77 存在が完璧すぎるのです!
「そもそも窓から飛び降りて、魔力暴走を鎮めに向かわれた時点から限界突破でしたのに!! 即解決で私を守ってくださるその手腕、世界中の誰も並ぶことは出来ないのでは!? クライドさまと対峙なさるその背中も凛々しく格好良く、悶絶を堪えるのが何よりの重労働で……!!」
「ひとまず君が元気そうでよかった、今後は一層守りの強化をしていこう。旅行用に就寝時や寝起きも身に付けられる守護石を調達しなくてはな……」
オズヴァルトにもらった守護石の首飾りは、たくさんの装飾が施されたものだ。就寝時にも首から掛けておくことは現実的ではなく、いまは寝台の横のサイドテーブルに置いてあるのだった。
「起きてすぐに着用しなかった私は、自衛の意識が足りませんでしたね……」
「着替える間もなく下での騒ぎがあったんだ、君がしょげる必要はない。……俺の責任だ」
そう口にしたオズヴァルトの声は重い。彼は部屋の天井付近を見上げ、ぽつりと呟く。
「王侯貴族が宿泊に使うこの宿は、王城防衛級の結界が張ってあるはずだ。それなのに、あの男は……」
(……転移によって侵入できたということは、ものすごい魔術師ということになるはずです)
シャーロットは、自らの左胸にそっと手を当てる。以前のシャーロットはクライドと、一体どのような関わりを持っていたのだろうか。
「いずれにせよ警戒しておこう。あのクライドという男は、随分と君に執着しているように見える」
「……ううーん……」
どうにも引っ掛かっていることがあり、シャーロットは首を傾げた。
「シャーロット?」
「い、いえ! なんでもありません」
***
「――シャーロットの夫を自称する男、ね」
「はい。エミール殿下」
オズヴァルトが一連の出来事を話し終えると、その人物は執務机に頬杖をついた。
彼が俯くと、銀色の髪がさらりと揺れる。伏せられた瞳がオズヴァルトと同じ赤色をしているのは、この男性とオズヴァルトが血縁者だからだ。
(この国の第三王子、エミールさま。……オズヴァルトさまからご覧になって、二歳年上の異母兄君……)
オズヴァルトがシャーロットを連れて来たのは、このエミールのいる王城執務室である。
オズヴァルトは幼少期、高い魔力と複雑な出自から、兄王子たちにも拒絶されていたそうだ。
庶子であるオズヴァルトが、自分たちの地位を脅かしかねない力を持っていたために、時には命の危険を感じるほどの行動も取られたらしい。
そんな兄王子たちの中にあって、エミールは時折、オズヴァルトを助けてくれることもあったと聞いている。
シャーロットが第四王子ランドルフに連れ去られた際、諸々の事後処理を行なってくれたのも、このエミールだ。
(あのあと、エミールさまにご挨拶をした際のお言葉には、とてもびっくりしましたね……)
エミールは柔和な笑みを浮かべつつ、はっきりと断言したのである。
『僕は王位継承権に興味はないからね。骨肉の争いは、したい人間が好きにやればいい』
やさしそうな笑顔とは結びつかない、そんな口ぶりだ。
敵に回すのは得策ではなさそうな人物だが、オズヴァルトが今回頼ることにしたのはこのエミールだった。
(オズヴァルトさまは、エミールさまのことを信頼なさっているのでしょうか?)
エミールは目を伏せたまま、オズヴァルトの言葉に耳を傾けている。シャーロットは異母兄弟の会話の邪魔にならないよう、口を塞いだままふたりを見守っていた。
「それで新婚旅行を中断して、王都まで転移してきた訳か。僕ならば、シャーロットの過去について知ることがあるのではないかと思って?」
(『お兄さま』のお傍にいらっしゃるオズヴァルトさま、新鮮ですね……!)
「仰る通りです。ご存知の通りシャーロットに記憶はなく、私も彼女についての事情を殆ど知りません」
(はっ……!? 私ったら、とんでもないことに気が付いてしまいました!!)
「その男は、二年前にシャーロットと婚姻を結んだ旨を主張しています。しかし私とシャーロットの婚姻は、我らが国王陛下のご命令によるもの。男の主張は陛下への冒涜とも言えるでしょう」
(オズヴァルトさまはいつでも素敵なオズヴァルトさまですが、お兄さまと一緒にいらっしゃるときは『オズヴァルトさま(弟)』という属性がつくのです……!! 弟のオズヴァルトさま、弟の……!!)
「男はクライドと名乗りました。この人物にお心当たりがあるかも含め、エミール殿下のご意見を賜りたく」
「少し待とうか、オズヴァルト。……それから、僕の新たなる義妹、シャーロット?」
エミールはにこっと微笑みつつ、シャーロットに視線を向ける。
「……君はさっきから無言なのに、どうしてそんなに賑やかな気配を放っているのかな?」
「おっ、おと、弟……!!」
「シャーロット、息をしろ」
「オトオト?」
「すーっ、はーっ!」
オズヴァルトの号令によって必死に理性を保ちつつ、言われた通りの深呼吸をする。




