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【完結】悪虐聖女ですが、愛する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、溺愛は想定外なのですが)  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第1部 とはいえ、嫌われているのですが〜

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15 知っている名前のようです!



 一面には、たくさんの木々が生い茂っていた。

 外は雪景色のはずなのに、その場所はとても暖かい。天井や壁は硝子張りで、魔法で作られたらしき柔らかな光が降り注いでいる。


(温室、というものですね?) 


 シャーロットの目の前を、青色の蝶がふわふわと横切った。温室中央の一画には、白い丸テーブルが据えられて、お菓子とお茶が並んでいる。


「お座りなさい」

「はい!」


 意気揚々とテーブルにつき、膝の上に両手を重ねる。ハイデマリーとお茶を飲むのかと思いきや、彼女はいつまでも座らない。


「ハイデマリー先生?」

「ご存知の通り。あなたの夫であるラングハイムは、王城において複雑な立場に置かれています」


 シャーロットは、薄水色の目をぱちぱちと瞬いた。

 もちろんそんなことは初耳だ。だが、『ご存知の通り』というからには、当然知っておかなければならないことなのだろう。


「はい! そうですね!」

「夜会であなたに近付いてくるのは三通り。あなた自身が目的の者、あなたを通してラングハイムに近付きたい者――それから、あなたを利用してラングハイムを陥れたい者です」

「!!」


 聞き逃せないのは、最後のひとつだ。


「オズヴァルトさまの敵がいる、ということですか? あのお方に!? あんなに素晴らしいお方なのに……!?」

「お分かり? 夜会とは戦場。あなたの敗北は、すなわちラングハイムの不利益です」


 その言葉に、シャーロットは気を引き締めた。


「本当に、夜会という場を甘く見ていました! 格好良く着飾ったオズヴァルトさまを拝見できる、きらきら楽しいだけの空間ではないのですね……!!」

「……昔はもう少し、違った側面も持っていたものですが……」


 ハイデマリーの厳しげな声音に、少しだけ懐かしそうな響きが混じる。


「上流社会の人間というのは、案外孤独なものなのです。だからこそ近しい身分の者が集まり、互いの近況に華を咲かせる場というのは、それぞれ掛け替えの無い時間でした」

「それは素敵ですね。夫の素晴らしさについて語らえるお友達、私も欲しいです!」

「友達? あなたが?」

(あ! そうでした)


 シャーロットは、『悪虐非道の聖女』として恐れられているのだ。憎まれているか嫌われているかのどちらかだというのに、友達を欲しがるのはよろしくない。


「ひょっとしてハイデマリー先生は、王城の夜会を、昔のような場に戻したいのですか?」

「自分の身も守れないような小娘が、余計なことを考えなくてよろしい」

「はい! 余計なことは考えません!」


 ぴしゃりと冷たく言い捨てられ、ぴしりと背筋を正す。


(ですが、本当は?)


