59 旦那さまは世界一格好良いです!
「……っ」
心臓が、どくりと熱く脈を打つ。
それはひどく嫌な感覚で、シャーロットは口付けながら眉根を寄せた。失敗かもしれない、助けられないのかもしれないという恐怖で、瞑った目を開くことが出来ない。
(オズヴァルトさまを、ここでお助け出来なければ、私は……!)
けれど、その直後。
「――……」
オズヴァルトの手が、シャーロットの髪へと触れるようにして、やさしく頭を撫でてくれた。
(オズヴァルトさま……?)
そうしてくちびるが離される。
そのとき、辺りに立ち込める黒煙の向こう側で、ランドルフの叫ぶ声がした。
「もういい、纏めて殺す……!!」
荒く息をするランドルフが、再び炎をその手に纏う。
燃え盛る剣が生成された。黒煙が吸収され、視界が晴れてゆく。
「オズヴァルト、貴様の魔力は枯渇した!! あとは死を待つだけの身、とどめを、さして……」
だが、張り上げられていたランドルフの声は、すぐさま揺らぎを見せるのだ。
「――――……え?」
ぱきん、と透き通った音が鳴る。
ランドルフが握っていたはずの炎の剣が、氷へと姿を変えていた。
大きな水晶のようなそれは、重さを伴うものらしく、ランドルフが剣先を床に沈める。
「……なにが……」
何が起きたのか、分からないとでも言いたげな声だった。
けれども侵食は止まらない。ランドルフの元から広がった氷が、荒れた室内へと広がってゆく。恐怖に見開かれた彼の目は、一点を捉えていた。
「馬鹿な……!!」
視線の先にいるオズヴァルトは、真っ直ぐにランドルフを見据えている。
冷たい風が吹き込む中、オズヴァルトが一歩を踏み出した。その瞳に魔力が満ちているのは、誰の目からも明らかだ。
「ま……待て」
狼狽したランドルフが、静止の手を翳しながら後ずさった。
「やめろ、近づくな……!! 王族である僕に歯向かって、お前が許されるとでも思うのか!?」
「…………」
「こちらに来るんじゃない、化け物め!!」
罵声になど構う様子もなく、オズヴァルトが右手を動かした。
巨大な魔法陣の展開を恐れ、ランドルフが「ひっ」と息を呑んで縮こまる。次の瞬間、オズヴァルトが取った行動は、ランドルフの予想に反したものだったようだ。
「があ……っ!?」
オズヴァルトは、攻撃魔術を使ったのではない。
握り締めたその拳で、ランドルフの頬を殴ったのだ。
シャーロットもびっくりしたのだが、それによって吹っ飛んだランドルフは、もっと驚いたことだろう。
衝撃で動けなくなったランドルフを、赤い瞳が見下ろした。
「化け物で、上等だ」
オズヴァルトは、ゆっくりとした、それでいて力強い声で言い放つ。
「――力があるお陰で、守るべきものを守れる」
「……っ、オズヴァルトさま……!!」
オズヴァルトの元に駆け出して、めいっぱいの力で彼に抱き着いた。
「お体の具合は!? 痛いところは、苦しい場所は、お辛い部分はありませんか……!?」
「痛くも苦しくも辛くもない。……そうだな、あいつを殴った手が痛むくらいか?」
冗談めかしてそう言ったオズヴァルトは、シャーロットを受け止めるように背中へと手を回し、もう片手でシャーロットの横髪を耳に掛けてくれる。
「君こそ随分と無茶をした。……封印解除の衝撃を耐えて、転移陣まで引き千切るとは」
「すっごく、すごく頑張りました……!! オズヴァルトさまをお助けしたくて、お役に立ちたくて……!!」
話しているだけで泣きそうだ。オズヴァルトが呼吸をしていて、心臓がちゃんと動いている。
シャーロットには、その事実が何よりも嬉しかった。
「ですからどうか、褒めて下さい。あなたのお声で、お言葉で……!」
「……シャーロット」
オズヴァルトは、僅かに目を細める。
「悪い子だ。俺が展開した魔法陣で、君は逃げておくべきだった」
「あう……!!」
「上手く行ったのは結果論だ。――とはいえ」
シャーロットの鼻を摘んだオズヴァルトが、その手を離して微笑んだ。
「君が無事ならなんでもいい。……生きていてくれてありがとう、シャーロット」
「……っ!!」
その瞬間、シャーロットの左胸の奥の奥が、じわりと温かさに包まれる。
昔から、誰かにこんな言葉を掛けてもらえることを、自分がずっと望んでいたような気がした。
きっとそれは間違いではなく、オズヴァルトはいつだって、シャーロットの欲しいものをくれるのだ。
「……それにしても、本当に無茶をした。君に対し、ランドルフの命令による契約魔術が発動しなかったのだって、奇跡のようなものなんだぞ」
「そのことですがオズヴァルトさま。私はきっと……」
そこまで言いかけたところで、シャーロットは口を噤んだ。
この部屋の中央に、新たな転移の魔法陣が生まれたからだ。それを見て、オズヴァルトも意外そうに目を丸める。
「まさか……」
オズヴァルトが何か言い掛けた瞬間、その場にひとりの人物が現れた。




