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【完結】悪虐聖女ですが、愛する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、溺愛は想定外なのですが)  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第1部 とはいえ、嫌われているのですが〜

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53/116

53 旦那さまのことなら分かるのです!



「く……!! なんだ? お前、さっきまでと態度が違うどころか、雰囲気まで……」

(あわわわ、いけません! ついつい耐えきれずに、色々と弾け出てしまいました……!)


 はむっと両手で口を塞ぐが、言葉は取り消せない。しかしランドルフは、シャーロットの変化そのものよりも、発言の内容が許せないようだった。


「大体が! 何故そんなにも、オズヴァルトを称賛する……!!」

「何故、と言われましても……」


 こうなっては、取り繕っても仕方がないだろう。シャーロットは、かつての自分らしき振る舞いをやめ、改めてランドルフへと向き直った。


「母君がお亡くなりになったのは、大変に痛ましいことです。ですがそれは、オズヴァルトさまの非であるはずもございません」

「な……っ」

「幼少期に魔力が暴走したという件も、体調や精神の不調によって起こるものですから。……それについて誰かが責められるとすれば、幼いオズヴァルトさまではなく、いたいけな幼な子を掻き乱した存在ではありませんか?」

「…………っ!!」


 心当たりがあったのか、ランドルフの瞳が揺れた。


「オズヴァルトさまに過去、どのようなことがあり、それによって何が起きていたとしても。――私が、あのお方をお慕いする気持ちに、揺らぎが起こることなど有り得ません」


 そう告げたシャーロットの心の中に、ある思いが生まれる。


(……あのとき、流星群の下でオズヴァルトさまが仰ったことも、近しい意味を持つものだったのでしょうか? ……過去に何をしていたとしても、私だって、幸せになって良いのだと……)


 けれど、自分自身に対してもそう考えるのは、いまのシャーロットには難しい。

 我ながら矛盾した心情だと、なんだか不思議にも思うのだった。


「私はオズヴァルトさまが大好きです。あのお方のお言葉や行動、お考えになることのすべてを恋い慕っています! オズヴァルトさまを称賛するなど、呼吸をするよりも自然なこと」

「……黙れ……」

「やっぱり、まだ語り足りませんよね? ランドルフさまがよろしければ、私はオズヴァルトさまの素晴らしさを言い尽くしましょう!!」

「黙れ黙れ黙れ!!」


 その瞬間、ランドルフが手を伸ばし、シャーロットの襟元を掴み上げた。


「うあ……っ!」

「僕の神経を逆撫でしたいか?」


 ドレスの襟首が絞られて、非常に呼吸がしにくくなる。


「喜べ、それは大成功だ……!!」


 シャーロットはぎゅっと眉根を寄せたまま、ランドルフを見上げた。


「僕を馬鹿にしているんだろう!? あんなやつが、オズヴァルトが、僕たち兄弟よりも優れた存在のはずがない!! あいつには汚れた血が混じっている。そうだ、王位を継げる可能性なんて無いはずなんだ……!!」

「……オズヴァルトさまはっ、素晴らしいお方です……!!」

「黙れと言っているだろう!!  まあいい、どうせお前の使い道は、ただひとつだ!!」


 赤く濁ったその瞳は、オズヴァルトの瞳とはまるで違った。

 シャーロットの襟首を締め上げる力が、ますます強くなる。


「待っていろ! お前をここで死なせた上で、オズヴァルトの汚点にしてやるからな……!!」

(第三者が、オズヴァルトさまをどのように汚そうとしても……!!)


 オズヴァルトの気高い存在が、曇ることなど有り得ない。

 すぐさま反論しようとして、シャーロットはぴたりと言葉を止める。


(もしや、この気配は……?)


 息苦しさを忘れたシャーロットは、愛しい名前を口にした。


「――――オズヴァルトさま……」

「っ、は……!?」


 ランドルフが、明らかにたじろいで表情を歪める。


「な、なにをいきなり……」

「もうすぐここに、オズヴァルトさまがいらっしゃいます。……結界のすぐ外側に、いらっしゃるのを感じるのです」

「馬鹿を言うな!!」

「んん……っ!!」


 ぎりっと引き絞る音がして、シャーロットはますます苦しくなった。


「妙なことを言い出したかと思えば……この塔は、強固な結界に包まれているんだ!」


 彼がこの場所に来た理由など、何故かと考えるまでもない。


「少々の魔術や魔術具では、外側に居場所を伝えることすら出来ない。オズヴァルトが、この場所を探り当てられるはずもない!!」


 ここにどんな危険があろうと、オズヴァルトはとてもやさしいのだ。シャーロットの異変に気が付けば、見過ごすはずもないのである。


(いらしては駄目です、オズヴァルトさま……!)


 ランドルフの手首を掴み、なんとか酸素を確保しようとしながら、シャーロットは祈った。


「それに、この部屋は石壁に囲まれているんだぞ!?」


 オズヴァルトの魔力の残量は、きっといまも枯渇しかけているはずだ。


 そしてここにいるランドルフからは、確かに強力な魔力を感じる。

 ここに張られた結界も、先ほどシャーロットに水を掛けた際の魔法陣も、一流の魔術師によるものだと察知できた。


(いまのランドルフさまは本気です。オズヴァルトさまを、害そうとなさっている……!! どうか、どうか、来ないで下さい!)

