109 大切にしてみせるのです!
けれども頭を揺さぶられるような、立っていられないほどの衝動が体の中で暴れ、呼吸すら上手に出来そうにない。
幼い頃のオズヴァルトが、この苦しみの中に居たこともあるのだ。
そのことを思うと泣きたくなって、シャーロットは懸命にオズヴァルトに縋った。
「ごめんなさい、オズヴァルトさま……!」
魔力暴走の治癒に必要な神力を、手繰り寄せることが難しい。
(他のどなたかを治癒するときは、その方のために祈れます。それなのに、自分自身に向けようとすると……!!)
心のどこかで、『シャーロット』の声がする。
『――命令に逆らえないことを言い訳にし、多くの人を見捨てた私が、自分のためには神力を使うのですか?』
(…………っ)
オズヴァルトの上着を握りしめたのは、こちらに引き寄せるためではない。シャーロットの暴走に巻き込まれないよう、彼に離れてもらうためだ。
けれどもオズヴァルトは、すべて見通したように笑う。
「大丈夫だ。シャーロット」
「……っ」
シャーロットの前髪を指で梳き、顕になった額に口付けをされた。
「君が何度も、俺に教えてくれたことを」
「……オズヴァルト、さま……?」
「俺も、君に証明し続けよう」
頬にも柔らかなキスを落とされて、左胸が切なく疼く。
「君が生きていてくれると、俺は嬉しい」
「……!」
痛みの上に、オズヴァルトと共にいることへの喜びが重なった。
「君と違って、望むのはそれだけではない」
「オズ……ッ」
「君が傍に居てくれなくては、きっとまともに生きてはいけないだろう」
シャーロットにそれを言い聞かせるように、オズヴァルトはキスをくれる。指で触れ、優しく撫でる。
大切だ、愛おしいのだと、くちびるや手のひらで雄弁に教えてくれた。
「俺の大切な君のことを、君自身も大切にしてくれないか」
「……!」
シャーロットの頬をやさしく撫でて、オズヴァルトがひとつの魔法を唱える。
「俺が君を愛しているのだと、知ってくれ」
「オズヴァルト、さま……」
そうして最後はくちびるに、触れるだけのやさしい口付けを落とした。
(……私を蔑ろにすることは、オズヴァルトさまを悲しませること。オズヴァルトさまはこうやって、それを教えて下さっています)
それならばシャーロットは、それに応えなくてはならない。
(私は、オズヴァルトさまを幸せにしなくては、なりません)
数日前までは、この事実が震えるほどに恐れ多かった。
けれどもいまは心から、こんな風に思える。
(オズヴァルトさまの、妻として……!)
背伸びをし、自分からオズヴァルトに口付ける。驚いたらしきオズヴァルトが、それでも強く抱き締め直してくれた。
その瞬間に、体の中で力が溢れる。
「〜〜〜〜……っ」
衝撃に意識が浚われそうになり、オズヴァルトに抱き付いて心を保つ。あまりにも強い治癒の力は、甘い毒のように痺れるらしい。
「……シャーロット」
「っ、んん……!!」
口付けを貰って必死に耐える。溢れそうになっている神力を、オズヴァルトが奪ってくれているのが分かった。
シャーロットの中にある神力を、キスを通してオズヴァルトに差し出す。以前も行ったことのある力の譲渡で、枯渇寸前だったオズヴァルトの魔力が補われてゆく。
泣きたくなるような幸福の中、シャーロットは小さな声で紡いだ。
「……私も、あなたを愛しています」
遠くから見ているだけの憧れや、甘さを楽しむ恋心ではない。
何もかもを与えたいと願い、それが出来ないのであれば生きていけないと感じるような強い感情が、シャーロットの中で鼓動を重ねた。
「私の大切な、オズヴァルトさま……」
荒れ狂う神力の濁流が、いっそう強く躍動した。
けれども直後、空を映す湖のように静まり返る。それと同時にシャーロットの背後で、石畳が砕けるほどの音がした。
オズヴァルトの腕の中で振り返れば、そこには氷の檻がある。
シャーロットを片手に抱いたオズヴァルトが、もう片方の手を宙に翳し、クライドを拘束して捕らえたのだ。
項垂れて座り込んだクライドを見て、シャーロットは駆け出そうとする。
「っ、クライドさまの治癒を、しませんと……!」
「シャーロット」
オズヴァルトに腰を抱き寄せられ、耳元でこんなことを教えられた。
「必要ない」
「ですが、砕けた守護石で血だらけに……!」
「よく見てみろ」
そう言われて檻の中のクライドを見れば、傷跡はすべて塞がっているようだ。血で汚れているのは肌や衣服だけで、新しい流血がある訳でもない。
「君が先ほど、自身に施そうとした治癒魔術が、辺りのものを手当たり次第に治したんだ。……見ろ、石畳の下で死滅していたらしき草花も影響を受けて、こんなことになっている」
「あ……」
言われてみれば足元は、色鮮やかな春の花々でいっぱいになっていた。石畳の隙間を抉じ開けるようにして、瞬時に花を咲かせたらしい。
シャーロットはぎゅっと両手を握り込むと、クライドを見据えて口を開く。
「クライドさま。……私は……」
「ロッティ」
シャーロットの謝罪を遮るかのように、クライドがぽつりと声を漏らした。
「……あなた自身を治すことも、上手に出来るようになったのですね」
その言葉に少し驚くも、シャーロットはゆっくりと頷いた。
「自分のことを大切にしても良いのだと、オズヴァルトさまが私に教えて下さいました。……私の、旦那さまです」
「……俺があなたに望むことは、俺を大切にしていただくことばかりでした。俺の妻にし、あなたに許され、癒されたいと」
クライドが自嘲の笑みを溢し、それから自身の前髪をくしゃりと握り込んで、視線を落とす。
「だからせめて、今からでも祈らなくてはなりません」
「……?」
「オズヴァルト殿と、お幸せに」
シャーロットは思わずオズヴァルトを見上げる。赤い瞳はシャーロットを見詰め、頷いてくれた。
だから、シャーロットはクライドに答える。
「クライドさま。あなたもどうか、ご自身を大切になさって、お幸せに」
「!」
クライドの口元に浮かんでいた自嘲が、穏やかでやさしい微笑みに変わる。
「ありがとうございます。……『シャーロット』」
やがて大神殿前の広場には、オズヴァルトの部下たちが踏み込んでくる。
シャーロットは彼らへの挨拶をする暇もなく、オズヴァルトにやさしく抱き上げられて、宿にてしっかりと療養をさせられたのだった。
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