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【完結】悪虐聖女ですが、愛する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、溺愛は想定外なのですが)  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第1部 とはいえ、嫌われているのですが〜

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58 旦那さまに差し上げたいのです!



 それを理解した瞬間だ。

 シャーロットの意識が引き戻され、炎に囲まれた結界に戻る。


 オズヴァルトとくちびるが重なり、舌に熱いものが触れていて、その熱が全身に広がるかのようだ。


「んん……っ!!」


 世界が歪み、均衡を失う。

 くちびるが離れたとき、オズヴァルトは膝を突き、シャーロットをようやく床へと降ろした。


「オズヴァルトさま……!!」


 けれどもそこは、転移魔法陣の上である。

 光が広がり、シャーロットを包もうとした。一度転移陣が発動すれば、それに抗うことは出来ない。


「……っ!」


 床に倒れ込まないよう、なんとか手を突いて、上半身を起こした。


(駄目です。……駄目。ここで、気を失ってはいけません!)


 身体中が熱い。血管の中に、力が溢れて脈打つかのようだ。

 左胸、心臓のあたりに封じられていた神力が、全身を巡るのがはっきりと分かった。凄まじい力の濁流により、意識が持っていかれそうだった。


(持ち堪えられない……!! 以前の私も、神力を封印された際、これに耐えきれずに気を失って……)


 抗うシャーロットとは裏腹に、転移の陣が光を増す。

 僅かな魔力しか使われていないため、発動までに時間が掛かっているのだ。


(あの方の、命を維持するための魔力すら、この魔法陣に費やされています……!!)


 シャーロットは、纏わり付く光を振り払い、オズヴァルトに手を伸ばそうとする。


「嫌です、オズヴァルトさま!!」


 けれどもオズヴァルトは、床に突き立てた氷の剣を握ると、足元のシャーロットを振り返らなかった。


「死ね、オズヴァルト……!!」


 ごおっと凄まじい音を立てて、周囲の炎が燃え上がる。

 ランドルフには、それが最後の高火力だったのだろう。結界が割れ、オズヴァルトの最後の指輪が砕けると同時に、辺りの炎も消え去った。


 燻る黒煙の向こう側から、ランドルフが炎の剣を振り翳す。

 オズヴァルトは迷わず氷の剣を持ち、燃え盛る刃を受け止めた。それぞれの魔力がぶつかり合って、青白い火花が迸る。


「オズヴァルト、貴様……!! 一体、どこに、そんな魔力が残っている……!!」

「生憎と。あなたと違い、戦場の最前線を経験している」

「馬鹿に、するなあっ!!」


 ランドルフが剣先を翻し、再びオズヴァルトに斬りかかった。オズヴァルトはそれを止めた上で、ランドルフごと後ろに弾き返す。

 本当に見事な魔力捌きだ。幼い頃のシャーロットが、彼に一目惚れしたのも仕方がない。それでもいまのシャーロットは、それに見惚れることなど出来なかった。


(魔力が残っているのではありません! オズヴァルトさまは、もはや精神力だけで、立っていらっしゃるに過ぎないはず)


 そこまで考えて、意識が途切れる。一瞬の気絶から、床に体を打ちつけた衝撃でなんとか持ち堪えた。


「うあ……っ」


 神力が戻ってくる感覚に、体や精神が耐えられないのだ。だが、必死に意識を繋ぎ止め、身を起こす。


(動いて下さい、私の体!! 戻ってくる神力に負けないで。転移からも逃れて、あの方のお役に立たなければ!! でないと)


 浅い呼吸を重ねながら、確実に訪れる未来を思い浮かべた。


(このままでは、オズヴァルトさまが殺されてしまいます……!)


 救えなかったという感覚は、先ほど目にした光景で味わっている。記憶が戻っていなくとも、あれは自身の身に起きた出来事だ。


「死ね……!!」

「――っ」


 その瞬間、オズヴァルトが手にしていた剣が飛ばされ、彼が石床に膝をついた。


「は……っ」

「オズヴァルトさま!!」


 苦しげな呼吸と共に咳き込み、オズヴァルトが肩で息をする。その顎から汗の滴が伝い、ぱたたっと散った。


「ようやくだ、オズヴァルト。ようやくずっと目障りだったお前を、消すことが出来る……」

「駄目です!! オズヴァルトさま、こちらに御手を……!!」


 手を繋げば、一緒に転移ができるかもしれない。この魔法陣の魔力では無理だと分かっていても、シャーロットは手を伸ばす。

 けれど、オズヴァルトは口元に笑みを浮かべたまま、それに応えてはくれなかった。


(助けられない……)

「終わりだ!!」


 シャーロットはぎゅうっと目を瞑る。


 決して諦めた訳では無い。

 いまにも途切れそうな意識を留め、転移の発動から逃れるように、強く祈った。


(――この膨大な神力の、使い方を)


 記憶の奥底に見た小さな少女に、自分自身に語り掛ける。


(どうかお願い、思い出して。……オズヴァルトさまを、お助けするために!)