 そんなことを考えていると、ハイデマリーが口を開いた。


「世渡りの仕方には、いくつかの種類があります。使いこなせない方法を学ぶより、いま持つ能力を伸ばすべきというのがわたくしの考え」

「はい! 私はどのようにするべきでしょう?」

「それを今から試すのです。あなたはこれより、くれぐれも、自分が誰の妻であるかを伏せておくように」

「先生?」

「――来たわね」


 そのとき、軽やかなベルの音が鳴り響いた。


「お入りなさい」

「失礼いたします」


 開いた扉の向こうには、四人の女性が立っていた。

 シャーロットと同じくらいの年齢で、どの人も上品に着飾っている。女性のひとり、青い髪を持つ少女が、全員を代表するかのように歩み出た。


「ご機嫌いかがですか? ハイデマリー先生」

「お気遣いをありがとう。みなさんもお元気そうで何よりです」

「今週もよろしくお願いいたしますね。――あら?」


 青い髪の少女は、シャーロットを見て微笑んだ。


「新しい方がお入りに?」

「初めまして。私は……」

「……」


 ハイデマリーに見下ろされたシャーロットは、なんとなく察して口をつぐむ。

 代わりにハイデマリーが、シャーロットの肩に手を置いて言った。


「この子は訳あって、ほんの少しだけお預かりしているお嬢さんです。申し訳ないのだけれど、皆さまのお茶会に混ぜて下さるかしら?」

「もちろん、ハイデマリー先生が仰るなら」


 少女が言うと、他の三人も次々に頷く。四人とも美しい女性だが、一番目を引く青髪の彼女に、みんなが追従しているらしい。


「――こちらのお方、どのようなご出自でいらっしゃいますの?」


 彼女は言い、シャーロットの全身を眺めた。

 顔だけは優雅に微笑んでいるが、値踏みするような目付きだ。ハイデマリーは目を伏せ、こう答える。


「大変に苦労した境遇でしてね。とある事情から、少しだけ作法をお教えすることになっているのです」

「まあ。ではきっと、さぞかし可哀想なお方なのですね」


 そう言って、少女がふっと笑みを浮かべた。


「お任せくださいハイデマリー先生。私、『田舎者や庶民の子にも、分け隔てなく接することが出来る優しい子』だと、子供の頃から母に言われておりましたの」

(あらら。なんだか私の事情について、彼女の中で自由な想像が構築されたようですね?)


 青髪の少女はドレスを摘み、優雅な一礼をしてみせる。


「お初にお目に掛かりますわ。私はエルヴィーラ・カサンドラ……カレンベルク、と申します」


 名字を名乗る前に、たっぷりの溜めがあったような気がした。

 けれどもシャーロットはあまり気にせず、立ち上がって同じく一礼を返す。


「初めまして、エルヴィーラさま! 私はええと……えーっとええと、名無しのほにゃらら……」

「彼女のことは、ただの『シャーロット』と」

「はい! 私はただのシャーロットです!」


 この名前自体は、どうやら珍しいものではないようだ。ハイデマリーに倣って名乗ったあと、内心でかなしみを噛み締める。


(……フルネームを知ることは出来ましたが、名乗る機会の到来ならずです……!! 早く口に出して言ってみたいですね。オズヴァルトさまと同じ、『ラングハイム』を冠する名前……うふ、うふふふふ。『シャーロット・リア・ラングハイム』……!!)


 素晴らしい名前を噛み締めた所為で、自然と顔がにこにこしてしまう。一方で目の前のエルヴィーラは、面食らったような顔をしていた。

 それはどうやら、『シャーロット』と名乗ったことが理由ではないようだ。


「カレンベルク家の名前を聞いても、慌てて頭を下げたりしないですって……?」


 後ろにいる三人の少女たちが、ひそひそと小声で話している。

 エルヴィーラはぐっと顔を歪め、口を開いた。


「ごめんなさい、うまく聞き取れなかったのね。改めて、エルヴィーラ・カサンドラ・カレンベルクです」

「ただのシャーロットです。ご丁寧に、ありがとうございます! よろしくお願いします」

「……っ」


 その瞬間、エルヴィーラが強い力でシャーロットを睨んだ。


「まさかあなた、ご存知ないの? カレンベルク家の名前を」

「あわ……っ」


 もちろんシャーロットに覚えはない。


 なにしろ自分の名前だけでなく、あんなに美しい夫の名前や顔すら覚えていなかったのだ。

 しかし、記憶喪失であることを隠している以上、そのことを説明するわけにはいかなかった。


「な……なるほど! 私たちが思っていた以上に、大変な田舎からいらしたようね!」

「そ、そうよシャーロットさん! 遥々王都に来るのなら、カレンベルク家の名前くらい勉強してくるべきだったわね」

「本来なら、貧しい庶民が直接会話できるようなお方ではないのよ。エルヴィーラさまは」


 後ろの三人が口々に言う。そしてそのうちのひとりの女性が、シャーロットに向けて言い放った。


「カレンベルク侯爵はね。ラングハイム公爵閣下の次に力を持つ、この王都では有数の貴族家なのだから!!」

「……………………」


 シャーロットはぎゅむりと口を押さえたまま、困った顔でハイデマリーを見る。





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[一言] シャーロットが1日も早くフルネームで名乗れますように〜!
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