表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】悪虐聖女ですが、愛する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、溺愛は想定外なのですが)  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第1部 とはいえ、嫌われているのですが〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/116

27 やるべきことをしたいです!

 外套の裾をはためかせたオズヴァルトが、宙を掻き切るように人差し指を動かした。

 光を帯びた魔法陣が、フェンリルの真下に展開される。その陣が水色に発光すると同時に、上空には十数本の氷柱が生まれた。


「嘘だろ……!? あの兄ちゃん、あんな巨大な氷柱を大量に!!」

「しかもあの数、ほんの一瞬で生み出したぞ!?」

「――……」


 周囲の人々が声を上げる中、オズヴァルトが地面に向けて指を動かす。

 それに呼応した氷柱が、一気にフェンリルの周りへと降り注いだ。


 がががっと煉瓦が砕ける音、氷柱のぶつかる音と共に、身を竦めたフェンリルが咆哮を上げる。びりびりと空気が震えるも、オズヴァルトは表情ひとつ変えない。


 彼の作り出した氷柱の檻は、魔法陣の外周をなぞる形で煉瓦道に突き立てられていた。

 その中に閉じ込められたフェンリルは、魔法の直撃こそ無かった様子であるものの、完全に行く手を封じられている。


「っ、ふわああああ……!!」


 一連の出来事に見惚れながら、シャーロットは歓喜の叫びを漏らす。


「せ、世界一格好良いですオズヴァルトさまあ……っ!!」

「……とりあえず、君に怪我が無さそうなのはよく分かった」


 言われた通りに元気だった。なにせ、オズヴァルトの姿を目にした瞬間から、シャーロットに力が満ちてゆくのだ。


(体の震えが、一瞬で止まりました……!!)


 きりっと顔を引き締めて、腕の中の子供たちに声を掛けた。


「おちびさんたち、立てますか!? あっちで呼んでる女の人、あなたたちのママですよね? 大丈夫、今ならフェンリルさんは動けませんから、急いであちらに戻って下さい!」

「う、うん……!! ありがとうお姉ちゃん、お兄ちゃん……!」


 涙目で震える兄が、幼い弟の手を握って駆け出す。シャーロットは息を吐き、オズヴァルトを振り返った。


「オズヴァルトさま……っ」


 それと同時に、オズヴァルトが魔法をひとつ発動させる。

 宙に展開される魔法陣と、それが放つ紫色の光。稲妻のような形を取ったそれが、フェンリル目掛けて走った。


 魔法陣の展開から発動まで、平均的には十数秒が掛かるものだ。だというのにオズヴァルトの魔法には、瞬きをするほどの隙もなかった。


 けれど、と思う。


「その魔法は……!」

「……」


 フェンリルが再び鳴き声を上げる。

 それを見て、シャーロットは疑問に確信を持った。オズヴァルトが放ったのは、シャーロットを助けてくれたときも今も、同じ魔法だ。


(攻撃魔法ではありません! 受けた対象を眠らせる、睡眠魔法!!)


 オズヴァルトは、フェンリルを傷付けて止めようとしているのではない。魔法によって眠らせて、それで動きを封じようとしているのだ。


 魔法を食らったフェンリルが、数歩ほど後ろによろめいた。


「やったぞ! あの兄ちゃんの魔法なら、フェンリルに通用する!!」

「さっきの氷柱といい、なんて威力の魔法なんだ……」


 遠巻きの人々が歓声を上げる。

 しかしフェンリルは、ぶんっと大きく頭を振ると、再び身を低くして唸り始めた。


「ち……っ」

(オズヴァルトさまの舌打ち……!! ……は後できちんと噛み締めるとして、何故でしょう!? あんな威力の睡眠魔法、いかに魔力耐性持ちのフェンリルさんといえど、通用しないはずは……)


 シャーロットは、そこでふたつの違和感を覚えた。


(……いいえ、通用しなかったのではありません! フェンリルさんは、一瞬眠気を感じたあと、すぐに覚醒したように見えました!)


