39 旦那さまのことが心配です!
「……そう、ですか」
「ええ。――だから、嫉妬なんてすることはないの」
そしてシャーロットは、オズヴァルトの方を見た。
美しい女性たちは、いつしか機嫌も直ったらしい。オズヴァルトの腕に触れたり、笑顔を向けたりしながら、たくさんのことを話し掛けているようだ。
オズヴァルトはこちらに背を向けており、彼の表情は見えていない。
けれどもシャーロットは、ぼんやりと考えるのだった。
(……美しい男性のお傍には、美しい女性たちが、とてもよく似合いますね……)
「…………」
何か言いたげな様子のイグナーツは、ちらりと天井に目をやった後、シャーロットに言った。
「あー……シャーロット殿。あの朴念仁のことで困ったことがあれば、いつでもご相談いただければと」
「あなたに?」
恐らくだが、オズヴァルトのことでシャーロットが困る機会は永遠にない。格好良すぎて困ることは頻発しているが、きっとそれくらいだろう。
だが、イグナーツはその八重歯をにぱっと見せるように笑い、ごくごく明るい声音で言うのだ。
「ええ。割と有益な情報が提供できるかもしれませんよ。たとえば、あいつの好みの女性のタイプとか――……」
「…………!!」
「聖女殿の代理護衛、いつでもご指名ください」
「そ…………うね。いずれ、お願いするかもしれな……」
「――なんの話をしているんだ?」
「!!」
その瞬間、シャーロットは全身全霊を込めて振り返ろうとした。
だが、必死に抑えておしとやかに後ろを向く。するとそこには、いつのまにか戻ってきていたオズヴァルトが、じとりとした半目でイグナーツを見ていた。
(オズヴァルトさま……っ!!)
「イグナーツ。お前、ろくでもないことをシャーロットに吹き込んでいないだろうな?」
「失礼だぞオズヴァルト。俺はただシャーロット殿に、お前が魔術院への入学直後、先輩百人を自分ひとりの魔術だけでぼっこぼこにしたときの話をしていただけだ」
「十分ろくでもない話だろうが!! それと、そこまではしていない」
オズヴァルトの言葉に、イグナーツはシャーロットを見てふるふると首を横に振った。
シャーロットは、十歳だったオズヴァルトの可愛さに震えたいのを堪え、表向きは上品に微笑んでおく。
「ふふ、楽しいお話が出来ましたわ。……イグナーツさま、また是非」
「はい、是非に。じゃあなオズヴァルト、明日また王城で」
イグナーツはオズヴァルトに手を振ったあと、シャーロットに一礼した。同じく一礼を返したあと、去っていくイグナーツに手を振る。
「…………」
すると、隣に立っているオズヴァルトが、やっぱり先ほどのような顰めっ面をしてこちらを見るのだ。
「………………イグナーツは猫派だぞ」
「???」
オズヴァルトはそのあとで額を押さえ、小さな声で呟いた。
「くそ。我ながら、一体何を言っているんだ……?」
(ちなみに、私は犬派か猫派かと言われれば、オズヴァルトさまが大好きです! ……それはともかく、オズヴァルトさまが何か思い悩んでいらっしゃるご様子……)
ひょっとして、体調が悪いのだろうかと心配になる。
その心配は、いまに始まったことではない。シャーロットには数日前から、気になっていることがあるのだ。
ちょうどそのとき、オズヴァルトが言った。
「まあいい、少し外の空気が吸いたくなった。……シャーロット、庭へ」
「はい、オズヴァルトさま」
これはつまり、休憩したいということなのだろう。やはり体調が悪いのだろうかと、心配になる。
オズヴァルトとシャーロットは、開け放たれている扉からテラスに出た。
月明かりと、足元で輝いている花のランプたちを頼りにしながら、庭へと降り立つ。
噴水の前で立ち止まると、オズヴァルトはひとつ、魔法陣を足元に展開させた。
「これは……防音効果のある魔法陣ですね」
「ごく弱い効力のものだがな。完全に音声を遮断すると不自然だが、このくらいの防音なら、魔術を使っていることも気付かれにくい」
つまり、シャーロットは以前のような態度を辞めて、いつも通りに話せるということだ。
「お体は大丈夫ですか!? オズヴァルトさま……!」
第一声で、急いでオズヴァルトにそう尋ねた。
「風邪ですか!? お熱ですか、それとも頭が痛いですか!?」
するとオズヴァルトは、一瞬だけ目を丸くした後で、仕方なさそうにシャーロットを見下ろした。
「……そんなに血相を変えなくていい」
「ですが……!」
「俺の体調は悪くない。ただ、君を休ませるべきだと思った」
「!!」
思わぬ言葉に、今度はシャーロットがきょとんとしてしまう。
「私を?」
「夜会のあいだ、常に無理をさせておく訳にも行かないだろう。……いいや、正確には夜会の前の準備からか。ただでさえ、女性の夜会支度は時間が掛かるのだから、ずっと休んでいないのではないか」
「〜〜〜〜……っ!!」
その気配りに、じいんと胸が暖かくなった。
一緒にいる夜会の時間だけでなく、その準備の労力から案じてくれるだなんて、やはりオズヴァルトはとてもやさしい。
「ありがとうございます。ですがオズヴァルトさま、私は平気です!」
「どうだか」
そして彼は、シャーロットを見下ろして言うのだ。
「先日のフェンリルの一件以来、何か悩んでいるように見えるが?」
「……!」
ほんの僅かに、肩が跳ねてしまった。
オズヴァルトはきっと、それを見逃していない。
降参の気持ちになりながら、シャーロットは観念した。
「……私、今日までずうっと楽しかったのです」
「……?」
訝るようなまなざしを見上げ、こう告げる。
「オズヴァルトさまとの新婚生活が始まってから、毎日どきどきして、世界がきらきらと虹色に光っていて! その中心にはいつも、オズヴァルトさまがいらっしゃいました。オズヴァルトさまのお声も、表情もお言葉も、それから……」
彼に抱きしめられたときの温度を思い出し、胸がきゅうっと苦しくなった。
「……オズヴァルトさま」
一度だけ俯き、深呼吸のあとでまた顔を上げる。
「魔力が、枯渇していらっしゃるのではありませんか?」
「――――……」




