24 旦那さまに恋できて嬉しいです!
「別に、引き寄せているわけじゃない。……ただ、たまたま遭遇するだけで」
「えへ、えへへへ……そうですよね……!」
「それに、俺の役目は国の治安維持だ。こうして個々の声を聞くことで、それが務めに役立つことも……」
「仰る通りです! えへへ……」
「……」
ついつい頬が緩んでしまうシャーロットに、オズヴァルトはどこか拗ねたような口調で言った。
「……何故、この流れでそんなに幸せそうに笑っている」
「わあーっ!! ごめんなさい、ごめんなさい!!」
だが、胸の中から溢れ出る気持ちが、どうにも抑え込めそうもない。
「申し訳ありません! ですがあまりにも、オズヴァルトさまが素敵すぎるので……!」
「は? 何がだ」
ときめきを噛み締めつつ、シャーロットは彼に告げる。
「困っている人を引き寄せているのではない、というご意見には同意です。……だってオズヴァルトさまは、見つけ出して下さっているだけなのですよね」
オズヴァルトは、本気で訳が分からない、という顔をしていた。
だが、シャーロットはこう思う。
「困っている人はきっと、いつも、あちこちにいらっしゃるのです」
「!」
道に迷った人、迷子の子供、怪我をしそうな人。
この往来を歩くだけでも、枚挙にいとまがないほどだ。
「けれどもそれに気が付く人は、恐らくものすごく少ないのでしょう。大抵は素通りしたり、見なかったことにしてしまうはずで……ですがオズヴァルトさまは、それらひとつひとつを見付け出した上、すべてに手を差し伸べられました」
「――……」
跳ねる心臓を鎮めるため、シャーロットはぎゅうっと左胸を押さえる。
「とてもお似合いの、素敵な外套。……転んだ男の子をお助けになって、濡れてしまいましたね」
「……これは……」
灰色をした外套の裾付近が、濡れて色濃くなっている。
先ほどのオズヴァルトは、泣いている子供を抱き起こす際に、躊躇わず雪道へ膝をついたのだ。
「びしっとしたオズヴァルトさまも、勿論素敵ですが! 誰かを助けるために、迷わず行動なさった結果であるそのお姿も、掛け替えの無いほどに美しいです……!」
「…………」
だからこそ、シャーロットは嬉しくなってしまった。
こんなに美しい人がいて、その人を好きになることが出来た。それだけの事実を確かめる度に、胸がいっぱいに満たされるような心地だ。
「私が恋慕う旦那さまは、なんと尊敬できるお方なのでしょうか。……そう思うと、心から嬉しくて嬉しくて、お口がふにゃふにゃになってしまいました」
「……君は……」
オズヴァルトはぐっと眉根を寄せたあと、額を押さえて溜め息をついた。
「世界で最も、俺のことを過大評価できる人間だな」
「いいえ! むしろ足りないくらいだと思いますが!!」
「それに。寒い中嫌な顔ひとつせず、俺のやることを手伝ってくれた」
「少しでもオズヴァルトさまのお役に立つこと以上に、大切なことがありますか?」
それに、これはまだまだ十分ではない。シャーロットが今回手伝ったことは、オズヴァルトひとりでも事足りていた内容ばかりだ。
「お待ちくださいね。いずれはもっともっと、頑張ってみせますので!」
ぎゅっと両手を握り締めて誓うと、その瞬間、思わぬ光景を目にすることになる。
「……っ、ふ」
「!!」
オズヴァルトが、その表情を和らげた上、ほんの少しだけ笑ってみせたのだ。
「〜〜〜〜っ!?」
「……まったく。君の言うことは、いつも俺の想像を超えている」
その言葉に、返事が出来なかった。
(いっ、いま……! 見間違えでなければ、オズヴァルトさまが私にふわっとした、すごく穏やかな微笑みを……!?)
たったいま目撃した光景を、何度も脳裏に思い描く。
オズヴァルトは、その微笑みを一瞬で消した後、シャーロットの足元を見てこう言った。
「……君の方こそ、俺の手伝いでドレスが濡れている」
「う、ううう……っ」
「魔法で乾かすよりも、暖房に当たった方がいいな。これ以上体が冷える前に、早くドレス屋へ…………っ待て、だから何故泣く!?」
「わ……っ、わっ、うわあああん……!! オズヴァルトさまがあっ! オズヴァルトさまの格好良さが、私の魂をしゅわあっと溶かしてしまいそうにい……っ!!」
「濡れ衣だ、人聞きの悪いことを言うな!! ――ほら、さっさと行くぞ!」
シャーロットはぐすぐす鼻を鳴らしつつ、それこそ迷子の幼な子みたいな様態で、なんとかドレス屋に向かったのだった。
***
それからシャーロットはドレス屋で、夜会に身につける衣装を選んだ。
意外だったのは、シャーロットがどんなドレスを着るべきか、オズヴァルトが一緒に考えてくれたことである。
どういうものがシャーロットに似合うのかを、真剣に答えてくれた。そんなオズヴァルトに、シャーロットは満身創痍だ。
ドレスの代金については、自室の荷物から見つけていた金貨で払うつもりだった。だが、試着から元々のドレスへ着替え終わったころには、当然のように会計が終わってしまっている。
全力でそれを辞退しようとしたものの、オズヴァルトはなんでもない表情で、『俺が無理やり連れて行くんだ。俺が払うに決まっている』と言い切ったのだった。
(こうなったら、そのうち隙を見て、オズヴァルトさまのポケットにドレス代の金貨をねじ込みませんと……!)
そう誓いつつ、ふたりで店を出た直後のことだ。
「……シャーロット」
「!」
オズヴァルトが、どことなく違った雰囲気を纏う。
彼の瞳は、真っ直ぐに往来の向こうを見据えていた。
その先には男性が立っていて、オズヴァルトにゆっくりと手を振っている。
美しい顔立ちで背が高く、穏やかな笑顔を浮かべた、赤い瞳に銀髪の男性だ。
「すまないが。少し、離れた場所で待っていろ」
「……オズヴァルトさま」
先ほど、色々な人たちを助けていたときも、オズヴァルトは「離れて待っていろ」と言っていた。シャーロットはその度、彼についていくことを選んだが、いまは状況が異なるのだと分かる。
オズヴァルトの表情は冷静だが、確かな緊迫感が滲んでいるのだ。
だから、はきはきと返事をした。
「分かりました。お邪魔にならないところで、いつまでもお待ちしていますね!」
「なるべく早く戻る。守護石…………ではなく。迷子札はちゃんと着けているな」
「しゅご? はい、着けています!」
ぺかーっと輝くそれを見せると、オズヴァルトは頷く。
「終わったら迎えに行く。くれぐれも、目立たないようにしていろ」
「もちろんです、注目を浴びる行動は控えて大人しくしています! いってらっしゃいませ、愛しのオズヴァルトさま!」
「……」
オズヴァルトは、いまひとつ信用ならないという顔をしたあと、銀髪の男性の方へと歩き始めた。
(……離れた場所にいろ、というご指示ですから。ここで待たず、移動した方がよいのですよね?)
シャーロットはそう考え、銀髪の男性に視線をやる。
するとその男性は、にこりと柔和な笑みを浮かべ、シャーロットに手を振ってみせた。
(あのお顔。どこかでお見掛けしたことがあるような気がいたしますが……)
そう思いつつ、一礼を返して歩き始める。
(見たことがある、だなんて。……私には、そんな風に感じる記憶も無いはずなのに、とても不思議……)




