47 旦那さまとデートで大変です!
「それで? 君は一体、どこに『デート』に行きたいんだ」
「うっ、う、うわあああああん…………!」
オズヴァルトに尋ねられて、シャーロットはめそめそと顔を覆った。
「むり、無理でっ、無理です……!!」
「は? 何が無理なんだ」
「だって、私は確かにオズヴァルトさまとデートしたいと申し上げましたが!! 実際は! 本当に! デートして下さいなんて思っておらず……っ!!」
「……?」
半べそで訴えたにもかかわらず、オズヴァルトは訝しそうな顔だ。
「どういう意味だ」
「ひんっ、ですから……! 『オズヴァルトさまとデートはしたい』けれど、『オズヴァルトさまとデートはしたくない』んですうううう……」
「??? 言っていることがまったく分からん」
シャーロットにとっては単純な心理なのだが、オズヴァルトには理解してもらえなかった。
「デートはしたいです……。したいです、でも、それが現実になると色々と大変というか……!! 私という器の中にはもう、オズヴァルトさまの存在が限界まで詰まっているので……。これ以上なにか色々増すと、確実にパーンとなってしまいます」
「待て。それは何が弾ける音なんだ?」
「頭が……!」
「頭……!?」
オズヴァルトはちょっと怯んだように後ろに下がったが、やがて溜め息をついた。
「……まあいい。君に任せると進展しないようだ、上着を羽織れ」
「ええっ!? オズヴァルトさま、あのっ、まさか!!」
「手を掴め。よし、行くぞ」
「あああああああああっ!! そんなあああああ……っ!!」
シャーロットのささやかな抵抗も虚しく、オズヴァルトはそのまま転移陣を展開してしまった。
「!」
途端にびゅうっと北風が吹き、シャーロットは目を瞑る。
そのあとで、恐る恐る開いた。
(わあああっ、雪原です……!!)
辺り一面は、銀白の雪に塗り浸されている。
浮かんでいる月は、三日月に近いほどの半月だ。
僅かな月明かりだというのに、不思議と明るく感じられるのは、雪がその月光を反射しているからだろう。
(綺麗……! 足跡ひとつ無い、こんなまっさらな雪景色が……!)
シャーロットは、ほわっと白い息を吐いた。
広大な雪野原には、その中央に一本の木が立っている。そこだけが黒色に切り抜かれた影絵のようで、上空の星空が美しい。
シャーロットは、先ほどまで自分が半べそだったことも忘れて目を輝かせた。
「ごっ、ご覧ください、オズヴァルトさま!! とても素敵です、美しいですね……!」
「そうか。それならいいが」
「あっ、もちろん世界一お美しいのはオズヴァルトさまなのですが! えへへ……!」
「……それは別に聞いていない……」
「はい、ですが重要なことなので!!」
オズヴァルトは、月の薄明かりに照らされている。
長い睫毛が頬に影を落とし、それがとても神秘的だった。黒髪も、赤い瞳も、月明かりの下では趣きが違う。
「それにしても、冬だからか空気も透き通っていますね! 少しお寒いでしょうか? オズヴァルトさまがお風邪を召されなければ良いのです、が……っ!?」
その瞬間、シャーロットは、自身に起きた出来事が信じられなかった。
「……!?」
シャーロットの手が、誰かに握られている。
それを認識した瞬間、血液が沸騰したかのようだ。シャーロットは寒さを忘れ、慌てて自分の手を見下ろした。
「び……っ、あう、オズ……ッ!!」
「……今度はなんだ」
「御手が……!! 御手が、わた、私の手を握って……!!」
「…………」
口にした瞬間、これは現実なのだと認識した。
シャーロットの手は、オズヴァルトの大きな手に包まれた上、しっかりと繋がれているのである。
するとオズヴァルトは、はあっと白い息を吐き出した後、少しばつが悪そうな表情で言葉を紡いだ。
「約束だっただろう。……手を繋いでやると、そう言った」
「――――――!!」
両手で口元を覆いたいのに、オズヴァルトに繋がれていて叶わない。
彼は、シャーロットから目を逸らし、僅かに気まずそうな様子のままだ。
「あー……寒いかもしれないが、少なくともこれで右手は温かいな? ひとまず、あそこの木のある場所まで行くぞ」
「…………」
「……? シャーロット」
けれどもシャーロットは、両足をぐっと踏ん張って、そこから一歩も動かないように抵抗した。
「シャーロット」
「うっ、ううー……!! 駄目です、この状態では歩けません……!! オズヴァルトさまっ、オズヴァルトさまと手を繋いだままだなんて、恐れ多くて溶けてしまいます!!」
「は!? 良いから行……っ、待てやめろ後ろに踏ん張るな!! 散歩を拒否する犬か君は!?」
「あーーーーっ!! またしてもご無体な、ご無体なああーーーーっ!」
オズヴァルトに引っ張られ、シャーロットは再びべそべそとしながら歩き始めた。