「お前はでたらめを言っている。いくらなんでも、外にいるオズヴァルトの気配が掴めるはずもないだろう……!!」


 いいや、シャーロットには掴めるのだ。


(分かります。大好きな、オズヴァルトさまのことですもの……)


 彼が帰ってきてくれると、心がわくわくと嬉しくなる。


 足音が聞こえなくとも、かすかな気配だけで喜びが溢れた。

 毎日、毎日、オズヴァルトがシャーロットの待つ屋敷へ戻るたびに。


 いまも感じている彼の魔力が、思い違いであるはずはない。


 だからこそ、シャーロットは祈るのだ。


「……ランドルフ、さま……! どうか、なにとぞ結界を強固に……!!」

「な、なんだって……?」

「結界の力をもっと強めて下さい、お早く!!」


 心から、ランドルフに懇願する。


「絶対に破られないような、もっと強力な結界でなければ……! そうでなければ、もうじきにオズヴァルトさまが、この結界を破ってしまいます!!」


 無理矢理にそう叫んだシャーロットに、ランドルフが動揺して手の力を緩めた。


「……っ!! けほっ、こほ……っ!!」


 ようやくたくさんの息を吸えて、咳き込んでしまう。

 床へと崩れ落ちたシャーロットを横目に、ランドルフが壁を睨みつけた。


「……こんな馬鹿なことが、あるはずもない……!!」

(……ああ……)


 みしり、と軋むような音がした。


(駄目です。……駄目、だめ、来てはいけません……!!)


 祈るような気持ちでそう願う。

 けれど、何かが崩壊するような歪な音は、どんどん大きさを増してゆくのだ。


「この場所を見付けられるはずがない。ましてや、この王室最高峰の結界が、外から破れるわけもないのに……!!」


 シャーロットは、部屋の外にいる存在を、あらためてしっかりと感じ取った。


(オズヴァルトさま……!!)


 その直後だ。

 どんっと大きな衝撃が走って、室内に突風が吹き込んだ。


「――――――……っ!!」


 硝子が割れるような音とは別に、石壁の崩れ去る音もした。

 凄まじい冷気が辺りを覆うが、シャーロットの胸元から溢れた光が、守るように包み込んでくれる。


 辺りは一面凍り付いて、床も天井もすべてが氷に覆われた。

 無事なのは、光に包まれていたシャーロットの周囲と、小さな結界で自身を守ったらしいランドルフの周りだけだ。


「う……」


 恐る恐る顔を上げたシャーロットは、無残にも砕け散った壁を見た。


 ぽっかりと空いた穴の向こうに、鮮やかな転移の魔法陣が浮かんでいる。


 土埃は、辺りの空気を濁らせたままだ。

 それでも響く靴音を、シャーロットが聞き間違えるはずもない。


 氷で出来た剣を手にし、青い外套を翻したその人物が、シャーロットの目の前に現れる。


「……っ」


 愛しい姿をこの目で見て、思わず泣きそうになってしまった。


(どうして……)


『どうしてここに、来てしまったのですか』という言葉を。

『ごめんなさい』という謝罪を、『助けて下さってありがとうございます』という感謝の気持ちを、きちんと声にしたかったのだ。


 けれど、シャーロットに紡ぐことが出来たのは、たったこれだけの音だった。


「……オズヴァルトさま……!」


 オズヴァルトは、ずぶ濡れのシャーロットを見下ろした。


 彼が手にしていた氷の剣を、凍りついた床へと突き立てる。


 そしてオズヴァルトは、すぐさま自身の青い外套を脱ぎ、シャーロットの肩に掛けてくれた。

 目覚めたばかりのあの朝、凍てついた部屋でくしゃみをしたシャーロットに、彼がそうしてくれたときのように。



「……迎えに来たぞ。ちゃんと待っていたか?」

「……っ!!」



 跪いてそう言ったオズヴァルトが、外套ごとくるむようにシャーロットを抱き上げた。


 ふわりと体が浮き上がり、びっくりして悲鳴を上げそうになる。

 片手で軽々とシャーロットを支えたオズヴァルトは、もう片方の手でシャーロットの襟元に触れた。


 ドレスには、ランドルフに掴まれた跡がくっきりと残っているだろう。けれどもいまは自分より、オズヴァルトのことが心配だ。


「駄目です、早くここから逃げて下さい、でないと……!!」

「君の無事を確かめるのが先だ」

「!」


 オズヴァルトの指が、シャーロットの首筋に触れる。

 華奢な金色の鎖を引っ張り、襟の中から水色の石を覗かせる。


「……さすがは国宝級の石だ。分厚い結界を通しても、感知出来る」

「こくほう?」

「君が、言い付け通り『迷子札』をずっと離さずにいてくれたおかげで、こうして見付け出せた」


 オズヴァルトは、満足そうに目を細めると、柔らかな表情でシャーロットに告げた。


良い子だ(グッド)。――――偉かったな、シャーロット」

「…………!!」


 向けられたのは、『オズヴァルトにそう褒めてもらえたら、嬉しさで一生頑張れてしまう』とねだったことのある言葉である。



 浅ましいことだと分かっているのに、体が震えるほど嬉しかった。


「オズヴァルトさま……っ」


 シャーロットは、オズヴァルトにぎゅうっと抱き着いてしまう。





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― 新着の感想 ―
[良い点] かわいいわんことご主人様の再会!
[良い点] 感動の名場面でも犬
[一言] ランドルフが空気過ぎてかわいそう~とも言えないくらいかわいそう。 カップルを邪魔するやつは仕方ない…通りすがりの犬以下ですもんね(笑)。
感想一覧
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