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【完結】悪虐聖女ですが、愛する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、溺愛は想定外なのですが)  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第1部 とはいえ、嫌われているのですが〜

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26 これは記憶の警告でしょうか!?


「きゃあああああっ!!」


 悲鳴を上げた女性が、少女を庇うように抱き込む。

 逃げ惑う人々の中、数名の人々が、フェンリルに向かって魔法を放った。それに驚いたフェンリルが、後ろに身を引いて吠え猛る。


「大丈夫ですか!?」


 シャーロットは、震える母親に駆け寄ると、励ましながら立ち上がらせる。


「立つのは怖いですよね、でも頑張って……!! フェンリルさんはいま、他の人たちが止めて下さっています!」

「た、助けて……! 足が震えて、どうか、この子を……!」

「はい、お子さんをこちらに! 私が抱っこして逃げますから!」


 そう叫んだシャーロットの声を聞いて、周囲の人々が手を貸してくれる。


「俺が抱えて走ろう、お嬢ちゃんをこっちへ!」

「う……っ、うわあっ、わあああん!!」

「良い子。大丈夫、大丈夫ですからね!」


 少女を託した男性と、他の数名の人たちが、少女の母親と共に走り出した。そうしている間にも、他の人々が声を上げる。


「攻撃魔法を使える奴はもっといないか!? 手伝ってくれ、フェンリルを止める!!」


 戦える数人がフェンリルを囲み、次々に魔法を詠唱している。しかし、フェンリルの滑らかなその毛並みは、ことごとくそれらを弾き返した。


(魔力耐性です! 魔法の威力が高くなければ、フェンリルには効きません!)


 大通りにいる人たちが、血相を変えながら逃げてゆく。フェンリルは魔法が効かないまでも、大きな音と光に身を低くし、低い唸り声を上げ始めた。


「駄目だ、止められない!! 戦える人間以外は逃げろ!!」

(私も……っ、本来ならば、ここにいてお役に立てることは無いのですが……!)


 シャーロットは、胸元に揺れる水色の石をぎゅうっと握り締めた。


(逃げていく人たちによって、異変は街中に伝播します。オズヴァルトさまのお耳に入れば、騒ぎの場所に転移なさるでしょう)


 有事の際、オズヴァルトが迷わず動く人物であることを知っている。

 だが、その転移が出来るのは、騒ぎが起きた場所が分かっている時だけだ。


(もしもオズヴァルトさまの元に、『何か事件が起きた』という情報だけが届いて、その場所が掴めなかった場合。……あの方は、私の元に転移なさるはずです……!)


 なにせ、シャーロットがひとりで行動している間に、街で大騒ぎが起きているのだ。

 オズヴァルトにとって、聖女シャーロットは悪行を尽くした存在である。有事の発生場所が掴めなければ、次はシャーロットの関与を疑って、『居場所を知らせる迷子札』を使ってくれるはずだ。


(私は目印! オズヴァルトさまがいらっしゃるまで、ここから離れる訳にはいきません。絶対にお邪魔にならないように、それと……)


 その瞬間、フェンリルが再び咆哮を挙げた。


「……っ!」


 空気にびりびりと震えが走り、シャーロットの体がびくりと竦む。その感覚に、シャーロットは目を丸くした。


(わあっ、ひょっとして警戒しているのですね!? 私の体!! 私自身は、フェンリルさんを怖いと思っていないつもりですのに、体が『迂闊に動くな』と言っています!!)


 これは困った状況だ。


(ハイデマリー先生が仰っていたことからも、この体は記憶を失う前の『無意識』のようなものが残っている様子……! つまり、以前の私の感覚では、このフェンリルさんが強敵ということですね!?)


 最初にこのフェンリルを見たときから、近寄るのに抵抗があったのだ。記憶を失う前のシャーロットであれば、警戒して近寄らなかった存在なのだろう。


 自分の体を無意識に抱き締め、シャーロットは途方に暮れた。


(こ…………こわい……)


 そんな感情を認識しそうになって、こくりと喉を鳴らす。


(っ、怖いからなんだというのでしょう!! 私はオズヴァルトさまのお役に立たなければ。そうでなければ、あの人のお傍に置いて頂く資格も……)


 そして、そのときだった。


「お兄ちゃん、待ってよお!」

「あははっ、こっちだよ!!」

(!!)


 裏路地に続いているらしき細い道から、幼い兄弟が飛び出して来た。


 フェンリルが、弾かれたようにそちらを見遣る。かと思えば、食い止めようと魔法を放つ人々を無視し、その前足で煉瓦の道を蹴った。


「待て!!」


 大きく飛躍したフェンリルが、囲みを飛び越えて一直線に走る。

 フェンリルが向かうのは、幼い兄弟たちの方だ。きらきらと無邪気だった子供たちの笑顔が、迫り来る獣に気が付いて固まった。


「っ、駄目です……!!」


 シャーロットは、自身の強張りを振り払った。

 そして一心に雪道を駆け、幼い子供たちに手を伸ばす。彼らを庇うために抱き込んで、フェンリルに背を向けた、その直後。


「――――っ!!」


 ぎゃん、と短い鳴き声が上がった。


(……?)


 体の何処にも、覚悟していた衝撃は訪れない。

 それどころか、子供たちをぎゅうっと抱き込んだシャーロットの耳には、大好きな人の声が聞こえてくるのだ。


 シャーロットの眼前で、外套の裾が翻る。


「――無事か、シャーロット」

「っ、オズヴァルトさま……!!」


 顔を上げた先には、頭を低くして唸るフェンリルと、静かな表情でそれに対峙するオズヴァルトの姿があった。




お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 遅れて読ませて頂いてます。 年甲斐もなく、キュンキュンする感じが心浮き立ちます。 ありがとうございます♪
[気になる点] これでランドルフにオズヴァルトの 魔力が枯渇しかかっている事がバレてしまう?
[一言] 体が無意識にフェンリルを警戒して………旦那様への警戒皆無ですが実は旧聖女さんまったく旦那さん警戒してなかった説爆誕します?
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