16 もっとたくさん知りたいのです!
けれどもハイデマリーは目を伏せて、無言のまま何も言ってくれない。
それどころか、涼しい顔をしてこう言うのだ。
「皆さん、ごめんなさいね。生憎ですが私は今日、所用で授業の時間が取れそうにありません。せっかくお集まりいただいたのだけれど、近況報告会の日だと思って、のんびりお茶でもお飲みになっていてくださる?」
「わ……」
エルヴィーラは、きゅっと両手を握り込み、シャーロットを強く見据えて言った。
「分かりましたわ、先生」
「ハイデマリー先生……!!」
シャーロットが呼ぶと、ハイデマリーは一度だけこちらを見てくれる。
「予行練習ですよ、シャーロット。まずは一度、あなたの思う『作法』を実践してご覧なさいな」
(そういえば。ハイデマリー先生は先ほど、『武器選びを』と仰ったのでした!)
彼女はそのままこちらに背を向け、温室を出て行ってしまう。
残されたのは、シャーロットとエルヴィーラ、そしてまだ名前を聞けていない三人の少女だけだ。
彼女たちがテーブルについたあと、温室はしいんと静まり返る。
そしてシャーロットに向けられるのは、決して友好的とは言い難い視線だった。
こちらを見下すまなざし。場の空気を乱されて迷惑そうな顔。揉めごとを起こして欲しがるような好奇心の瞳。
そして、エルヴィーラからの強い対抗心と、排除してやろうという敵意の表情。
(……ええと、これはどうしましょう……?)
***
それから一時間後のこと。
いくつかの仕事を終えたハイデマリーは、大切な狼を足元に伴い、温室へ向かう廊下を歩いていた。
(さて。本来ならば、もう少し早く様子を見に行くべきでしたが……)
計算に狂いが生じたことを、残念に思って溜め息をつく。
(前件がまさかこれほど長引くとは。シャーロットは恐らく、早々に音を上げていたことでしょう)
ハイデマリーの考えを読んだかのように、狼がこちらを振り返る。
「いいのよ。まずは一度、あの子に敗北を味わわせねばね」
すると、狼は尻尾をぴんと立てた。
(エルヴィーラを筆頭にしたあの四人は、この国の社交界に慣れた少女たち。あのシャーロットという娘では、とても太刀打ちできないでしょう)
それにしても、と息をつく。
(悪虐の限りを尽くした聖女、シャーロット。……聞き及んでいた話とは、やけに振る舞いが違いますこと)
やはり、社交界の噂などは当てにならない、ということなのだろう。
(私の暴言にもまったく動じず、『でも』や『だって』の言い訳も出てこなかった。かといって、何も考えずにはいはいと頷いているようでも、その場をやり過ごすため分かったふりをしているのでもない)
そういう人間は、案外少ないものなのだ。
(とはいえ、見込みがあるとまではまだ言えないわね。それはこの後、シャーロットが社交の場における敗北を知ってからの行動次第――……)
扉の前に立ち、一緒に立ち止まった狼の頭をするりと撫でる。
(ひとまずは、大きな喧嘩をしていなければ良し。エルヴィーラの癇癪が起きていなければ及第点。発言が無視されず、二往復でも会話が続いていれば満点と言えるでしょう。さて、それでは助けに入りませんと……)
金色のドアノブに手を掛けて、温室への扉を押し開いた。
そしてハイデマリーは、予想だにしない光景を目にすることになるのだ。
「――ううう、なんて素敵なお話なのでしょう……!!」
「!?」
響いたのは、歓喜に満ちたシャーロットの声だった。
「ありがとうございますイレーネさま!! ところでモニカさまは!? 先ほどモニカさまが仰った『幼馴染』というお方が、きっと初恋のお相手なのですよね!?」
「やめてちょうだい、冗談じゃなくってよ!! あんな人のことが好きなわけ……ただちょっと、一度だけ私の愛犬を助けてくれたから、それで仕方なくお礼をしただけで!」
「お聞きになりましたかフリーダさま! フリーダさまの『お兄さま』との出会いも素敵でしたけれど、いまのモニカさまのお話も興味深く……!」
呆気に取られるハイデマリーの目に映るのは、生き生きした顔で話すシャーロットと、それぞれに顔を真っ赤に染めた四人の少女だった。
(こ、これは一体……?)
少女たち、モニカとフリーダとイレーネは、照れ臭そうで困ったような顔をしてしきりにお茶を飲んでいる。
その原因は、どうやらシャーロットにあるらしい。
「皆さまの恋のお話、とてもとても素晴らしくて参考になります! フリーダさまの頼れる義理のお兄さま、モニカさまの喧嘩ばかりな幼馴染、イレーネさまの魔術学院の同級生!」
「お兄さまの話はやめてちょうだい……! あああっ、どうして私ったら、ついつい喋ってしまったの!?」
「それに極め付けは、エルヴィーラさまのお話です!」
その言葉に、他の三人も思わずエルヴィーラを見てしまったようだ。
ティーカップの持ち手を握り締め、俯いてぷるぷる震えているエルヴィーラに、普段の強気さは何処にもない。
むしろ、いつも四人の中心人物であるエルヴィーラこそが、誰よりも耐え難そうにしている。
「エルヴィーラさまの、幼い頃からの護衛さん!」
「わ……忘れ……っ」
「エルヴィーラさまは、そのお方にずっと恋をなさっているのですね!?」
「忘れなさいと言ったでしょう!? うああああっ、もうっ、バカバカああああーーーーっ!!」
淑女らしからぬ言葉を叫び、エルヴィーラはわっとテーブルに突っ伏した。
「どうしてですか? 皆さまの恋のお話を、もっとお聞きしたいのですが……!」
「エルヴィーラさま、お気を確かに!!」
「分かります、お気持ちは分かりますとも……!! 誰にも話したことがないけれど誰かに言ってみたかった、そんな恋の話をあんなに真っ直ぐ質問されたら、ちょっとくらいは話してみたくなってしまいますから……!!」
三人が、エルヴィーラをあやすように取り囲む。そんな中、首を傾げていたシャーロットが、こちらに気が付いて手を振るのだ。
「ハイデマリー先生ー! 皆さまと今、とーっても楽しいお話をしていたところです!」
「………………」
***
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