69 見知らぬ美青年が、◯◯◯だそうです!?(第2部1章・完)
シャーロットにとって、すべての基準がオズヴァルトだ。目の前にどんな美しい男性が現れても、思考では常にオズヴァルトのことを考えてしまう。
悪女のふりをしながら、シャーロットは澄ました顔で尋ねた。
「……私に何か、ご用かしら?」
自制したシャーロットが見上げた先には、深い青色の双眸があった。
青年は、他の女性たちが見れば一目で恋に落ちそうなほどの美しい笑みを、シャーロットへと向けるのだ。
「どうかそのように、あなたらしくない振る舞いをなさらないで下さい。シャーロット」
(……え?)
***
「司教殿。――シャーロットは何故、あの門の結界に弾かれたのですか?」
案内された一室で、オズヴァルトは司教に率直な問いを向けた。司教はあからさまな愛想笑いを浮かべ、話の矛先を逸らそうとする。
「ラングハイム閣下。せっかく遠いところからお越し下さったのです、いまお茶などのご用意をいたしますゆえ……」
「結構。この後に妻と街を回り、店などに立ち寄るつもりでおりますので」
普段ならもう少し丁重に社交辞令を重ねる所だが、いまのオズヴァルトにそのつもりはない。先ほどのシャーロットの顔を思い出して、苦々しい心境になる。
(あれは無理をして笑っていた。……そもそもが大神殿などに、あいつを近付けたくなかったものを)
幼いシャーロットは、王都にある神殿の中で育てられ、厳しい教育を受けてきたのである。
ほとんど奴隷のような扱いを受けていたと知ったときは、憤りで頭の奥が煮えるような思いがした。
誰も助けることがなかった理由のひとつは、シャーロットはこの国の人間ではなく、他国から奴隷として差し出された存在だったからだ。
十四年前、苛烈な領土争いをした敵国が、これ以上の侵略をさせないための交換条件にと『聖女』シャーロットを使った。
オズヴァルトの父王はそれに応じ、絶大な力を持ったシャーロットをこの国のために利用し始めたのである。
そのための教育機関だったのが、王都にある神殿だ。
(本来なら婚姻の祝福は、王都の神殿でも授かれる。そしていまのシャーロットに記憶は無く、子供の頃の経験は魔法映像で見ただけだと笑う。……それでもあいつを虐げてきた場所に連れて行きたくはないと、この街の大神殿を選んだ訳だが……)
内心の不機嫌をどうにか押し殺し、オズヴァルトは息を吐いた。
「司教殿。私は一刻も早く、妻の元へと戻りたく考えております」
「し、しかしラングハイム閣下。閣下がこの大神殿にお越し下さったのは初めてのことでございます。ご高名な魔術騎士団長さまのお話を、是非ともお聞きしたく……」
「生憎ですが、休暇中ですので」
オズヴァルトとシャーロットの婚姻について、良く思わない人間が圧倒的多数だ。
王室によって築かれたシャーロットの悪名や、オズヴァルトと良家の令嬢を結ばせようとした政治的派閥の謀略、その他の様々な思惑が存在する。
シャーロットとの結婚を宣言して以来、この手の妨害を受けることは度々あった。
シャーロットに勘付かれる前に、それらは全て潰しているつもりだ。しかしシャーロットはああ見えて聡く、察して傷付いている可能性も高い。
(提案に従ってシャーロットを外に置いてきたのも、司教の態度で落ち込ませる可能性があったからだ。そうでなければシャーロットに関する問題で、あいつを抜きにして話す必要も無かった)
考えるほどに苛立ちが増すが、言葉にはせず視線にだけ込めて司教を睨む。すると司教は観念したように、ようやく本題を切り出した。
「……あの門の結界に弾かれる要因は、いくつか存在します。端的に申し上げると、奥方さまには資格がございません」
「どういう意味か、はっきりとご説明いただきたい。我々の結婚は国王陛下より認めていただいており、書類上の婚姻は既に締結されている」
「か、神からの祝福を賜るための資格は、国の法律上の決まりとは違いますゆえ……一般的に考えられるひとつめとしては、年齢が十六歳に達していないことです」
オズヴァルトはそれについて思考を巡らせる。シャーロットの現在の年齢は、十八歳で間違いないはずだ。
(国王陛下のことだ。いずれシャーロットを結婚させて、政治的利用をする方法を視野に入れておられたのは確実……正しい年齢を確認し、証拠を提出させている。そして幼年期の一年の差は大きい中、二歳以上も上に誤魔化すことは難しいだろう)
オズヴァルトが続きを促すと、司教は咳払いをした。
「それから、大きな問題に繋がる事例としては……」
「事例としては?」
「その。なんと申しますか」
先ほど以上に口籠った司教に、オズヴァルトは眉根を寄せる。
「――その人物が既に、他の人間と婚姻を結んでいるケースです」
「………………は?」
***
大神殿の外で、見知らぬ赤髪の男性に微笑まれたシャーロットは、内心で俄かに緊張していた。
「俺があなたにこうしてお会いするのは二年ぶりですね。シャーロット」
(このお方……)
彼の微笑みはとても柔和で、好青年そのものだ。
表情や口ぶりの全てから、シャーロットのことを恐れていないことが伝わってくる。
(きっと私のお知り合いです、記憶を失う前の! そういったお相手に会ってしまうのは仕方ないとしても、問題は)
「あなたはきっとこれまでに多くの悲しみを抱きながら、それでも『悪虐聖女』として振る舞って来たのでしょう? さぞかし大変な苦労があったでしょうに、強いお方だ」
(このお方、私のことをやけにご存知でいらっしゃるような……)
無表情を貫きつつ戸惑うシャーロットを見て、男性は寂しそうに微笑んで肩を竦める。
「やはり、記憶が無いのですね」
(……!)
「二年前、久し振りにあなたにお会いしたときに、俺にだけ打ち明けて下さった通りだ。あなたは恐れていた通りに記憶を失う事態へと陥った、そうなのでしょう?」
「……あなたは」
男性は自身の胸に手を当てると、紳士的な一礼をして言った。
「俺の名はクライド」
そう名乗った彼は、少し垂れ目がちの双眸を幸福そうに細める。
「あなたもどうぞ以前のように、クライドと。……なにせ、私はあなたの『夫』なのですから」
(え……)
その瞬間に目を見開いて、大声を出さずに済んだのが奇跡のようだ。
(お、おおおお、夫ーーーーーーーーっ!?)
こうしてシャーロットの前には、最初のオズヴァルトに続いて人生で二度目の、『記憶にない見知らぬ夫』が現れたのである。
【第2部2章に続く】