 魔法がまったく効かなかったのと、効いたけれどもすぐに切れてしまったのでは、結果は同じでも大きく異なる。


「オズヴァルトさま、睡眠魔法は……」

「分かっている」


 オズヴァルトは、フェンリルから目を逸らさないまま淡々と答えた。

 フェンリルは怒り狂った様子で、氷の柱に噛みついている。唸りながら頭を揺すり、氷柱を噛み砕くか、抜いてしまおうとしているのだ。


 そうしている間も、フェンリルの目はオズヴァルトを睨んでいた。互いに視線を逸らさないまま、緊張感だけがぴりぴりと高まってゆく。


(睡眠魔法にこだわらなくとも、オズヴァルトさまは強力な攻撃魔法がお使いになれるはず。なのに……)


 周囲で見ていた人々が、焦れたように大きな声を上げた。


「おい兄ちゃん、他の魔法も使えるんだろう!? もたもたしてると、フェンリルは氷柱の檻も壊しちまうぞ!」

「睡眠魔法なんか使うな! 雷でも炎でもなんでもいい、攻撃魔法をぶちこんで倒してしまえ!」

「――……」


 無表情だったオズヴァルトが、その罵声に眉根を寄せる。


「……シャーロット、君は今のうちに逃げろ」


 こちらを見ずに告げられた言葉に、ぎゅっとくちびるを結ぶ。

 一抹の不安が漂って、ここから離れてはいけない気がしたのだ。


(何故でしょう、この胸騒ぎ……お強いはずのオズヴァルトさまを、おひとりに出来ないような気がしてしまいます)


 かといって、駄々を捏ねてもいられない。下手にこの場所に留まって、役に立ちもしないのに迷惑を掛けることはしたくなかった。


(私に何かお手伝い出来ることは!? オズヴァルトさまが使いたいのは、攻撃魔法ではなく睡眠魔法。それが通用しない理由だけでも、探ることが出来たら……!)


 祈るような気持ちで、フェンリルの方に視線を向ける。

 その瞬間、シャーロットははっとした。


「オズヴァルトさま! あのフェンリルさん、首の付け根に傷があります!!」

「なに……?」


 黒い毛並みで分かりにくいが、陽光にきらりと反射するものがあった。あれはきっと、まだ塞がっていない傷口の血だ。


「あの傷が痛いから、魔法の眠気も覚めてしまうのでは!? 怪我さえ治れば、睡眠魔法で眠らせることが出来るかもしれません! そして私、オズヴァルトさまのことであれば、なんとなく分かる気がするのです!」


 シャーロットは、彼にだけ聞こえるような小声で尋ねる。


「オズヴァルトさまは、あのフェンリルさんに攻撃魔法を使いたくないのですよね……?」

「……!」


 シャーロットを見たオズヴァルトが、一瞬だけ目を瞠った。

 けれどもすぐに眉をひそめ、再びフェンリルへと視線を戻す。


「……助言は感謝する。だが原因が分かっても、対処が出来なければどうにもならない。治癒魔法を使うことが出来るのは、ごく一部の女性だけだ」

「……」

「多くの人間が避難したこの往来に、偶然そんな力を持った人間が残っているはずもない。飼育用に申請された魔物であろうとも、人を襲おうとした場合は第三者が処分できる決まりになっている」


 オズヴァルトはひとつ息をつき、シャーロットに告げる。


「他に手段は無い。……あのフェンリルを、攻撃魔法で殺す」

「いいえ、オズヴァルトさま」


 シャーロットは、決意を込めてフェンリルを見た。


「あの朝、仰っていましたよね。私の神力は、死なない程度には残して下さっていると」

「シャーロット?」


 体から、一切の恐怖心は消えている。

 オズヴァルトのために、シャーロットが出来る唯一のことかもしれない。そんな勇気が満ち溢れて、体が軽いくらいだ。


「お忘れですか?」


 シャーロットは、オズヴァルトを見上げてにっこりと微笑む。


「治癒魔法を使うことの出来る人間が、望んでここに。――あなたのお傍に、いるということを!」

「……っ!?」


 息を呑んだオズヴァルトが、シャーロットに手を伸ばそうとした。

 シャーロットはそれをすり抜けて、フェンリルの元に飛び出し、氷の檻の隙間を目指す。


「待て、シャーロット!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 嫌な予感しかしねえ
[一言] あ…!!!いいところで><
[一言] シャ、シャーロットーーー!!! 魔法を使っても大丈夫なのか!?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