61 旦那さまとおうちに帰ります!
オズヴァルトの手が、子犬を撫でるようにわしわしとシャーロットの髪を混ぜた。
そしてオズヴァルトは、エミールの方に向き直るのだ。
「国王陛下より、私が継承権を獲得した件で、王位継承者は全員王城へ来るようにとの招集をいただきましたが。この件について、日を改めていただく訳には参りませんか」
「そうだね、兄上から父上にお伝えいただこう。ランドルフが目を覚ましそうもないし、こいつの処分を下す方が先だから」
エミールは柔和な笑みをやめて、ランドルフに冷たい視線を向ける。
「……まったく、なんのために父上が聖女を生かしたと思っているんだ? 父上に無断で、オズヴァルトを排除するためだけに聖女を殺そうとするなんて、馬鹿の愚行にもほどがある」
(わあ……と、とっても冷ややかです……!)
オズヴァルトは溜め息をついたあと、シャーロットを見遣った。
「今回のことで、ランドルフ殿下は大きな咎を負った。今後については国王陛下にお任せすることになると思うが、君もそれで構わないか? シャーロット」
「むむむ……!! 『はい』とお返事をしたいところですが、ランドルフさまの所業について、私はとても怒っています!」
「……それはそうだろうな。君を攫い、手酷い真似をして、挙句に殺そうと――……」
「だってこの方は、オズヴァルトさまにひどいことをなさったのですから!」
シャーロットがそう言うと、オズヴァルトとエミールは目を丸くした。
「オズヴァルトさまを魔術で攻撃なさったこともそうですし、オズヴァルトさまの悪口もたくさん仰いました! なのでその件につきましては、お目覚めになったあと、是非ともオズヴァルトさまに謝罪していただきたいです……!!」
張り切って憤りを表明するのだが、オズヴァルトは額を押さえて俯いた。
「……シャーロット、違う」
「え?」
「俺じゃない。被害に遭ったのは君だ、君。俺が気に入らないというランドルフ殿下の感情のために、利用されたんだぞ」
「そんなことは一切どうでもいいのです!」
ふんす、と力を込めて言い切った。
見れば、エミールが肩を震わせて笑っている。オズヴァルトは居た堪れないという表情で、大きく溜め息をつくのだ。
「オズヴァルト。知らない間に、随分と愛されているようだね」
「エミール殿下……。何卒、ご容赦を」
「???」
首を傾げたシャーロットは、そのあとで失態に気が付いた。エミールの前だというのに、ついつい素が出てしまったようだ。
(いけません、気を付けないと……! とはいえ。記憶を失う前の私も、本質的にはなんだか、そんなに変わらないような気もしますが)
記憶があろうとなかろうと、シャーロットはオズヴァルトが大好きだったのだ。
そう思っていると、エミールが肩を竦めた。
「さて、そろそろ行こうかな。オズヴァルト、転移陣を頼むよ。魔力も随分と回復しているようだ」
(本当に……私の神力を、オズヴァルトさまにお渡しすることが出来て一安心です!)
神力も魔力も、根幹は同じ力と言われている。とはいえ、人と人のあいだで受け渡しが出来るのかは未知だったので、オズヴァルトが死なずに済んで良かった。
オズヴァルトは頷き、転移の陣を展開したあと、兄王子であるエミールに告げた。
「エミール殿下。この度はお力添えをいただき、ありがとうございました」
「構わないよ。君と一緒で、僕は王位に興味はないのだし、何よりもおじいさまの頼みだったからね。……オズヴァルトのお嫁さんが良い子だから、助けてあげてって言われてさ」
微笑まれたシャーロットは、滅相もないとぶんぶん首を横に振った。
「それじゃあね」
エミールはランドルフの首根っこを掴むと、ひらりと手を振って姿を消す。
ふたりだけ残った崩れかけの部屋で、オズヴァルトはもう一度シャーロットを見下ろした。
「改めて聞くが、どこにも怪我はしていないな?」
「はい! オズヴァルトさまのお顔を見るだけで、元気がいっぱいに満ちてきます!」
「そういうことを確認しているんじゃない。……まあいい」
そう言って、シャーロットに向けて手を伸ばす。
「俺たちの家に帰ろう。シャーロット」
「…………っ」
その言葉に、泣きそうなのを堪えて飛びついた。
「はい、オズヴァルトさま……!!」
「こら。――抱き着きたいなら、勢いをつけて飛びつくのはやめろ」
オズヴァルトはそんな風に叱ったけれど、抱き着くことそのものでは怒られない。
そのことが、とても嬉しかった。
けれどもいまは何よりも、オズヴァルトが無事でいてくれて、一緒に帰れることが幸せでたまらない。
その喜びを噛み締めつつ、シャーロットは「はい!」と返事をするのだった。
***
次回、本編最終回のエピローグです。
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