「うっ、うううっ、ありがとうございます……!! オズヴァルトさまに繋いで頂いた手、恐れ多くて気絶しそうですが嬉しいです……。一生大事にします、洗いません……!!」
「いや洗え。帰宅次第、すぐに洗ってうがいもしろ。……あそこまで抵抗した癖に有り難がるなんて、忙しすぎないか?」
「オズヴァルトさまは、私の心臓がどれだけどきどきしているかご存知ないからそうお思いになるのです……」
「…………」
本当に、このままだと壊れてしまいそうだ。
オズヴァルトはきっと、先ほどのように『理解できない』という顔をするのだろう。
そう思っていたのに、彼はシャーロットのことを見下ろして、ふっと笑う。
「――へえ?」
「……!!」
どうしてそこで、満足そうにするのだろうか。
心臓の鼓動が激しくなる。これまでも十分に早かったのだが、今度はなんだか質の違う早鐘だ。
「……???」
自由な方の手で、自分の頬をさすってみる。外気に触れて冷やされたはずが、やっぱりぽかぽかと火照っていた。
その隣で、シャーロットと手を繋いだままのオズヴァルトが言う。
「君に行きたい場所がないのなら、ここに連れて来ようと考えていた」
その言葉に、シャーロットは泣きそうなほど嬉しくなった。
「それはつまり、私のことを考えて下さったということですか……!? わああっ、幸せです! ありがとうございます、オズヴァルトさま……!!」
「……いつも思うんだが。君は、俺に対する幸福と喜びへの判定が甘すぎないか」
「そんなことはありません! 大好きな方が、私のために何かして下さった。これだけをお守りに、ずっと元気に生きていけます……!」
そう言うと、オズヴァルトはやっぱり笑うのだ。
「ふ。……甘いだろう、どう考えても」
「むむ、どうしてですか! それに、この景色も真っ白で、夢のようで……」
シャーロットの言葉に、オズヴァルトはこう返す。
「今夜はもっと、美しいものが見られるぞ」
「もっと? オズヴァルトさま以上にですか?」
「俺のことはいい。というか君は、先ほどから俺ばかり見ているが、上の光景が気にならないのか?」
「上……」
オズヴァルトが空を見上げたので、シャーロットもそれに倣った。
この場所に転移してきた直後から、星空と月については認識している。
だが、数秒ほど空を見つめていたところで、シャーロットはようやく気が付いた。
「わあ……!!」
流れ星が、すうっと一粒零れ落ちる。
月から離れた空の隅で、その尾を銀色に燃やしながら、ちかちか瞬いて消えたのだ。ほんの僅かなひとときだが、シャーロットは確かにそれを見た。
「流れ星です、オズヴァルトさま!」
「……そうだな」
オズヴァルトも、きっと同じ流星を見付けたのだろう。
「流星群が極大を迎える日だったと、俺も陽が落ちてから思い出した」
「ふわわ……っ」
こうして話をしている間にも、また新しく星が滑る。
それがとてもきらきらしていて、オズヴァルトに見逃して欲しくなくて、ひとつずつ指さしながら声を上げた。
「オズヴァルトさま、あそこです! ……あ、ほら、あちらにも! 大変です、いまふたつ! ふたつ同時に流れましたよ!」
「ああ、そうだな」
なんと素晴らしい光景なのだろうか。
真っ白な雪に、欠けた月。黒色の星空には流星が降り、そこには大好きな人がいる。
「いまのはすごく長かったです、少しだけ赤く見えましたね!? あの流れ星が、これまでで一番綺麗でした!」
「そうか? どれも変わらずに、美しいと思うが」
「いいえ! 先ほどの赤は、特別です!」
シャーロットは思わず背伸びをし、届くはずもないのに手を伸ばす。
そして、隣のオズヴァルトを振り返って笑った。
「だって、赤色はオズヴァルトさまの瞳の色ですから!」
その笑顔を見たオズヴァルトが、息を呑む。
「シャーロット」
「はい! なんでしょう、オズヴァルトさま」
そうしてオズヴァルトは、シャーロットを見下ろしたまま、こんなことを尋ねてくるのだ。
「――……俺が好きか」
「……!」
問い掛けに、左胸がきゅうっと切なくなる。
オズヴァルトの言葉が、甘くて苦しい。どきどきしてたまらなくなりながらも、すぐに口を開いた。
「す……っ」
「す?」
シャーロットは、『す』の形でくちびるを止める。
何度も繰り返していることだが、改めて問われると気恥ずかしい。
「す。す、すすす。す……っ! す………………好きです」
「…………」
「……いえ! 大好きです。お慕いしています……!」
えいやと勇気を込めて、そう告げる。
けれど、シャーロットの『大好き』を聞いたオズヴァルトは、なんだか難しい顔をしていた。
「……オズヴァルトさま?」
「先日の夜会で、イグナーツに言ったそうだな」
そしてオズヴァルトは、この言葉を口にするのだ。




