111 お留守番してお待ちします!
【第2部エピローグ】
大神殿の聖堂には、ステンドグラス越しに荘厳な光が注いでいた。
見事な細工の彫刻が立ち並び、天井には神話の描かれたその場所で、シャーロットはオズヴァルトの傍らに立っている。
花びらのように透き通って清廉なドレスに身を包み、左手はオズヴァルトの腕に触れて、恭しく目を閉じていた。
「シャーロット・リア・ラングハイム」
司教の声が、ゆっくりとシャーロットに尋ねる。
「あなたは夫オズヴァルトに捧げる愛の名のもと、揺るがぬ制約を結ぶ覚悟がありますか? 時の流れによっても消え失せぬ永遠の絆、それを心より誓うとき、神々はこの婚姻を祝福するでしょう」
紡がれる言葉のひとつひとつに、魔術の術式が組み込まれているのが分かる。神秘的な空気の満ちている聖堂内で、シャーロットはオズヴァルトを見上げた。
(オズヴァルトさま……)
やさしいまなざしに見下ろされて、くちびるが綻ぶ。
数日前、初めてここに来たときとはまったく違う、幸福な感情が心を満たしていた。
シャーロットは真っ直ぐに司教を見据えると、くちびるで紡ぐ。
「私は――……」
***
『――恐らくは、私が自分に魔術を掛けたのです。誰とも正式な婚姻が結べないよう、婚姻の祝福を拒む魔術を』
クライドを氷の檻に捕らえたあと、オズヴァルトと共に宿に戻ったシャーロットは、治癒が完全に効いたことを確認された後にそう告げた。
今頃はきっとオズヴァルトの部下たちが、然るべき手続きによってクライドを勾留してくれている。
オズヴァルトは本来それを指揮する立場だが、彼は部下たちに告げたのだ。
『妻は他国からの諜報員を捕らえるため、その身を犠牲にして協力してくれた。よってこれより連れ帰り、治療を行う』と説明し、シャーロットの傍についていてくれた。
『……婚姻の祝福を拒む魔術は、確かに存在する。戦争のやり方がもっと野蛮だった時代、王女や貴族の令嬢が身を守るために、それらを習得することもあったそうだが……』
『オズヴァルトさまと見た映像の中で、王子殿下が「魔術を教える」と仰っていましたよね? かつての私があそこで得たのが、恐らくはこの魔術です』
神力の封印が解除された際、シャーロットはかつての光景を見た。
いくつも溢れてきた映像に、クライドや王子の姿があったのだ。その中には、あの映像でよく聞き取れなかった、王子に魔術を教わる場面も紛れていた。
『――これは、お前自身がお前に掛けるべき魔術だ。一度で覚えろ、いいな――……』
あのとき目の当たりにした映像を思い出しながら、シャーロットは告げる。
『オズヴァルトさまに教えていただいた通りでした。あそこに映っていらしたのは、第二王子ニクラス殿下ではありません』
かつてのシャーロットは、小さな声で目の前の王子を呼んだのである。
『あのお方はこの国の第一王子、アンドレアス殿下です。オズヴァルトさまと並び立つお力を持つとされる、強力な魔術師で……』
『――ニクラス殿下の双子の兄君。姿だけはニクラス殿下と瓜二つの、次期国王候補だ』
その第一王子アンドレアスが、かつてのシャーロットに手を貸していた。
偽装された最初の映像では、敢えてニクラスの名前を出したのだろう。
かつてのシャーロットは、記憶を失ったあとの自分がアンドレアスの力を借りないよう、関わりを覆い隠したのかもしれない。
『今回のクライドの動きには、不可思議な点が多々ある。……聖女を取り戻すための諜報と工作に、君の母国はクライドを選んだが、偶然にしては出来すぎだ』
『幼い私と関わりを持ったお方が、私を取り戻しに来たのですものね……』
『それに、奴は君の記憶喪失を知っていたんだ』
シャーロットも大きく頷いた。クライドがシャーロットの夫を自称し、その嘘を利用して連れ帰ろうとした策略は、シャーロットの記憶があれば成立しない。
『かつての君は、王族による契約魔術から逃れるために記憶を手放した。そして映像の中のアンドレアス殿下は、それを見抜いていらっしゃるご様子だったな』
『はい。それなのに止めるご様子もなくて、すごく違和感がありました』
シャーロットが契約魔術から自由になれば、この国の王族であるアンドレアスにも不都合なはずだ。
しかしアンドレアスはそれを見逃し、結果としてシャーロットは強制魔術から解放されている。
『クライドさまを雇われたのは、あくまで私の母国かもしれません。……ですが、さらにその裏側で手を引いていたのは、やはりアンドレアス殿下であらせられる可能性が……』
『……エミール殿下も、概ね同様のご意見だ』
映像に映っていたのがアンドレアスであろうことは、エミールもすぐに推測していた。だからこそクライドを捕らえることに、王位継承権争いの一環として手を貸してくれたのだ。
『エミール殿下のお力添え、とっても心強かったですね! 大神殿の周りに強固な結界が張れたことで、無関係の方が巻き込まれる心配がありませんでしたし!』
『……エミール殿下のご命令でその結界を張らされた「あのお方」は、大層ご不満そうだったがな』
『そうでしょうか? 私には、オズヴァルトさまに頼られたことへの照れ隠しがあるようにも見えましたけれど……』
『自分を害したことのある人間に対して、君は寛容すぎるんだ』
そんなつもりはないのだが、深くは言及しないでおく。結界魔法を得意とする「あの王子」は、エミールによって引き続きの謹慎に戻ったそうだ。
『……シャーロット。君をひとりにして悪いが、この後少し出掛けても構わないか?』
『? はい、もちろんです! オズヴァルトさまのお帰りを待って、いい子にお留守番をしておりますので!!』
『すまないな』
そう言って苦笑したオズヴァルトを見て、シャーロットは内心で考える。
(オズヴァルトさま。ひょっとして、アンドレアス殿下に会いに行ったりなさるおつもりでは……?)




