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【完結】悪虐聖女ですが、愛する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、溺愛は想定外なのですが)  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第1部 とはいえ、嫌われているのですが〜

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19 まさかの事態が起きたのです!

「――……そんなことをしなくても、大丈夫だから」

「……っ!?」


 呆れたような、それでいてあやすようなオズヴァルトの声が、すぐ耳元でこぼされる。


 妙にくすぐったい感覚に、シャーロットの背筋はぞくりとした。

 後ろから、オズヴァルトの腕の中に閉じ込められたまま聞く彼の声に、不思議な色気を感じてしまうのだ。


「脱がなくていいし、着替えもしなくていい。君が、とにかく何も考えていなかったことは分かった」

「えっ、えええっ、うえ……!?」


 はくはくと口を開閉させるが、意味のある言葉が出てきそうにはなかった。


「息を吸え」

「はふ!!」


 このままでは、呼吸困難で死んでしまう。

 本当は余裕もなかったけれど、オズヴァルトの言うことを聞いた。オズヴァルトはそれを確かめ、こう続けるのだ。


「良い子だ」

「はへっ!!」

「そのまま、ゆっくり吐け。……落ち着いたか?」


 絶対に落ち着けるわけがない。

 けれど、そう言うとまた大変さが増してしまう気がする。シャーロットは嘘をつき、ぶんぶんと首を縦に振った。


「ならいい。しかし、どうしたものか」

(だ……っ)


 オズヴァルトは、シャーロットを後ろから抱き込んだ体勢のまま、何かを思案し始める。 


(駄目です、本当にこのドレス薄いです……!! オズヴァルトさまの、腕の感触や、抱き締められる強さが伝わってきて……!!)


 離してもらいたいのだが、身動きひとつ出来そうにない。


「この様子だと、他も似たようなものだろう。かといって、夜会までに仕立て屋を間に合わせるには無理がある」

(それと、息が……っ!! オズヴァルトさまがお話しなさるたび、柔らかい吐息が耳に……!!)


 上手く呼吸が出来なくて、心臓がますますどきどきと跳ねる。


(ど、どうしましょう……)


 目覚めた最初の日、シャーロットはオズヴァルトに抱き着いて名前を請うた。

 けれど、自分から抱き着きにいくのは平気でも、オズヴァルトからこんな風にされるのは耐えられそうもない。


 泣くどころの騒ぎではなかった。どうにか正気を保とうとするシャーロットに、次なる試練が襲ってくる。


「シャーロット?」

「ひゃあ!」


 すぐ傍で、オズヴァルトに名前を呼ばれたのだ。


 本当に、倒れなかった自分を褒めてあげたい。

 これこそまさに、『偉かったな』だ。床に蹲りたいのだが、抱き止められていて許されなかった。


(このままでは、本当に命に関わります!!)


 心臓が苦しくて、壊れるかと思ったその瞬間。


「――――っ!!」


 きん、と耳鳴りのような音がした。


(これは……)


 視界いっぱいに、知らない光景が重なる。


 目の前に広がるのは、ここではない荒野の景色だった。

 光景の中のシャーロットは、崖の上に立って、眼下に広がる無数の軍勢を見下ろしている。


『さあ、さあ、進みなさいな!』


 シャーロットが、その兵たちに声を投げた。


 大勢の兵が、敵軍らしき兵たちとぶつかりあっている。

 ほとんど魔力を持たない兵同士の交戦なのか、彼らは互いに武器を手にしており、自らの血を流しながら戦っていた。


 そんな兵たちを見下ろして、シャーロットは楽しそうに笑うのだ。


『手足がなくなろうと、お腹に穴が開けられようと、決して怯まずに戦うのよ。そう、恐れることはないわ! 心臓が抉られても、たとえその首が落ちようとも……』


 描かれたシャーロットは、淡い金色の髪を風になびかせながら、どこか妖艶な表情で言った。


『――私が、治してあげるから』


 その言葉に、自軍らしき兵たちが鬨の声を上げる。


『突き進め、敵をなぎ倒せ!!』

『魔術師たちが来るまで持ち堪えろ。いいや、奴らの出番も奪ってやれ!!』

『どんな傷を負おうと構うものか!! 俺たちには、「聖女」シャーロットさまが…………!!』


 そのとき、目の中に映り込んでいた光景が切り替わった。


『…………』


 シャーロットの前には、ひとりの男性が立っている。


 それは愛しいオズヴァルトで、とても冷たい表情をしていた。

 オズヴァルトの顔は赤く汚れており、珍しく、黒の外套を纏っている。


(違います。あれは、元から黒い外套なのではなくて……)


 いつもの青い外套が、染まった結果の色なのだと気が付いた。


 オズヴァルトは、それほどまでに夥しい血にまみれているのだ。

 赤い瞳に憎悪を燻らせて、静かにシャーロットを見据えている。


(……オズヴァルトさま……)

「シャーロット」

「!!」


 すぐ傍で自分の名前を呼ばれて、我に返る。


(いまのは)


 無意識に、机の上に置いた日記帳へと視線をやっていた。


(写実的なのに、とても現実感のない光景です。まるで、あの景色を目にして生まれるべき私の感情が、何もかも封じられているかのよう……)


 だが、そんなシャーロットの意識は、すぐさま背後の存在へと引き戻される。


「シャーロット? どうした」

(わああああああああっ!! そうでした、オズヴァルトさまが私のことを何故かぎゅうっと!!)


 あまりに緊急事態が過ぎて、意識が遠くに飛んでいた。シャーロットは声をひっくり返らせつつ、なんとか人間の言葉を発する。


「なっ、ななな、なんでございましょう……!?」

「夜会準備のために、君のクローゼットを見せてもらうぞ」

「ひゃいっ、お見せします!! 何もかも、全部お好きなだけお見せいたしますのでどうか!! お助けを、何卒ご勘弁くださいーーーーっ!!」

「……?」


 するとオズヴァルトは、少しだけ不本意そうな声で言うのだ。


「……別に、君にひどいことは何もしていないだろう」

(まさか、ご自身の所業に無自覚でいらっしゃいますか!?)


 そこでようやく体を離されて、へにゃりと座り込んだ。

 だが、オズヴァルトに渋面を向けられたので、なんとかよぼよぼと衣装部屋に向かう。


「こ、こちらです……。お気の済むまで、ご覧くださいませ……!!」

「ああ」


 オズヴァルトがクローゼットを開ける横で、何度も深呼吸を繰り返す。

 先ほどの出来事は、喜んだり余韻を噛み締めたりといったレベルではなく、あまりにも心臓に悪すぎた。


(ひとつ新しく記憶しました。自分からぶつかりに行くときの衝撃よりも、人にぶつかられる衝撃の方が大きいのだと! 旦那さまとの接触もそれと同じ。今後もう二度と無いと思いますけれど……!!)

「やはりな」

「オズヴァルトさま?」


 ようやく若干の落ち着きを取り戻したところで、オズヴァルトと一緒にクローゼットを覗き込む。


「――君の持つドレスは、全体的に露出度が高すぎる」

(……多分、以前の私の趣味ですね……)


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― 新着の感想 ―
[一言] >「――君の持つドレスは、全体的に露出度が高すぎる」 >(……多分、以前の私の趣味ですね……) 状況を正確に判断していることに驚き
[一言] これ元の聖女さんがあえて記憶を封じてなんかする予定なのだとしたら絶対性格の設定ミス起きてるでしょw
[良い点] 「息を吸え」 「はふ!!」 息を吸えwはふw
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