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【完結】悪虐聖女ですが、愛する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、溺愛は想定外なのですが)  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第1部 とはいえ、嫌われているのですが〜

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48 旦那さまに望みはしないのです!





「『俺が、お前のことを好きにならなくとも、構わない』と」

「…………」


 シャーロットはぱちりと瞬きをする。


 それは、心当たりが無かったからではない。

 むしろ、はっきり言った覚えがあるからこそ、オズヴァルトに問われた理由が分からなかったのだ。


「はい。確かにそうお伝えしました」


 けろりとして答えると、オズヴァルトの眉根が寄せられる。


「何故だ? 君は、俺のことが好きなんだろう。それなのに、どうして俺に同じ感情を求めない」

「……? だって、オズヴァルトさま」


 シャーロットは、するりとオズヴァルトから手を離した。

 そして、両手を自身の胸に重ねると、純然たる事実をはっきりと告げる。


「私は、罪人なのですよ?」

「……!」


 オズヴァルトは、何故そこで目を見開いたのだろうか。

 そんなことを考えながらも、シャーロットは微笑んだまま彼に答えた。


「そのことは、オズヴァルトさまだってご存知のはずです。私は悪虐の聖女であり、忌み嫌われる存在であると」

「それは……」

「だから、私がオズヴァルトさまに好きになっていただくなんて、有り得ません。だって」


 シャーロットは、当たり前のことを口にする。


「――……悪いことをした人間は、幸せになってはいけないのですから」

「……シャーロット……」


 笑って告げると、オズヴァルトがどこか苦しそうに顔を歪めた。


「……思えば、常にそうだったな。君は、自分からの愛情表現は欠かさないのに、俺が君に何かしようとすれば『受け取れない』という反応をする」

「オズヴァルトさまが、存在して下さっているだけで、私はとっても幸せですし……」


 シャーロットは、白く染まった息を吐き出しながら、オズヴァルトの瞳を見詰めてみる。


「ですので、どうかご安心くださいね! オズヴァルトさまに好きになっていただかなくとも、オズヴァルトさまに大切な女性が出来たとしても、私はいい子にしていられますから……!」

「…………は?」


 思い出すのは、先日の夜会で、オズヴァルトと話していた美しい女性たちのことだ。


 友人である令嬢たちも、オズヴァルトはとても女性に好かれると言っていた。それは当然で、彼はこんなに素敵な人なのだ。


「私は、大好きなオズヴァルトさまの妻になれました。……その事実があれば、なんだって怖くありません!」


 本当は、オズヴァルトが誰かほかの女性を好きになると、想像しただけで胸が痛むのだ。

 けれど、悲しくなる資格なんてない。だから無理矢理に笑顔を作り、明るい声で言う。


「私のことなど、好きになって下さらなくて良いのです。ただただオズヴァルトさまが健やかで、毎日幸せに長生きして下されば……」

「……馬鹿を言うな」

「?」


 オズヴァルトは、静かな憤りを滲ませた声音で言い放った。


「先ほどから聞いていれば、なんだそれは。俺がどうすれば幸せなのかを、君はまだ知らないはずだろう」

「……オズヴァルトさま?」

「何よりも君自身だ、シャーロット。一体どこに、君が幸せになってはいけない道理がある」

「それは当然です! 私はこれまでに、悪虐の限りを尽くしてきました」


 だが、オズヴァルトは言い放つのだ。


「――そのときのことを、何も覚えていないのにか?」

「……!!」


 シャーロットは、驚いて目をまん丸くしてしまう。



「……気付いて、いらっしゃったのですか?」

「…………」


 オズヴァルト自身、そのことを明かすつもりはなかったのかもしれない。彼はいささか眉元を歪めた上で、その視線をこちらに真っ直ぐ注ぐ。


「記憶がない君に、やってきたことの責任はないはずだ」


 シャーロットは、初めてオズヴァルトに背く発言をした。


「そんなはずは、ありません」


 正しい背筋で、迷わずに、愛しい人へと告げる。


「たとえ記憶を失おうと、私は私。――自分がしたことの償いも報いも、すべて私が負うべきものです」

「君には国王陛下によって、契約魔術が刻まれている。逆らえなかったのだとしたら、どうしようもなかっただろう」


 そしてオズヴァルトは、シャーロットに告げるのだ。


「少なくとも、いまの俺は。……君にも、『聖女』シャーロットにも、事情があったのではないかと考えている」

「……っ」


 その言葉があんまりにやさしくて、思わず泣きそうになってしまった。


(……ですが、あの光や夢に見せられた過去の私は、笑っていました……)


 心の中で呟いて、シャーロットはふるふるっと首を振った。


「いけません、オズヴァルトさま。これ以上は、私の身に余るというもの」

「なにを……」

(オズヴァルトさまは、こんなにも情に篤くていらっしゃるのですから)


 オズヴァルトに、幸せになってほしいのだ。


 だからシャーロットは、自分が彼の傍に居続ける未来を夢見ない。そんな夢は、見てはいけないはずだ。

 それなのに、オズヴァルトの言うことを耳にして、仄かな期待を抱きそうになる。


(オズヴァルトさまのお言葉ひとつひとつに、可能性のかけらを見出してしまいます。オズヴァルトさまは、一緒にいることをお許し下さるのではないかと……そんな浅ましいことは、望んですらならないというのに、許されないのに!)


 シャーロットは、ぎゅっとくちびるを結んだあと、意を決して口にした。


「……オズヴァルトさまが、どのようにお考えであろうとも! 私は、私の咎を贖わねばなりません……!」

「……シャーロット……」

「っ、失礼します……!!」


 シャーロットはぎゅっと目を瞑り、オズヴァルトに背を向けて駆け出した。


「私! しばらくハイデマリー先生のお屋敷に、お世話になろうと思いますので!!」

「待て、シャーロット……!」


 呼び止める声が聞こえても、戻ってはいけない。甘えてしまうその前に、オズヴァルトから離れなくては。


(形だけでも妻になれました。そして、その記憶はいまも残っています。それで十分なはずなのに、浅ましくもこれ以上望んでしまう、その前に……!!)


 そうして雪道を駆けて、数メートルほど進んだころ。


「………………」


 シャーロットはぴたりと足を止めると、踵を返し、もっそもっそと雪の中を引き返した。


「……シャーロット」

「…………」


 オズヴァルトの顔は見ないようにしつつ、彼の元でしょんぼりと項垂れる。


「こ……」

「……」


 その姿はきっと、脱走したあとで我に返り、すごすごと首輪を嵌めてもらいに戻る子犬のようだっただろう。



「……ここが何処だか分かりません……」

「……そうだろうな……」



 こうしてシャーロットはしょぼしょぼしながら、オズヴァルトに転移陣で送ってもらい、ハイデマリー邸での家出生活を始めたのだった。





***

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「……ここが何処だか分かりません……」 「……そうだろうな……」 しょぼん顔が目に浮かぶようです…… そして送ってもらう家出www
[一言] アハハハハーーww
[一言] 大草原不可避
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