23 旦那さまがすっごくモテています!
身体中が、ふわっと暖かな魔力に包まれた。
かと思えば次の瞬間、シャーロットは、オズヴァルトと共に煉瓦の街並みに立っている。
真っ青な冬空の下、大勢の人々が行き交うその街は、かなり賑やかな都市のようだった。
時々ふわっと光が走り、同じく転移してきた人たちが姿を現す。彼らは慣れた様子で歩き始め、往来に加わっていった。恐らくはここが、転移魔法が使える人々の門になっているのだろう。
「わあ……!」
そんな街の光景よりも、オズヴァルトの見事な転移魔法に、シャーロットは目を輝かせた。
「すごいですオズヴァルトさま……! ふわっとしてから一瞬で! 酔わないどころか衝撃もなく!」
「別に。これくらい普通だろう」
「そんなことはありません! それに……あっ、あああ……!!」
衝撃の光景を目の当たりにして、シャーロットは両手で顔を押さえた。
オズヴァルトが、衣服の襟を整えながら、胡乱げな表情をこちらへと向ける。
「なんだ、どうした……?」
「お、オズヴァルトさまの……!!」
あまりのことに震えながら、シャーロットは声を絞り出した。
「オズヴァルトさまの吐かれる息が!! 白く染まっているお陰で、目に見えています……!」
「は?」
何を当たり前のことを、というまなざしを向けられた。
「いまは冬だ」
「い……っ、いけません! これは大変な状況です!! だってつまりはオズヴァルトさまの体内に入り、それから吐き出された呼気が、はっきりと可視化されてしまっているのですよ!?」
「………………」
愛しい人の、くちびるから零れた息が、どこに存在しているか分かる。
こんなことが起き得て良いものなのだろうか。シャーロットは心臓を跳ねさせながらも、オズヴァルトに決死の懇願をした。
「オズヴァルトさま、お願いします!! どうかどうかこれっきりでいいので、もう一度だけ息をしてみていただけませんか!?」
「いや、君に言われなくてもするんだ呼吸は。一度と言わずに普通にさせろ」
「あああっ!! お喋りをなさるだけで、新たに生まれてくる白色が絵画のよう……!!」
強い感動を噛み締めながらも、シャーロットはどきどきと手を伸ばす。
(ちょっとだけ……。そう、ほんのちょっと、指先だけです……!!)
ほわっと広がる白い息に、人差し指でそっと触れようとした。
「っ、ううう……!!」
さすがに良心と罪悪感がひどく痛み、決死の思いでばっと手を引く。
「いけません、我ながらはしたない! オズヴァルトさまの呼気に触れようとするだなんて、そんな破廉恥なことを……反省いたします!! よこしまなことを目論んでしまい、本当に申し訳ございませんでした……っ!!」
「やめろ。謝罪が大仰すぎて逆に怖い」
そんなシャーロットたちのやりとりを、通行人たちがひそひそと囁き合いながら眺めていた。
「くそ、それよりもいきなり目立っているだろうが……! 行くぞシャーロット。ここから移動する」
「ゆ……雪の上にもオズヴァルトさまの足跡が残ってますう……」
「行、く、ぞ」
「はい!!」
オズヴァルトの背中を追う形で、シャーロットはせっせと歩き始める。
(ここは、とっても大きな街のようですね!)
雪の積もった煉瓦造りの道は、左右に店が立ち並び、賑わっていた。
両手いっぱいに荷物を抱えた人々が、嬉しそうに笑い合いながら歩いている。その笑顔を見ていると、なんだかこちらまで幸せになれそうだ。
(何よりも! 私の視界の真ん中に、オズヴァルトさまがいらっしゃいます!!)
シャーロットは、手袋を嵌めた両手で、ほくほくしながら頬を押さえた。
(それにしても……)
その一方で、気が付くことがある。
それは、道行く人々の視線だった。
というよりも、主に女性たちのまなざしが、オズヴァルトへと一手に集中しているのだ。
(聞こえます、聞こえて来ています!! オズヴァルトさまの美しさを褒め称える、皆さまのお声が!!)
女性たちはみんな頬を染め、オズヴァルトに見惚れているようだった。というよりも、辺りにいる老若男女が、ことごとく顔を上げて彼を見ている。
「ねえ。あの男の人、すっごい美形じゃない?」
「本当! 役者さんかしら? スタイルも良いし、クールな表情も格好良くて……」
(ですよね、ですよね。語り合いたい……!!)
