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【完結】悪虐聖女ですが、愛する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、溺愛は想定外なのですが)  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第2部〜

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67 旦那さまが守ってくださろうとします!

***




 大神殿と呼ばれる建物は、この国においても特別な場所なのだそうだ。王都にある神殿より古い歴史を持ち、権威ある聖職者たちの多くがこの大神殿に仕えているという。


 王族が婚儀を執り行うにあたっても、敢えて王都ではなくこちらの大神殿を選ぶことも多いらしい。そんな大神殿は街の中央に据えられていて、長い石階段を登った先に聳え立っていた。


(ふわああ……!)


 階段の途中で見上げる大神殿の様子に、シャーロットは密かに目を輝かせる。

 記憶を失う前には立ち入ったことがあるのかもしれないが、いまのシャーロットにとっては初めて目にする、実に荘厳で美しい建物だった。


 彫刻を重ねたような石造りの神殿は、堅牢な外壁に繊細な彫刻を施して彩られ、強い存在感を放っていた。神殿というよりも城のような巨大さと外観で、尖った屋根が空高くを示している。


 時計塔がちょうど昼の三時を示すと、辺りには神聖な鐘の音が響いた。その透き通った音色が、石で作られた芸術とも呼べそうな大神殿の隅々まで染み込んでゆくかのようだ。


(これが大神殿……!! 入り口の扉が大きくて、なんて重厚なのでしょうか。あの向こうにはどんな光景が広がっているのか、そこに立たれるオズヴァルトさまのお姿を思うとわくわくが止まりませんね!)

「……なんとなく分かるぞ。大神殿を見て目を輝かせているように見えるが、まったく別のことを考えているだろう……」


 シャーロットをエスコートするオズヴァルトが、隣で手を引いてくれながらぼそりと言った。シャーロットは声に出さない代わりに、ふんふんと息も荒く無言で主張する。


(オズヴァルトさま!! あとで是非とも大神殿の前でおひとりで立ってみてくださいね、私はその光景を目に焼き付けて一生の宝物に……っ)

「…………」


 そんなシャーロットの傍らで、オズヴァルトがちらりと視線を向けた先があった。シャーロットはすぐに背筋を正し、すっと澄ました態度を取る。


(……怖がらせてしまって申し訳ありません。すれ違いのお方……)


 石段の隅に避けて跪いたのは、巡礼者の男性だった。


(オズヴァルトさまが祝福の申し入れをしたときに、大神殿側から返答があったのですよね。『当日は聖女シャーロットの訪問があることを巡礼者に周知する』と)


 巡礼者が怯えているのは、間違いなく『悪虐聖女』シャーロットに対してだ。


 金色の髪に水色の瞳、そして今日この日に大神殿を訪れるという条件が当て嵌まり、正体が見抜かれてしまったのだろう。

 そして他の巡礼者の姿が見えないのは、シャーロットを避けてのことに違いなかった。


『聖女シャーロットは残虐で傲慢。あれこそが稀代の悪女である』


 人々がシャーロットに抱いている印象は、もちろんずっと変わっていない。

 記憶を失ったシャーロットが真実を知っても、オズヴァルトからの誤解が解けても、それを世間に明かす訳にはいかないからだ。


(以前の私が悪女を貫いたのは、力の使い所を考えるよう仰った国王陛下のご命令の影響もあってのこと。今更『本当は違います』と弁解することは、国王陛下への反逆!)


 だからこそいまのシャーロットに記憶がないことも、本当の性格がこの様態であることも、合わせて極秘にしなくてはならない。


(戦争に勝つために必要な残虐性を、王室ではなく他の存在に背負わせる。そういった作戦も、きっと政治のひとつですものね)


 そしてシャーロットは、その役目を自分が負うことに異論がある訳ではない。

 オズヴァルトが分かってくれているのなら、他の誰にどう思われても我慢できるのだ。悲しくたって、反逆者として迷惑を掛けるよりはずっと良い。


 しかし、オズヴァルトはそうではないようだった。


「……あと少しだけ、待っていてくれ」

「オズヴァルトさま?」


 巡礼者の横を通り過ぎたあと、オズヴァルトが小さな声で言う。


「この祝福を終えて、君が俺の妻であるという立場を更に強固なものにさえ出来ればいい。……そうすれば君への『誤解』を解くために、俺も選べる手段が増える」

「お、オズヴァルトさま! どうかくれぐれもご無理はなさらず……!!」


 彼にはただでさえシャーロットのために、王位継承権の所有を主張させる羽目にもなっているのだ。

 オズヴァルトは国王の実子でありながら、決して王になることを望んでいない。

 それなのに、他の王位継承者からシャーロットを守る手段として、彼の父に宣言してくれた。


「この大神殿を出る頃には、君は魔法誓約上においても『俺の花嫁』となる」

「ひっ、花、嫁……っ」

「他国で生まれていながら、この国に差し出された存在が君だ。しかしこうすれば不安定で危うい身の上に、『シャーロット・リア・ラングハイム公爵夫人』という立場を与えてやれる。この国でしか通用しない書類上の婚姻だけではなく、世界のどの国でも認められる婚姻によってな」

「はひいいっ、ふ、夫人!?」

「『王位継承権を有する者の妻』だということを、国中に喧伝しても構わない。そうした肩書きを積み重ねた上で俺が守り抜けば、いずれ本当の君を世間に見せたところで、国王陛下とておいそれと君に危害を……シャーロット」

「ひわわわわわわ…………妻ァ…………!!」


 小刻みに震えるシャーロットの様子を見て、オズヴァルトが怪訝そうに顔を顰めた。


「…………君、俺の話がまったく耳に入っていないな?」

「入ってます聞こえてます分かってます!! 花嫁と夫人と妻がどうかなさいましたか!?」

「分かった、一旦落ち着こう。すべては祝福を済ませた後だ」


 深呼吸を繰り返すシャーロットのために、オズヴァルトが足を止めてくれる。

 石階段を登り切った先にあるのは、複数ある大神殿の入り口のひとつ、『婚礼の大門』だ。


(婚姻のための祝福を受けるふたりだけが、通れる門)


 そのことを思うと、心臓がばくばくと緊張に跳ねる。


「ほ、本当に良いのでしょうか。私がオズヴァルトさまと、婚姻の誓約をするだなんて……」

「…………今更、何を言っている」


 オズヴァルトの声が少しだけ低くなったことに、このときのシャーロットは気が付けなかった。オズヴァルトは溜め息をつくと、シャーロットよりも先に一歩を踏み出す。


「君が俺の妻であることに、誰の文句も言わせるつもりはない」

「……っ」


 シャーロットの手を取った彼は、門の前でこちらを振り返った。目を細め、やさしく告げるのだ。


「来い。シャーロット」

「は、はい……!」


 耳が熱くなりながら、震える足でオズヴァルトと共に歩く。


(オズヴァルトさまの、花嫁に……)


 そうして門をくぐろうとした、その瞬間だった。


「――――ひきゃんっ!!」

「シャーロット!?」


 凄まじい光が迸り、シャーロットの手に痺れが走る。子犬のような悲鳴を上げたシャーロットを、オズヴァルトが抱き止めて庇ってくれた。


「大丈夫か!? 怪我は!!」

「あ、ありません! ちょっと痺れて弾かれただけ、ですが……」


 外側に押し戻されたシャーロットは、引き返してくれたオズヴァルトと共に門を見上げる。




「私の存在が、拒まれた……?」




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