 その瞬間だ。


「――――――!」


 シャーロットは、ぱちりと水色の双眸を開いた。


 体の中に散らばっていた力が、一気にそこで噛み合ったのを感じる。

 シャーロットの金色をした長い髪も、水色の瞳も睫毛もくちびるも、宝石のようにきらきらと輝いた。


 あれほど熱く、苦しいだけだった神力の脈動が、左胸の鼓動に重なったのが分かる。


(……扱えます。すべて私の意思で、この神力を!)


 転移の魔法陣が帯びた魔力を、シャーロットは自らの意思で遮断する。

 その上で、剣を振り上げたランドルフに手を翳し、結界を作り出した。


「な……っ!?」


 作り出された光の壁が、ランドルフの剣を受け止めて火花を散らした。

 ふわりとシャーロットの髪が靡く。剣は炎を吹き上げたあと、炭化したように真っ黒な塊へと変わった。


 ランドルフが驚いて手を離せば、床に落ちて粉々に砕け散る。


「何事だ!? いま、一体僕に何を……」

「そこを動かないで下さい、ランドルフさま」

「き……貴様こそ動くな、聖女シャーロット!! 契約魔術の元に命じる、王族である僕の命令に従い、『(こうべ)を垂れて跪け』!!」


 ランドルフはひび割れた声でそう叫んだあと、シャーロットを真っ直ぐに指差した。


 けれどもシャーロットは、もはやランドルフに構っていられない。羽織らされた外套の裾を翻し、オズヴァルトの元に駆けた。


「な……何故だ!? 何故動ける!! 聖女は僕に、王族の命令に逆らえないはずなのに!!」

「オズヴァルトさま……!!」


 シャーロットはその叫びに構わず、大好きな人の元に駆け寄ろうとした。

 しかし、膝をついたオズヴァルトは顔を歪め、苦しげに静止の声を上げる。


「来なくて良い、君は逃げろ……!」

「――……っ」

「こんな場所からも。王族からも、陛下からも逃れて、自由に好きな所に行け」


 そんな風に命じられたって、シャーロットの行きたい場所なんか決まっているのだ。


「あなたのお傍に居たいのです……!!」


 声を上げて、迷わずオズヴァルトに抱きついた。


 彼が息を呑んだ気配がする。

 シャーロットは、自分がどれほど虫の良いことを言っているのか、きちんと自覚はしているのだった。


 流星群の下の雪原で、一度はオズヴァルトの傍から離れることを選んだ。


 そうすることが、彼の幸せだと思っていたのに、結局はこの場所を望んでしまう。


「オズヴァルトさまが健やかで、毎日幸せに長生きして下さらなくては嫌です。それをこの目で見られなくては、私の幸せは有り得ません!」

「……シャーロット」

「ですから……!」


 シャーロットは、オズヴァルトの頰に向かって両手を伸ばした。


 オズヴァルトはきっと、命を賭けてシャーロットを守ろうとしてくれている。

 シャーロットをここから、そして王族の支配からも逃れさせようと選んでくれた。


(夫からの贈り物を突き返すなんて、私はなんという悪妻でしょうか)


 けれど、それでも。


(本当に愚かな妻でした。……私の幸せが、オズヴァルトさまの逃して下さった先には無いように、オズヴァルトさまの幸せも私には決められないものです)


 シャーロットは、心からの祈りを浮かべた。


「どうか、私と一緒に幸せになってください。……オズヴァルトさま」

「――!」


 そうして今度はシャーロットから、オズヴァルトへと口付ける。


(……思い描いて。守護石に、神力を移したときのような感覚を……!!)


 シャーロットの中に溢れる神力を、オズヴァルトへ受け渡すように。




 舌は触れず、くちびるが重なるだけの口付けに、想いと祈りを込めて捧げた。









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― 新着の感想 ―
[良い点] 二人の未来のために!頑張るシャーロット!!!
[一言] うぉおおお!ここまで一気読みしてしまった! こんなに素敵な作品が出会ってすぐに終わってしまいそうなのは残念だけど、逆にこの最高なタイミングで出会えた事に感謝!
[一言] はードキドキした
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