68 明確に拒まれているのです!
門の前に張り巡らされた光は、侵入者を拒む結界だ。
何重にも浮かび上がる魔法陣には、こんな言葉を意味する魔術の構成式が綴られている。
『拒絶』
『排除』
『遮断』
「……こ、これは……」
オズヴァルトに体を支えられながら、シャーロットは痺れた手をぎゅっと握り込んだ。
(仮にも聖女が、大神殿の結界に弾かれるなんて。なんというか、非常に外聞が悪くてまずいのでは……?)
オズヴァルトに迷惑を掛けるかもしれないと思うと、さーっと血の気が引いていくのを感じる。巡礼者がほとんど居ないのが幸いだが、神殿の司教たちには察知されてしまうだろう。
案の定、髭を生やした老齢の男性が、血相を変えて駆け付けてくる。
「ラングハイム閣下!」
「……司教殿」
オズヴァルトの名字を呼んだ司教は、何処か気まずそうな顔で目配せをした。
「その、閣下にお話ししたいことが。奥方さまには少々外でお待ちいただき、閣下のお耳にだけ入れたく存じます」
「それは承服しかねる。妻の同席を――」
「お、オズヴァルトさま」
シャーロットは司教に背を向け、他の人には聞こえない小声でオズヴァルトに告げる。
「どうぞ、司教さまとのお話に行ってきて下さい。私、お外でちゃんと待てをしていますので……」
「…………」
悪女の振る舞いをしなくてはならないのに、あからさまにしょぼしょぼと項垂れてしまう。
司教の前でも演技を出来そうにないシャーロットは、そのこともあってオズヴァルトを促した。
「……すぐに戻る」
(ううっ、心配そうにして下さっているオズヴァルトさま……! 普段ならこのお顔だけで元気になれるところなのですが、さすがに今は……!!)
シャーロットは頑張ってにこっと微笑む。オズヴァルトは息を吐き、シャーロットの胸元に揺れる守護石の首飾りに触れた。
「この石を、誰からもよく見えるようにして待っているように」
「は、はい!」
「良い子だ」
オズヴァルトはぽんっとシャーロットの頭を撫でると、司教の方に向かって歩き出す。
「手短に願います。妻をあまり待たせたくないもので」
「では、恐れ入りますがこちらへ」
シャーロットのくぐれない門が閉ざされ、オズヴァルトの声が聞こえなくなる。
これも普段であれば、門に張り付いて極限まで音の収集を試みるのだが、いまのシャーロットには難しかった。
(ひ、ひとまず人目に触れない場所で、どなたにもご迷惑をお掛けしないように……)
よろよろと石の階段を降り、なるべく目立たない隅の方に向かう。そして柱と壁の隙間に収まったシャーロットは、水を切らした茸のように萎れ始めた。
(婚姻の祝福を受けるための門に、拒まれました……!!)
あの門を通過出来ないということは、婚姻の祝福を受けられないということだ。その理由にも解決方法にも、まったく思い当たることがない。
(オズヴァルトさまが、楽しみにしているとあんなに仰って下さったのに)
しょんぼりと身を丸め、べそべそと自分の不甲斐なさを嘆く。
(私が門を通れなかった所為で、オズヴァルトさまのお気持ちを踏み躙ってしまったのでは? オズヴァルトさまが様々なお考えから、私を守るためにと動いて下さったのに。オズヴァルトさまが嬉しそうでいらしたのに、オズヴァルトさまがせっかく、オズヴァルトさまが……)
頭の中にたくさんのオズヴァルトが浮かんできて、シャーロットは嘆くのをぴたりと止めた。
「………………」
顔を上げ、ぐすっと鼻を鳴らしつつ頭を振る。
(……いえ! 考え方を間違ってはいけません、冷静にならなくては。私がこのように自分を責めることを、オズヴァルトさまが良しとされるはずは無いのですから……)
シャーロットが門に拒まれたことではなく、シャーロットが悲しんでいる事実の方を嫌ってくれる。
シャーロットの大好きなオズヴァルトは、そういう人だ。
「……私の精神力が、足りなかったのかもしれませんね」
シャーロットは自分に言い聞かせ、そうに違いないと想像で胸を張った。
「いまの未熟な私がオズヴァルトさまの妻として扱われては、あらゆることに耐えられず気絶してしまう! それを門は見抜いたのでしょう、そうに違いありませ――」
「失礼。レディ」
「!」
不意に後ろから声を掛けられ、反射的に振り返る。
そこに立っていたのは、見知らぬ赤髪の青年だった。
その赤い髪は、オズヴァルトの黒髪と比べると少し癖がある。
オズヴァルトも夜会などのときに整髪剤を使い、普段と違う雰囲気の髪型に固めていることがあるが、その青年も毛先が跳ね過ぎないようにしているようだ。
身長はオズヴァルトよりほんの少し低いだけで、この青年も長身なのは変わらない。年齢も恐らくはオズヴァルトに近いだろう。
青年が身を包んでいる軍服は、オズヴァルトの瞳と同じ赤色である。それから見事な金の刺繍が施された、黒い手袋も嵌めていた。
(あちらの黒い手袋。きっとオズヴァルトさまにも、とってもお似合いになるでしょうね……)
頭の中のオズヴァルトに手袋を嵌めてもらうと、想像でありながらも惚れ惚れする。
けれどもシャーロットは、オズヴァルトの何も着けていない手も大好きだ。
たとえばオズヴァルトの服装を自由に選べる権利を得た暁には、手袋を着用してもらうかどうかだけで一晩悩んでしまうだろう。
そんなことを考えていると、青年が少し寂しそうに笑う。
「……あなたは、遥か遠くの景色を眺めるかのような美しいまなざしで、俺のことをご覧になるのですね」
(は……っ! ついつい目の前の男性を通して、オズヴァルトさまのことばかり考えていました!)
だが、そのことはどうやら気付かれていない。
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