ、聖女シャーロットを狙う国々との戦争が繰り広げられることになっていたはずだ。けれど父上が戦争を行う目的は、あくまで国を広げて豊かにするためだから」
「そんな理由での戦争は避けたい、ということですね?」
「そう。しかもこの結婚は君を封じるだけでなく、オズヴァルトに余計な力を付けさせない方法としても使える。父上からしてみれば、国内の貴族令嬢がオズヴァルトの妻として後ろ盾となるよりも、神力を封じられた無力な聖女がお嫁さんに来た方が御し易い。オズヴァルトが王位継承者になる場合も、一介の公爵で終わる場合もだ」
オズヴァルトには五人の兄がいる。こうして父王の考えを説明できるのは、エミールだけではないはずだ。
「王子さまたちは、いずれ国王さまがオズヴァルトさまに対して、私の神力を封じて結婚するように命令することが予想できた……」
「そうなるね。数年前からそれを予見して、シャーロットと別の誰かを『秘密裏に結婚させた』兄弟がいたとしても、おかしくはないかな」
エミールは頬杖をやめ、椅子の背凭れに身を預ける。
「君たちふたりの結婚を妨害することは、オズヴァルトの王位継承を妨げることと、見事に繋がる」
「――――……」
オズヴァルトが、忌々しそうに目を伏せた。




