42 王子さまがなんだかおかしいです!
「なんだ? 防音なんて小細工をして、何を話していた」
防音陣の中へ無遠慮に入ってくると、銀髪の男ランドルフは、オズヴァルトを見て笑う。
「夫婦、仲睦まじいことで結構だなあ? オズヴァルトよ」
「……申し訳ございません。殿下」
オズヴァルトはランドルフに頭を下げたあと、淡々と説明した。
「殿下方にお目通りをさせる前に、封印の最終確認を行っておりました。いたずらに皆さまの不安を煽らぬよう、人目を避けてこの場で行った次第です」
「……ふん」
ランドルフが、あからさまに面白くなさそうな顔をする。
「相変わらず、気に食わないほどに弁が立つな。……まあいい、お前が背に隠したのが聖女だろう?」
「隠すなどとは、滅相も。殿下の御身を案じるからこそ」
「御託はいいと言っているんだ。その女を早く出せ」
「…………」
ぴり、と空気が張り詰めた。
ランドルフの言う通り、シャーロットはオズヴァルトの背中に隠されている。けれどもこの状態でも、嫌な視線が突き刺さるかのようだ。
(ですが、こちらの殿方……)
シャーロットは背伸びをし、ひそひそとオズヴァルトに尋ねた。
「おっ、オズヴァルトさま……」
「心配するな。君に危険が及ぶことは……」
「いえ! そうではなく!」
興奮を抑えきれず、内緒話にも熱がこもる。
「――この方、先ほど私たちのことを『夫婦』『仲睦まじい』と……!! あの、もしかして物凄く良い方なのでは……!?」
「分かった。頼むから少し静かにしていてくれ」
「はい! 少し静かにします!」
オズヴァルトの言い付けを聞き、両手で口元をむぐっと押さえた。
ランドルフには内容までは聞こえていないようだが、小声で話したのは悟られたらしく、不快そうな声が絞り出される。
「随分と悠長な様子だなあ、オズヴァルト。聞こえなかったのか? 聖女を出せと言っているんだ」
「ええ、仰せの通りに。それではホールまで戻りましょう、ランドルフ殿下。聖女のお目見えは、是非とも灯りの元で行うべきです」
「……兄上たちに、何か吹き込まれたな」
ランドルフはますます嫌そうな声になる。
シャーロットはオズヴァルトに遮られつつも、会話の情報を整理した。
(『殿下』ということは、ランドルフさまは王子さまですね)
ということは、シャーロットの神力を封じるよう命じた、王族の人間たちのひとりなのだ。
「そんなことはいい。オズヴァルト、そこにいる聖女を見せろと言っているんだ。……それとも、僕の命令に背くのか?」
(オズヴァルトさまは、明らかに私を守ってくださっています。ですがそれによって、オズヴァルトさまの立場が危うくなりそうなのも事実)
どのみち時間の問題だ。
シャーロットはそう判断し、迷わずにオズヴァルトの後ろから歩み出た。
「――お初にお目に掛かります。ランドルフ殿下」
「シャーロット……」
オズヴァルトが顔を顰めたが、シャーロットは澄まし顔をし、以前の振る舞いでランドルフの前に立つ。
「ほう。ようやくお出ましか」
ランドルフはにやりと笑い、こちらに一歩踏み出した。
「噂以上に美しい。監視魔法で朧げな映像を目にはしたが、実物はここまでとはな」
「いいえ、そのようなことは……」
「謙遜せずともいい。その上、実に聡明そうな顔をしているじゃないか?」
ランドルフは、随分と満足そうだ。
「悪虐聖女などと呼ばれていたが、神力封印後の君はさぞかし高潔で、冷静沈着な女性のようだ。――その振る舞いから本質が伝わってくるぞ、なあオズヴァルト?」
「………………」
「………………」
「…………お、おい。何故そこで揃って沈黙する……?」
「失礼。喉の調子が」
オズヴァルトは咳払いをしたあとに、シャーロットの隣に並んだ。
「ランドルフ殿下。ご覧いただいたように、聖女の状態は安定しております。ご心配なさらずともこの国、ましてや王室に害を成す恐れはございません」
「何を言っている。僕が、そんなに小さなことを案じて聖女に会いに来たとでも?」
ランドルフは、その整った顔をにやりと歪めて両手を開く。
「会いたかったぞ、我が国の聖女!」
「……」
シャーロットはそれを受け、にこりと微笑んだ。
「私も、王族の皆さまにずっと謝罪したく考えておりました。長らく我が儘な振る舞いを続けたこと、本当に恥ずかしく思っております」
「ははは、何故? お前が謝る必要は無いさ。先の戦争ではその力を存分に発揮し、この国の勝利を後押ししてくれた」
ランドルフの言葉には、各所に棘が感じられる。
きっと、もちろん言葉通りの意味ではないのだろう。
(慎重に、慎重に……。お怒りを買わないよう、オズヴァルトさまの益になれるように、振る舞わなければ……)
「直接お前に礼を言うのを、僕はずっと楽しみにしていたんだ」
「勿体ないお言葉ですわ、殿下。戦に勝利したのは、戦場で戦って下さった皆さま、ひいてはそれを率いるお立場にあった王室の皆さまのお力によるもの。とはいえ……」
そんなことを述べながらも、シャーロットは思考を巡らせる。
先日のお茶会において、令嬢たちが教えてくれたのは、『万が一夜会で王族と会った時、自分ならどうするか』という話だ。
『決まり事があるのですわ。社交界でお会いしたとき、お相手は必ず自分のことを褒めてくださるでしょう?』
令嬢のひとり、イレーネは、シャーロットにこう言った。
『王族の方も、同じようにお褒めの言葉をくださるはず。ですからそれを受けるときは、自分を下げるだけじゃなくて、愛国心を強調した謙遜を口にいたしますの』
『愛国心、ですね……!』
そのことを思い出しながら、シャーロットは言葉を選んだ。
「お褒めいただき嬉しく存じます」
胸に手を当て、ふわりと微笑んで続ける。
「微かな力ではございますが。それでも、愛する母国のためにこの力を発揮出来たこと、生涯の誇りにいたしますわ」
「――!」
そのとき、オズヴァルトが目を見開いた。
(……?)
ランドルフが、凍りついた笑顔でシャーロットを見据える。
口元は笑っているが、その双眸は冷え切ったものだ。
明らかにこの場の空気が変わり、シャーロットは息を呑んだ。
(……いけません。私、きっと何か失言を……!)
「は。……ははは、は!!」
ランドルフは、その手で目元を押さえると、肩を震わせて笑い始める。




