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【完結】悪虐聖女ですが、愛する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、溺愛は想定外なのですが)  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第2部〜

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71 旦那さまのそれは反則です!

***




 開け放たれた窓からは、穏やかな春の風が吹き込んでいる。


 透き通ったレースのカーテンが揺れるのは、大神殿のすぐ側に建てられた宿の一室だ。

 ここは巡礼を行う王侯貴族に向けて作られており、各階に一部屋だけの仕様である。十階建ての塔仕立てで、最上階のここからは聖都の景色が一望できた。


「では、改めて状況を整理するぞ」


 長椅子に腰を下ろしたオズヴァルトが、肘掛けに頬杖をつきながら息を吐く。

 大神殿に赴くための正装から上着を脱ぎ、シャツ姿で袖を捲っているオズヴァルトは、脚を組んで難しい顔をしていた。


「クライドという男は、以前の君となんらかの事実を共有していた人物のようだ。それも、記憶喪失についての」

「……」

「これまでの推測では、『以前の君が記憶を失ったのは、君自身が意図したものである』という予想だった。君が陛下から受けた契約魔術を回避するための、逃げ道としてな」


 そんな風に考えたのは、『悪虐聖女シャーロット』には、命に関わる契約魔術が施されていたからである。


 この国の王族から下された命令には、絶対に逆らえないという魔法だ。

 以前のシャーロットはその契約に縛られた結果、戦場で残酷な振る舞いを強制されていた。


 けれども記憶を失った今のシャーロットに、その契約魔術は通用していない。

 王族の命令に背いても、落命を伴う苦痛に脅かされることはなかったのだ。シャーロットたちはその理由にこそ、記憶喪失が作用しているのではないかと想定していた。


 以前のシャーロットがそのような手段を取ったのは、オズヴァルトへの秘めた恋心があったからだ。


 王命による結婚に、オズヴァルトを巻き込みたくない。かといって契約魔術が施されている以上、その命令に背いて逃げ出すことも出来ない。


 だからこそシャーロットはそれを打破するため、オズヴァルトとの婚姻で王家からの監視が緩んだ契機を利用し、自分自身の記憶を封じたのではないだろうか。


 その上で、記憶を取り戻した自分にはオズヴァルトのことを敵だと思わせて、オズヴァルトの元から逃げ出すように仕向けた。


 シャーロットがオズヴァルトに強いときめきを抱く度、手帳に残していた魔術を発動させることによって、偽りの映像を見せたのだ。


 そうすることが、幼い頃から密かに恋い慕っていたオズヴァルトに迷惑を掛けない、唯一の方法だと考えて。


「君の推測に、俺が異論を唱えるつもりはなかった。だが、そのクライドという男の言い分を考慮するのであれば」

「………………」

「『あなたは恐れていた通りに記憶を失う事態へと陥った』という言葉。……それが事実だとすると、君の記憶喪失は『君』が意図して招いたものではないということだ」

「……………………」


 そこまで話し終えたオズヴァルトは、隣に座るシャーロットを見て怪訝そうに眉根を寄せる。


「シャーロット?」

「――――……」

「おい。どうした、先ほどから黙り込んで。まさかとは思うが、やはり門に弾かれたときの異変が何か……」

「お…………っ」


 ずっと堪えていたシャーロットは、抑えきれなかった思いを溢れさせながら自身を抱き締めた。


「――――オズヴァルトさまのっ、気怠げ上着脱ぎシャツ腕捲り脚組み姿……っ!!」

「……ケダルゲウワギヌギ・シャツウデマクリ・アシクミスガタ……?」


 まったく理解出来なかったらしきオズヴァルトが、呪文を真似るように繰り返す。けれどもシャーロットはそれどころではなく、目の前の大変な存在に打ち震えた。


「いけません駄目です反則です……!! 普段きっちりしていらっしゃるオズヴァルトさまが、こうしてお見せ下さる寛ぎのご様子!! ただラフな格好をなさっているのとはまた違う、正装を着崩したときだけに醸し出されるこのアンニュイさ!!」

「シャーロット」

「この高級感溢れるお部屋の中で、何よりもオズヴァルトさまが輝いています!! あなたこそ聖都においても最も神聖なる存在、やはり愛しのオズヴァ……っ」

「俺も愛している。だからまず話を進めさせてくれ」

「ふぁ」


 愛している。

 さりげない発言にこちんと固まったシャーロットに対し、オズヴァルトはしれっとした様子で推論を続けた。


「記憶喪失が君の意図したものでないとすると、何か他に重大な事情があったということになる」

「……愛……オズヴァルトさまが、あああ、愛……」

「そして、君の夫を自称する不届きな男だが」


 ぐるんぐるんと視界が回る中でも、オズヴァルトの望む通りに話を進めたい気持ちはある。


「じ……」


 シャーロットは錆びた蝶番のように、ぎぎぎとぎこちない動きで口を開いた。


「自称かどうかは、はっきり断言出来ないのが、問題ですよね……?」

「……」


 一度『愛している』については考えないことにして、シャーロットは必死に冷静な思考を取り戻そうと努力した。


「何しろ私には、数ヶ月前よりも古い記憶がありません……。先ほどオズヴァルトさまが教えてくださった、婚礼の大門に拒絶される要因のこともありますし」


 既に他の誰かと婚姻を結び、神の祝福を授かっている場合は、他の人間と結婚することは出来ない。


(もしも私が本当に、クライドさまというお方と結婚している場合)


 シャーロットはおずおずと、上目遣いにオズヴァルトを窺った。


(オズヴァルトさまとの結婚は、一体どうなってしまうのでしょう……)

「……」


 オズヴァルトはシャーロットの悲しそうな顔を見て、溜め息をつく。

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