37 旦那さまのお友達と会えました!
そこからはそんな調子で、近付いてくる招待客との会話を重ねていった。
貴族たちは、多種多様な感情や思惑を元に近付いてくる。
そしてシャーロットは、以前の自分らしい振る舞いをどうにか真似ながら、次々に彼らをあしらった。
オズヴァルトはシャーロットを補助しつつ、的確にエスコートしてくれている。
もちろん、時折小声で状況確認も欠かさない。
「おい、まだいけるか。抑え込めそうか?」
「も。もう無理かもしれません。先ほどから、偉い人たちと畏まった口調でお話しになるオズヴァルトさまが素敵すぎて、色々限界です……!!」
「よし分かった、扇子で顔を隠して深呼吸をしろ。そうだ頑張れ、正気に戻れ」
「は、はい! すーはー…………あああっ、駄目です……!! オズヴァルトさまの至近距離にある空気を、こんなに大量に吸い込んではいけません……!!」
「シャーロット……!!」
そんなやりとりも、周りに中身は気付かれていないようだった。
「見ろ。ラングハイム閣下が聖女に何か命じているようだぞ」
「聖女を完璧に制御できている、ということなのだろう。いやはや、戦場での指揮もさることながら、なんという手腕だ……」
貴族たちの誰も、シャーロットの何かが崩壊しそうになっていることなど思いも寄らないのだろう。
そしてそこに、ひとりの男性がやってきた。
「よお、オズヴァルト!」
「イグナーツ」
「!」
オズヴァルトの声音が明らかに変わったため、シャーロットは迷わずオズヴァルトを見上げた。
こちらを見下ろしたオズヴァルトから、『俺ではなく前を見ろ』と言いたげな視線が向けられる。確かにそうだ。
(ええと、こちらのお方は)
この夜会においては珍しく、年若い男性だった。
恐らくは、オズヴァルトと同じくらいの年齢だろうか。
さらさらと真っ直ぐなその赤髪を、ポニーテールに結い上げている。少し釣り目で、にこにこと笑みを浮かべた男性は、胸に手を当てて恭しく言った。
「お初にお目に掛かります、シャーロット殿。ヴェルトミュラー侯爵家が嫡男、イグナーツ・ライムント・ヴェルトミュラーと申します。以後、お見知りおきを」
「オズヴァルトさま。どなたですの?」
イグナーツを無視するていで、オズヴァルトを見上げる。
するとオズヴァルトは、他の貴族たちとは違い、『私』という人称を使わずにこう言った。
「俺の同期である魔術師だ。腐れ縁、と言ってもいい」
(!!)
イグナーツは、すかさず声を上げる。
「あ、その説明はひどいなお前! 同じ戦場を駆け抜けた友達だろ。ト、モ、ダ、チ」
「うるさい。誰が何と言おうと腐れ縁だ」
(あわわわあっ、オズヴァルトさまの『お友達』……!!)
シャーロットは口元をむにゅむにゅと歪めつつ、扇子で隠してイグナーツを見た。
(ということはこの方、私の知らないオズヴァルトさまをご存知なのでしょうか!? だってだって、すでにオズヴァルトさまが!! 気心知れたご友人に向ける表情というか、いつもより少年っぽい雰囲気というか……!!)
「是非ともじっくりお話ししたく、といったところではありますが……まずはオズヴァルト。お前、あちらに一言挨拶してこなくていいのか?」
イグナーツがさり気なく視線を向けた先を、シャーロットとオズヴァルトも見遣る。
少し離れた場所では、可憐に着飾った三人の女性たちが、拗ねたような目でオズヴァルトを見ていた。
「グミュール家の三姉妹だ」
「……あー……」
それは、壮年の男性が大半を占めるこの夜会において、数少ない少女たちの姿だ。
(私も感じていたのです。あちらの方々、ずっとオズヴァルトさまを見つめてらしたような……)
「さっきからすごい視線だぜ。いくらなんでもお前の立場上、一言声を掛けておかないとまずいだろ」
「…………分かってはいるが」
オズヴァルトは苦い顔をしたあと、どうしてかシャーロットを一瞥した。
(?)
不思議に思ったあと、はっと気が付く。
(なるほどです! オズヴァルトさまはずっと、あちらの女性たちに話し掛けたかったのですね。けれど私を連れていると、怯えさせてしまう……と)
シャーロットが納得していると、イグナーツがひょいと肩を竦めた。
「行ってこいよ、拗れると今後が厄介だぞ。シャーロット殿のお供なら、俺がしばらく代わりを務めるから」
「いや、それは難しいだろう。なにせシャーロットは、俺の言い付けしか聞かな……」
その言葉を、シャーロットははっきりと遮った。
「問題ありませんわ、オズヴァルトさま」
「!」
オズヴァルトが驚いたような顔をする。
けれどもシャーロットはオズヴァルトの腕から手を離し、代わりにイグナーツの傍に立った。
「……シャーロット」
(ごめんなさい、オズヴァルトさま)
シャーロットは、心底反省しながら謝罪する。
(私の振る舞いが、オズヴァルトさまを困らせていたのかもしれないだなんて……! 『オズヴァルトさまの言うことしか聞きません』という態度を、強調しすぎましたよね)
内心でそう思いつつ、表面上は強気な態度を取り続ける。けれどもオズヴァルトは、何故か眉根を寄せていた。
「……聞かないだろう。俺以外の言うことは」
念を押すように言われて、心の中でぶんぶんと首を横に振った。オズヴァルトのためならば、シャーロットは誰の言うことだって聞く。
「こちらの方にも従いますわ。見たところ、魔術の実力は確かなようですし」
「…………」
だが、オズヴァルトはますます顔を顰めるのだ。
「……くそ……っ。なんだ……? この、勝手に住みつかれて渋々世話をしていたはずの野良犬が、他の人間の手からも餌を食べているのを見たときのような感情は……?」
(??? どうなさったのでしょう、オズヴァルトさま)
何かぼそりと呟いたようだったが、会場の喧騒に掻き消されてしまった。
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