ひとりひとりと握手したい気持ちを抑え込み、シャーロットはうずうずと口元を震わせる。
そのうえ、オズヴァルトが美しいのは、何もその外見ばかりではないのだ。
「……シャーロット。少し待て」
「はい! なんでしょう!?」
数メートル先のオズヴァルトに静止され、シャーロットはぴたっと立ち止まった。
するとオズヴァルトは、往来の端にいる老婦人に声を掛けるではないか。
「失礼。ご婦人」
「!」
顔を上げた老婦人は、途方に暮れた顔をしていた。
彼女に目線を合わせたオズヴァルトが、無表情だが誠実な声音で尋ねる。
「私の思い違いでなければ、道に迷っていらっしゃるのでは?」
(お、オズヴァルトさまがご自身のことを『私』と……!!)
紳士的な振る舞いに、大好きな気持ちがぶわっと溢れた。老婦人はほっと息をつき、オズヴァルトに答える。
「あらあら、まあ……! そうなのです。恥ずかしながら」
「地図はお持ちですか。――ああ、この場所ならばそう遠くない。ご迷惑でなければ、私がご案内いたしましょう」
「ああ、ありがとう……! 嬉しいわ。なんとお礼を言ったらよいか」
「いえ。大したことではありませんので」
そしてオズヴァルトは振り返り、シャーロットに告げた。
「シャーロット。悪いが俺は、これから少し道案内を……」
「はい! 私もお供いたします、オズヴァルトさま!」
「!」
シャーロットはきらきらと目を輝かせ、老婦人の元に歩み寄る。
彼女の手を取り、建物の壁に立て掛けてあった杖を渡した。
「私と一緒に、ゆっくり歩いて参りましょうね」
「ありがとう、ごめんなさいね。若い人たちには、私の歩調ではまだるっこしいと思うのだけれど……」
「いえ! 私も雪道は慣れていないので、のんびり進めるのはとても嬉しいのです!」
ゆっくりと歩けた方が、オズヴァルトと一緒にいる時間も長くなる。
シャーロットがにこにこすると、老婦人はそれで安心してくれたようだった。その気持ちが伝わってきて、ほっとする。
「……」
気が付くと、オズヴァルトの視線がシャーロットの方に向けられていた。
「オズヴァルトさま?」
「……なんでもない。ご婦人、お荷物をこちらへ」
オズヴァルトは涼しい顔をし、ごく自然に老婦人の荷物を持った。シャーロットは彼の背中を追い、老婦人と一緒に歩き始める。
(ううう。当たり前のように人を助けるオズヴァルトさま、とっても格好良いです……!!)
ただし、それだけではないのだった。
老婦人を送り届け、『そろそろ目的のドレス屋へ向かおう』と話していると、オズヴァルトは再び何かを見つけたようなのだ。
「向こうで子供が泣いているな。様子を見てくる」
「はい! お手伝いします、オズヴァルトさま!」
迷子の母親を探し出したあとは、さらに別の人へと目を向けた。
「あそこにいる少年、どうやら転移陣が発動しないようだ。声を掛けてくる」
「半べそで途方に暮れていますものね! ご一緒します、オズヴァルトさま!」
「……あの婦人は、買い物袋が破れたのか? オレンジを拾うのを手伝う、君は待っていろ」
「私も参ります、オズヴァルトさま!」
「今度は揉め事が起きているようだ。仲裁に向かうから、君は安全な場所に居ていい」
「わあーっ!! お待ちください、お傍に居たいですオズヴァルトさま!!」
そうして、あちこちの人を助けていきつつも、ようやくいち段落がついたころ。
「…………おかしい」
額を押さえたオズヴァルトが、往来でぽつりと呟いた。
「まだドレス屋に辿り着いていないというのに、何故こんなにも時間が経っている……?」
「えっ? ……ええーっと、それは……」
率直に指摘して良いのかが分からなくて、シャーロットはそっと首を傾げてみた。
「あのう。ひとつだけお聞きしたいのですが」
「なんだ」
「オズヴァルトさま。……『困っている人を、無限に引き寄せてしまう体質』等と、どなたかに言われたことはありますか?」
「………………」
するとオズヴァルトは、非常に不本意そうな表情を作ったあとで、シャーロットに返すのだ。
「……どうして君が、知っている」
(かっ、可愛いです……!!)
左胸が、あまりの愛しさにきゅうんと軋んだ。




